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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE2 鏡の中のドッペルゲンガー

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34/57

1 ドッペルゲンガー

 ――七月下旬。

 木々の葉が濃い緑色に染まり、暑さもいよいよ本格的となってきた、とある日のこと。

 ハルは双子の弟のナツと共に、代永高校へ登校していた。


 今年の春に入学してから、あっという間に数か月。時間が経つのは早いものである。

 ハルたちが過ごしている一年二組は穏やかで優しい気質の生徒が多いクラスで、雰囲気がとても良い。


 実のところ自分たちは家庭環境の関係で、小中学校では何となく腫れ物のような扱いをされていた。

 それでも人懐っこく社交性のあるナツは、周囲と上手く馴染めていたけれど、物静かなハルは別だ。どこか近寄りがたい印象を与えていたらしく、クラスメイトたちとはいつも一定の距離があったのだ。


 けれど、このクラスではそれがない。遠慮がない――というと少し意味が違ってしまうが、皆が気さくで、物怖じせずにごくごく普通に接してくれている。

 もちろんハルたちの家庭環境について知らないからというのはあるし、双子もその話が出すのをなるべく避けようと相談していたので、彼らが知らないから、という部分はあるだろう。

 けれど、それでもこのクラスの雰囲気がハルは好きで、居心地の良さを感じていた。

 

 さて、そんなクラスでの席だが、双子は窓際の席で横並びとなっている。出席番号順で並んで行ったところ、たまたま隣の席となったのだ。それを見たクラスメイトたちは「すごい! やっぱり双子だー!」と楽しそうだった。楽しんでもらえたなら何よりである。


「でねー、今度の文化祭でねー」

「あっまっずい。俺、課題やってなかったよ。へるぷみー!」

「今日のお弁当、気合いを入れて作ったんだ~」


 教室内ではクラスメイトたちの朗らかに話をしている。

 好ましいと思っている人たちの楽しそうな声を聞くと、気持ちが明るくなっていいなぁと思いながら、ハルは窓の外へ目を向けた。

 窓ガラス一枚を隔てた空の下では、蝉が大きな声で歌っている。


(今日も暑くなりそうですね……)

 想像したら、ほんのちょっとだけ憂鬱になってしまった。ハルは暑さがあまり得意ではないのだ。

 ありがたいことに、教室内はエアコンが設置されているため快適だ。そのことにハルはとても感謝していた。


 代永高校にエアコンが設置されたのは一昨年の春だそうだ。

 老朽化した旧校舎から新校舎に移動するにあたって、年々厳しくなるこの暑さでは死人が出てしまうということで設置された。

 そのおかげでハルたちは、快適な環境で授業を受けることができている。


(涼しいのはありがたいのですけれど、たまに涼し過ぎる時もあるのですよね)


 そう思いながら隣の席の弟をちらりと見た。

 ナツは机に頬杖をついて、眠そうにあくびをしている。昨晩遅くまでゲームをしていたせいだろう。ここのボスを倒してから寝ると言っていて、ハルは先に寝てしまったので分からないが、結構時間がかかったのではないないかなと思った。

 ちなみにお風呂上りに頭を乾かさずに遊び始めたものだから、叔父のフユキに「風邪を引くだろ」とほんのり叱られている。

 エアコンの風で冷えるからというのはもちろんだが、一番の理由はナツが寒さに弱いからだ。先日も、林間学校中に土砂降りの雨に打たれてずぶ濡れになり、熱を出してしまった。あの時は解熱剤を飲んだ翌朝には、すっかり良くなっていたけれど。


(まぁ、あれはそれだけではなくて、色々ありましたからね……)


 寒さ以外に疲れもあったのだろうとハルが思っていると、不意に教室のドアが勢いよくガラッと開かれた。おや、激しい。そう思って顔を向けると、ドアを開けたのは仲の良い友人のヒナだった。彼女は何かに怯えるような青褪めた顔で、教室の中へと飛び込んで来る。


(何かあったのでしょうか?)


 普段おっとりとしていて穏やかなヒナにしては珍しい行動だ。


「何かあったんですかね?」

「ん、珍しいね」


 ナツに話しかけると、彼も音で目が覚めたようで、そちらを見ていた。

 何かあったのだろうということは分かるけれども。

 そう思いながらヒナを見ていると、彼女とぱちっと目が合った。とたんにヒナはくしゃりと顔を歪めて、


「ハルちゃん、ナツくん~~っ!」


 そう叫び、ハルたちのところへ涙目で駆け寄って来る。

 そして机の上に両手をついて、


「あのね、あのね、あのね、ドッペルゲンガーが出たんだよぅ……!」


 半泣きでそう言った。


「ドッペルゲンガーだって?」

「ドッペルゲンガーですか?」


 ハルとナツが目を丸くして、オウム返しのように言う。

 するとヒナは首をこくこく縦に振った。


 ドッペルゲンガーというのは、都市伝説の本を読むと、かなりの確率で掲載されている怪異だ。

 自分とまったく同じ姿をした分身が現れる。

 ――という話を基本に、広く知られているものでは「自分のドッペルゲンガーを見たら死ぬ」という物騒な話も存在する。


(ですが、知名度のわりには実物(・・)のドッペルゲンガーと遭遇する可能性は、意外と低いのですよね)


 その理由は、ドッペルゲンガーの大半が、精神的に不安定な時に見る幻覚や思い込みだったりするからだ。だから本物のドッペルゲンガーに遭遇したという話は、ハルが知る中ではそれほど多くない。


「どうしよう、どうしよう……私、死んじゃうのかなぁ……」


 

