3-7 やるべき事
ハルの部屋に鍵を掛けたあと、アキトは諸々の準備をするため、屋敷の中を歩いていた。
すると向かう側の廊下から叔父と叔母の姿が見えた。
二人はアキトを見つけると玩具を見つけたような歪んだ笑みを浮かべる。
「よう、アキト。妹の方はどうだい、大人しくなったかい?」
「彼女は姉ですよ。……ええ、弟君を引き合いに出したら、大人しく言う事を聞いてくれましたよ」
吐き気を感じながらアキトがそう言うと、叔父は腕を組んでニヤニヤ笑う。
「そうか。しっかし、良かったなぁ。大して役に立たなかったお前が、あんなに若い嫁さんを貰えるんだからさぁ。顔もなかなか可愛いじゃないか」
「…………下世話な話はよして下さい」
さすがに聞き捨てならなくて、嫌悪感をアキトが言葉にすると、叔父の拳が飛んで来た。
頬に当たる。
その勢いでアキトは数歩後ずさった。
口の中が切れたらしく、血の味がする。
叔父は拳を掲げたまま、目を吊り上げてアキトを睨みつけて来る。
「何だその目は。目上の人間に対する態度がそれか? ぁあ!?」
まるでチンピラのような物言いだ。
叔父は怒りのままにドスドスと足音を立て、アキトの方へ近づいて胸倉を掴む。
(……あれ?)
そこでアキトはふと違和感を感じた。
今までは、こうされた時は恐怖で委縮して動けなかった。
けれども今は不思議とそれがない。多少の震えは来るが、これまでのような怖さを感じない。
『キクノさん。そう名乗る狼から、私達はあなたを助けて欲しいと頼まれました』
『私達があなたを助けます』
頭の中でハルの言葉が蘇る。
アキトにとって一番大事な、今は亡き双子の妹――キクノが自分の事を助けようとしてくれていた。
ハルの言葉が真実かどうかは分からない。けれども、それが例え嘘だったとしても、アキトは目の前に光が生まれるのを感じたのだ。
「……おい! 聞いているのか!」
いつもは俯き怒鳴られるままに謝罪を口にするアキトが何も言わない。反応しない。目を逸らさない。
それが叔父の癇に障ったのだろう。叔父は顔を真っ赤にして怒鳴り、腕を振り上げる。
「ちょっと、やめなさいよ! 大事な儀式の前なんだから、ツバキ姉さんにまた叱られるわよ! さっきで懲りたでしょう!」
その時、さすがにまずいと思ったのか、叔母が止めに入った。
さっきと言うのは、駄菓子屋のお菓子の件だ。ナツが話題に出したウエハースの事で、軽はずみに嘘を吐いたのがこの男だ。
どうやらあの後ツバキから説教を食らったらしい。
「……チッ」
ツバキの名前を出された途端、叔父は少し冷静になったのか舌打ちをして、乱暴に手を離した。
叔父はアキトの目の前に指を突きつけて、
「いいか、上手くやれよ。今度失敗したら、承知しねぇからな!」
と言って、叔母と共にどこかへ歩いて行った。
どうせまた山神に備えるために取ってある酒でも盗んで飲むのだろう。
「…………」
アキトはそれを一瞥すると、着物の袖で、ぐい、と口元を拭い、屋敷の外へ向かって歩き出す。
やるべき事をやるために。




