2-8 印付け
「……たぶん印付けですね。あの手にやられたんでしょう」
ハルはナツの腕を見て嫌な予感が当たったと思いながらそう言った。
『印付け』とは呪いの一種だ。呪った本人と呪われた対象の間に『霊的な繋がり』を作るものである。
呪った相手には、呪われた対象の居場所が常に分かるし、霊的な繋がりを辿ってそこへ辿り着きやすくなるのだ。
つまりお社で見たあの『手』がナツのところへやって来る、という事だ。
もちろん井戸の結界がまだ動いているので、今直ぐにと言うわけではないのだが。
ただ、あの結界は手を封じるためのものではないので、そこはだいぶ気がかりではある。
あの結界は恐らく、井戸の底にいる『山神』を閉じ込めるために張られたものだ。
だから結界は手にも効果はあるけれど本来は対象外のはず。
もしくは山神と繋がりが出来ているため外へ出る事は出来なかった――と考えて良いかもしれない。
(この場合、厄介なのは『手』が結界の外に出られるんじゃないか、という事なんですよね)
綻んでいた結界だからとも考えられるが、だとすると生贄の存在に疑問が残る。
結界の外へ手を伸ばす事が出来なければ、生贄を井戸の底へ引き摺り込む事は、それこそ誰かが突き落としでもしない限りは出来ないだろう。
けれど双子がお社にいる間、村人達は手を出しては来なかった。井戸の底の山神が動けないとしたら、やったのはあの『手』だ。
しかしハル達が滞在している間、村に被害は出ていなさそうとなると――手は井戸から遠くへは離れられないのだろう。
その手が――もしナツのところまで伸びて来る事が出来たとしたら?
『印付け』の道を辿って無理に出てくれば結界を壊してしまうかもしれない。
そして印付けの痕が濃くなればなるほど、手がこちらへ来る力も強まってしまう。
それで結界が一気に壊れてしまって中身が飛び出したら……それはちょっと考えたくないなとハルは思った。
「うーん。これはあまり良くないよねぇ。解けそう?」
「やってみますね」
ハルは頷くと、ナツの腕に扇子を当てて、そこへ霊力を集中させる。
するとぱちぱちと小さな火花が散って、
パチン、
と小さな音を立てて扇子が弾かれた。
「!」
見た目よりも呪いの浸食が深い。相当濃く付けられたようだ。
むう、とハルは眉間にしわを寄せる。
「あらまぁ、これはすごいなぁ。ハルが普通に押し負けるの、久しぶりに見たよ」
それを見てナツが目を丸くしてそう言った。
「面目ない……」
「武士か」
肩を落とすハルに、ナツはくつくつと笑う。
「……とりあえず応急処置だけしておきましょう。山を下りるか、叔父さんが来てくれれば何とかなると思います。あの井戸を何とかすれば一発ですけどね」
「だね~。んっふふ、ありがと~」
「いえ」
そう短く返すと、ハルは応急処置を始めた。
ハルは自分の髪を数本、指で摘まんで、ぷつっと抜く。
髪というものには霊力が宿る。適当な道具が無い状態で、そこまで難しくない術を使う際に、特に自分の髪を利用するのは、霊力が通りやすくて色々と都合が良いのだ。
これを使って呪いの進行を抑える術をナツに掛ける。多少の時間稼ぎにはなるだろう。
ハルは自分の髪をハンカチに包んでナツの腕に当てると、その上からくるくると包帯を巻いた。
巻き終えたら扇子で触れて霊力を込める。
ぶつぶつと呪文を呟くと触れた箇所が一瞬、ふわりと淡く光った。
「これで……どうですか?」
「ありがと~。うん、嫌な感じが少なくなった~」
ナツは包帯を巻いたほうの腕をひらひらと振る。
「良かった。……とりあえず村から一度離れて、叔父さんと合流してから色々対処しましょう」
「そうだね。あの井戸の中身をどうにかしないとだし。このまま放っておくと被害が村だけに留まらなくなるよ。儀式がどうのって行って外にいる人間を見境なく引き込み始めたらまずい」
「実際にやりましたからねぇ。……あ、そうだ」
そう言った時、ふと、ハルの頭にアキトの言葉が浮かんで来た。
ナツが「どうしたの?」と首を傾げる。
「さっきアキトさんに会いましたよ」
「ええ? あの人、まさかハルを追いかけて来たの?」
「だと思います。それで少し話をしたんですが……六年前に儀式に参加したのは、やはりアキトさんと、彼の双子の妹さんだそうです」
「……そっか」
ナツの顔が一瞬曇る。
儀式に参加した双子の片方が、土砂崩れで命を落としている事を思い出したのだろう。
「その時にアキトさんは、井戸の底から這い上がって来た山神様に『美味しそう』と言われたそうです」
「ああ、やっぱりあの井戸……。っていうか、美味しそう?」
「ナツ。あの時、井戸の底に嫌な感じがと言ったのを覚えていますか?」
「うん……って、まさか」
「ええ」
顔色を変えたナツにハルは頷く。
「美味しそう。……私にもそう聞こえました」
「うわぁ……」
ナツが遠い目になる。
「普通に良くない奴ぅ」
「普通に良くない奴なんですよねぇ」
……あまり猶予はない。早めに何とかしなくては。
双子はそう呟きながら、揃って重いため息を吐いたのだった。




