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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE1 口無村の山神

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3-8 必ず報いを


 同時刻。

 ナツは灰鐘邸の座敷牢に放り込まれていた。

 こんなものまであったのかとナツはある意味で感心する。


 どうやら儀式までここで大人しくしていろという事らしい。

 ツバキはナツを放り込んだ後、何やら準備があるようで出て行ってしまった。


「はー、これが座敷牢ねぇ。初めて見たよ」


 そう言いながらナツは部屋の中をぐるりと見回した。

 座敷牢というものについては、本や時代劇で見た事はあるくらいだし、しかもその中に自分が入るなんて想像した事もなかった。


「いやぁ、人生って色々あるよねぇ」


 そんな事を呟いてナツは床にごろりと寝転んだ。


(まぁ寒くないからいいや。……ハルは無事かなぁ)


 天井を見上げながらナツは双子の姉の事を考える。

 ハルを連れて行ったのはアキトだ。彼と接した時間はだいぶ短いが、ハルから聞いた様子から考えると、乱暴な事をするような人間には思えない。

 なので大丈夫だとは思うけれど……それはそれとして心配だった。


(無茶するからなぁ、ハル……)


 ハルは一見すると大人しそうだが、ナツや叔父が驚くような事を平気でする人間なのだ。

 他人から見るとナツの方が無茶をしそうに見えるらしいので、普段の振る舞いとは大事だなとしみじみ思ったものである。


「……うん?」


 そんな事を考えていると、何だか部屋の中にひんやりとした冷気が漂い始めた事に気が付いた。

 座敷牢のあるこの部屋には窓はないし、戸だってツバキが出て行く時に閉めて鍵を掛けて行った。

 外気が入る場所はないし、あったとしても今は夏だ。冷房がなければ、よほど外の気温が下がっていないなら、部屋が冷える事はあり得ない。


 ――これは、一体何が。


 そう考えながら目だけで周囲を見回していると、ふと、少し離れた床から、何かがゆっくりと競り上がってくるのが見えた。

 じっと観察していると、それが青白い指先である事にナツは気付く。

 お社の井戸の中から伸びて来た手と良く似ていた。

 青白く、透けていて、そして細い。


(子供の手だ……)