 どうやらヒナも物騒な方の話を知っているようだ。とても不安そうにしている。これは少し励ました方が良いだろう。

 ハルはそう思い、ヒナを安心させるようにこりと微笑む。


「大丈夫ですよ、ヒナさん。落ち着いてください。ヒナさんは十分元気そうですから、そんなに簡単に死んだりはしません」

「ハル、あのね? 僕はそのフォローの仕方も、ちょっとどうかと思うよ?」


 するとナツからだダメ出しをされてしまった。そうだろうか。

 少し考えたが、言われてみれば確かに、自分の励まし方は少々弱かったかもしれない。もう少ししっかりとした言葉を使った方が効果的だろうか。

 そう考えたハルは、再度チャレンジすることにした。


「ヒナさん、死にませんから大丈夫ですよ」

「ちょっと省いて言い切ればいいってもんじゃないよ?」


 しかし待っていたのは更なるダメ出した。

 むう、とハルは口を少し尖らせる。


「そこまで言うのなら、ナツがお手本をください」


 ハルがそう言うと、ナツはにかっと笑って胸を叩いた。


「ふふーん、見ているといいよ。では、コホン……ヒナちゃん、大丈夫だよ。ヒナちゃんはすっごく健康そうに見えるから、死んだりしないよ! 安心して!」

「どこに違いがありました?」


 今度はハルがツッコミを入れた。表現こそ多少変化させているが、内容的にはほぼ同じ台詞である。

 ハルがじっと見ていると、ナツはサッと目を逸らした。


「……んふふっ」


 そんなやり取りをしていたらヒナが小さく噴き出した。そのまま、くすくすとかわいらしく笑っている。どうやら少し元気が出たようだ。

 ハルがホッと息を吐いてナツの方を見ると、彼は『上手くいったね』と言わんばかりに片目を瞑った。


(ナツはこういうところが上手いのですよね)


 そんなことを考えながら、ハルはヒナへ視線を戻した。


「ヒナさん。ちなみにそのドッペルゲンガーって、どんな感じだったのですか?」


 村雲怪異探偵事務所でアルバイトをしている間、ハルたちはドッペルゲンガーについての依頼を受けたことが何度かある。ドッペルゲンガーを見たとか、ドッペルゲンガーに襲われたとか、そういう相談内容だったが、調べてみるとそのどれもが別の要因で起こったことだった。前者は幻覚、後者は幽霊関係だ。


(ヒナさんの場合は……少々違うように見えますし)


 特に幻覚というわけではないだろう、とハルは思う。

 ヒナとは学校がある日は毎日会っているが、いつも朗らかで元気だった。もちろん心の中で何かしらストレスを感じている可能性はあるけれど、家族仲は良いと聞くし、友達や部活仲間との関係も良好。

 そんな彼女が、そこまで精神的な苦痛を感じているとは、どうしても思えない。


 で、あれば、ヒナの見たドッペルゲンガーとは何なのか?

 可能性として高いのは幽霊だが……。

そう思って彼女に質問したところ、


「えっとね。トイレの鏡に、私とそっくりな顔をした人が映っていたの」


 と教えてくれた。


「鏡ならそっくりな顔が映るのは普通じゃない?」

「ううん。私以外にもう一人私が映っていたんだよ~。でも振り返ると誰もいないの」

「なるほど」


 ハルはヒナの話に相槌を打ちながら、そのタイプはドッペルゲンガーとしてはあまり聞かないなと心の中で呟いた。

 ドッペルゲンガーは自分とそっくりな分身に遭遇するか、誰かに目撃されるというパターンが多い。それが鏡の中だけに限定されるのは、聞いたことがなかった。

 そうなると、やはり幽霊の可能性が高くなるけれど、もしも幽霊であるならば自分たちが気付かないはずがない。


「ヒナさん、それってどこの鏡で見たのですか?」


 自分たちの教室のある一階や、ヒナが所属している吹奏楽部のある芸術棟のトイレは、ハルも利用している。

しかし、その時に霊的な気配を感じたことがなかったのだ。

 だからそう質問すると、ヒナは少し気まずそうな顔になって、周囲をきょろきょろと見回した後で、


「……実は旧校舎なの」


 声を潜めてそう言った。


「旧校舎は確か、生徒の立ち入りは禁止されていたような」

「ヒナちゃん、忍び込んだの?」


 双子は目を丸くしてそう聞き返す。

 旧校舎は先生の許可を得ずに、中へ入ることを禁じられている。老朽化が進んで危ないからという理由だ。取り壊しまではまだ時間がかかるため、一般生徒の立ち入りを禁止しているのである。


(ヒナさんにしては本当に珍しい)


 おっとりとして真面目な彼女の意外な行動に双子が驚いていると、


「鍵がね、開いていて……」


 とヒナは続けた。

 彼女の言う通り、旧校舎の入り口には鍵がかかっていない。劣化して壊れてしまっているのだ。どうせ取り壊すのだから、新しい鍵はもういいだろう、という理由で新調されていないらしい。それならばロープや鎖を巻きつけて、入れないようにした方が良いのではないかともハルは思うけれど。


「まー、僕もちらっとは覗いたことがあるんだよね。でもさヒナちゃん、そこで何していたの?」

「う、うう……じ、実はね、そこで……恋のおまじないをしたの……。その、ちょっと待っていてね」


 そう言うとヒナは、一度自分の席へ歩いていった。そして机の中から何かを取り出す。青い装丁の本だ。

 ヒナはそれを持って戻って来る。


「月夜のヨナガにおまじない?」


 表紙に星と月の綺麗な絵が描かれた、そんなタイトルの本だった。


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