3-2 口無し
その後、ナツからも話を聞いたが、男子部屋も同じ状況だったそうだ。
半数近くのクラスメイト達が眠ったままになっているらしい。
――冬眠。
伊吹がそう言っていたと聞いたが、今のハルにはどちらかと言うと、冷凍保存しているようにも思えた。
井戸の手と、井戸の底の山神を見たせいだ。
今の生徒達の状態は、鮮度が落ちないように、逃げられないようにして、生贄に捧げるためのストックを作っているように思えてならない。
もちろん、それをする可能性は低いだろうとは思う。
林間学校に行った生徒達が戻って来なければ捜索隊が出るだろう。伊吹だってこの村に到着した時点で学校へ連絡を入れているはずだ。
それから連絡が途絶えたとなれば、学校側も何かしらの行動を起こすだろうし、そうなればハル達が呼ばずとも警察がこの村へやって来て、あの井戸も含めて捜査されるだろう。
(たぶん、あの井戸の底に人骨がある)
儀式と称して生贄にされた、たくさんの子供達の人骨が。
それさえ見つかれば、この村で行われていた犯罪は明るみに出る。
――けれど、問題は井戸の底にいるアレだ。
(……叔父さん、来てくれるかな)
叔父が来るまで自分達が無事でいられるかどうか――ナツが冗談混じりにそう言っていたが、確かに微妙になってきたなとハルは思う。
そもそも、この村の狙いは自分達なのだから。
これまでの事を見ていると、一応は、村に疑いの目が向けられないようにと対策しているのは分かる。
今の状況から考えるに、祟りだと恐怖心を徐々に煽り、クラスメイト達を助けるためにハルとナツは自らの意思で命を捧げた――なんて話に持って行くだろうか。
そしてそのタイミングでクラスメイト達の術を解いて目覚めさせれば、なかなか見事にお涙頂戴の物語の完成だだ。
それに眠らせるために睡眠薬等は使っていないのだ。身体を調べたところで痕跡は出てこない。
またハル達も井戸の事は怖がらせないように誰にも伝えていないので、もし警察が来てもツバキ達はどこか別の場所を伝えるはずだ。
何なら獣に襲われたとでも言えば、遺体が無い事も一応の理由にはなる。
(死人に口無し――まさにこの村の名前通りですね)
一体どんな意味を込めて、こんな名前をつけたのか。
『儀式』を絡めて考えれば何とも趣味が悪い。
そう思っていると、
「そうだ、気分転換に村を見て回ったら如何でしょう?」
ツバキがそんな事を言いだした。
「え……?」
「実は数日後の祭りに備えて、準備をしていたところだったんですよ。口無村の風鈴祭。あちこちの家の軒先で、たくさんの風鈴を飾るんです。雨に濡れていても綺麗ですよ」
にこっと微笑むツバキ。
普通ならば気を遣われていると思うだろう。
しかしハル達からすれば、自分達を屋敷の外へ追いやって何をするつもりなのかと思ってしまう。
「いえ、しかし……」
さすがにどうかと思ったらしい伊吹が、やんわり断ろうとしたが、
「ね、先生」
なんて、ツバキからやや強い調子で言われてしまい
「そ、そうですね……」
と頷いていた。
何だかんだで美人の押しには弱い先生なのである。
まぁ、その気持ちはハルも分からないでもない。ツバキに不信感を抱いていなければ、ハルもころっとなっていた気もする。
(さて、どうするか)
ツバキの提案を伊吹が受け入れたので、体調の悪い者達以外は屋敷の外へ気分転換に出かけるだろう。
自分も仮病を訴えれば屋敷内に残る事は出来るが……。
(さすがに昨日の今日でその理由は出しにくい)
皆が熱を出したのに、一人ピンピンしていたという実績持ちのハルがそれを言っても、訝しまれるだけである。
ナツならば病み上がりでまだ身体がだるいとか言えば何とかなるかもしれないが、先ほど朝ご飯をしっかり食べたばかりだ。
双子揃ってどうしようもない。
気分が乗らない……だけでも良いが、それを言うと他の子達にも移ってしまう。
ただでさえ気持ちが落ち込んでいるのだ。あまり精神的な負担が軽減できる手段を減らしたくない。
となるとやはり、外へ出ないわけにはいかないだろう。
「……村の中をまだ調べていませんでしたね」
「そうだね。ま、どの道、狙いは僕達でしょ。うちのクラスの連中に眠らせる以外の事をするなら、僕達に何かした後だろうね」
「ええ。……乗りましょうか」
ナツの言葉にハルはそう言って頷いた。
今直ぐに眠らされた者達を起こそう事は可能だ。
けれどこの人数を一気にとなると、恐らく自分達の方が限界を迎える。
そうなった場合、ハル達が動けなければ二度目を防げない。
人間が飲まず食わずの状態で、身体が持つのは三日。特にタチバナの場合は今日で二日目だ。
あの状態になっているのが術であれば、もう少し持つだろうけれど、決着をつけるのならば今日か明日だ。
屋敷を追い出されようとしているのならば、自由に動ける内に情報収集をしておいた方が良いだろう。
「それじゃあ、皆、少し外の空気を吸いに行こうか」
伊吹が生徒達に向かって明るく声をかける。
ツバキも綺麗な顔でにこりと微笑んで、
「ええ、ぜひ。駄菓子屋にはアイスやラムネも売っていますよ」
なんて、そんなおまけ情報もくれた。
上手く誘導が出来たとでも思っているのだろうか。
そんな事を思いながらハルは小さく息を吐いた。