 ナツはその手に印付けをされた自分の左腕を見た。

 ハルが応急処置としてハンカチを巻いてくれていたが、その外にまで手の痕のようなものが広がっていた。

 これを見る限り、どうやら井戸の結界がだいぶ解けかけているようだ。思ったよりも早い。

 結界が解けかけている事で、ナツの腕の呪いが強くなり、それを辿ってここまで伸びて来たのだろう。


「よっと」


 『手』を見ながら、ナツは掛け声と共に身体を起こす。

 その間にも手は一本、また一本と床から生えて来る。

 青白い、たくさんの手。

 ゆらゆらと僅かに揺れるそれらは、色こそ違うものの、まるで彼岸花のようにナツには見えた。


 特に何か出来るわけでもないので、それを眺めていると、いつの間にかぐるりと周りを取り囲まれてしまった。

 部屋中に手が生えている。

 けれども、その手は不思議と、一定の距離を保ってナツに近付いて来なかった。


「あ、ハルのおかげかな」


 腕のそれを撫でながら、ナツは周囲を見回す。


「……君達も、生贄にされたの?」


 そして手に向かって語りかけた。

 するとゆらゆら揺れていた手の動きがぴたりと止まる。

 どうやらナツの声は聞こえるらしい。

 返事はないが、聞こえているならばとナツは話し続ける。


「僕もさ~これからだよ~。まったく酷い事するよねぇ」


 大げさに肩をすくめてみ見せると、手は同意するように前後に揺れた。

 あ、かわいい。素直な子達だなと思ってナツは微笑む。


「でも大丈夫。僕達がちゃんと帰してあげるから。ここから出られるようにするからね」


 そして優しくそう言うと、手はふるふると小刻みに震え出した。

 まるで泣いているかのようにナツには見える。

 ナツはその手の中の、最初に伸びて来た一本に向かって自身の手を伸ばし、触れる。

 感触はない。ただ冷気がそこにあるだけだ。井戸の時と違って触れないのは、やはりハルの守りがあるからだろう。

 けれどナツはその手を、ぎゅ、と握手をするように握る。


「待ってて」


 ナツがそう言うと、手は、すう、と空気に溶けるように消えて行った。

 恐らく井戸の方へ戻ったのだろう。

 ナツは伸ばしていた手を戻し、数回、軽く握る。

 気が付くと腕の手の痕も消えていた。


「……待っていてね」


 自分の手を見つめ、もう一度、今度は呟くように言う。

 そうしていると、今度はこちらへと近づいて来る足音が聞こえて来た。

 ナツは手を下ろし、再び床にごろりと寝転ぶ。頭の後ろで手を組んで、何事もなかったかのようにくつろいでいると、静かに戸が開いた。

 入って来たのはツバキだ。彼女は部屋の中を見回すと、怪訝そうな顔を浮かべる。


「今、誰かと話をしていなかったかしら?」


 そしてナツに聞いて来た。


「そりゃ暇だから、独り言だって話しちゃうでしょうよ」

「あなた、ずいぶんと落ち着いているのね。もう少し騒がれるかと思ったわ」

「慣れているからね。ま、怪異より人間の方が面倒って事だよ。現在進行形で、あんた達がそうしているじゃない? 見事に体現しているね。反省した方がいいよ?」

「……良く回る口だこと」

「アハ。それこそ良く言われるよ」


 そう言いながらナツは目だけをツバキへ向ける。


「それで? 僕に何か用事? それとも忘れ物?」

「別に用事というほどの事でもないわ。ただ」

「ただ?」

「最後に何を食べたいか聞きに来ただけよ」

「……へぇ」


 ツバキの言葉にハルは、すう、と目を鋭くした。


「そういうの気にするんだ?」

「…………」


 先ほどから挑発気味に言ってみているが、ツバキは怒る素振りもない。

 ただ表情のない顔で、真っ直ぐにナツを見ているだけだ。


(……読めないなぁ)


 そんな事を思いながら、ナツは小さくため息を吐いた。


「それじゃあオムライスがいいな。あ、卵をしっかり使った奴ね」

「オムライス? あら、ずいぶんと子供っぽいものが好きなのね」

「え~? 子供っぽいって言ったって、僕はまだ高校生だよ。子供の範疇でしょ。それに美味しいじゃん、オムライス」

「……そうね。せっかくなら、オムライスに旗でもつけてあげましょうか?」


 さっきの意趣返しとばかりに旗の話をされたが、ナツは気にならない。

 オムライスの話をしていたら、だんだんとお子様ランチが頭に浮かんで来たからだ。


「アハ。いいね~。あ、旗をつけてくれるなら、一緒にエビフライも欲しいな」

「いいわ」


 ならばと追加のリクエストをしてみたら、ツバキはあっさりと了承した。

 ……何とも拍子抜けする反応である。

 どうせならば悪役らしくもっと堂々と、そちら方面を突っ走って欲しいものだ。


(人間ってほんと複雑だよな)


 そう思いながらハルは勢いをつけて身体を起こした。

 そしてツバキの方へ身体を向けて、


「そんな事をしても罪悪感は消えないよ」


 先ほどまでの明るい口調とは一転して、淡々と、どこか冷え冷えとした響きも感じる声でそう言う。

 ガラリと変わったナツの様子に、ツバキが少し動揺したのが伝わって来た。


「……罪悪感ですって? そんなものではないわ」

「じゃあ何だい?」

「ただの慈悲よ。それに、これは山神様へのお供え(・・・)に、昔からやっている事よ。別に特別ではないわ」

「へぇ。それじゃあ、あんたはその『いつもやっている事』を、自分の実の子供達にもしたんだね?」


 ナツの言葉にツバキは軽く目を見張った。


「何を」

「六年前の儀式の事だよ。あれさ、ツバキさんの子供の話でしょ」

「……アキトが話したのね。あの子は本当に余計な事ばかりするわ。まったく、いつまで経っても役立たずね」


 ツバキは頬に手を当てて、ハァ、とため息を吐く。

 呆れというよりは失望の色の方が強いだろうか。

 肉親に対する態度ではないように思えて、あまり気分の良いものではない。

 なので、


「どうしてそこでアキトさんの名前が出て来るのさ。単純に推測だよ。六年前ならちょうど良い年齢でしょ、あの人。大体そんな事を言われていたら、僕達が呑気な顔をして、今までここにいるはずがないよ」


 ひとまずナツはそうフォローしておいた。


(……まぁ、早めに村出た方が良いとは言われていたけど)


 あの時は何の忠告かも分からなかったが、アキトにとってはあれが、彼が出来るギリギリのラインでの忠告だったのだろう。


(それにしても……あの狼(キクノさん)が、アキトさんを村から連れ出したい気持ちがちょっと分かるかも)


 何度か見かけただけだが、アキトはいつも感情の乏しい表情をしていたし、ツバキ達からの態度も見ていて気分の良いものではない。

 たぶん――六年前の儀式の後からずっと、ツバキが言ったような言葉をぶつけられ続けていたのだろう。

 自分達の身勝手で振り回した子供に、だ。

 ナツは自分の感情が怒りで冷えて行くのが分かった。


「あんた達は自分のやった事に対して必ず報いを受けるよ。この村がこれまでやって来た事は、いつまでも隠し通せるようなものじゃない」

「どうかしらね。隠し通せてきたから今の私達がいるのよ」

「なら、それは今回で終わりだね。手を出した相手が悪かった」

「……あなた、ずいぶんな自信家ね」


 言い切るナツにツバキは眉を顰める。


「別に~? 自信がどうとかじゃなくて、世の中がそういうものだと知っているだけだよ」


 さらっとナツは言う。

 その言葉にツバキは一瞬目を伏せて「そう」と短く呟いた後。


「それはずいぶん優しい世の中ね。……遅すぎるくらいだわ」


 少し間を開けて、そう続けた。

 彼女はそれだけ言うと、くるりと踵を返し部屋を出て行く。

 

(……優しい、ねぇ。まるで罰して欲しかったみたいに言うじゃないか)


 トン、と静かに戸が閉じるのを見ながら、ナツは心の中でそう呟いた。

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