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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE1 口無村の山神

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2-6 六年前


 アキトの言葉にハルは、おや、と軽く目を開いた。

 神社とは神へ祈りや感謝を捧げる場所だ。けれどもそこに神様がいると思うかと聞かれれば、ハルは否だと答える。

 神社の御神体等を通じて神様がたまに覗きに来たりはするだろうけれど、常にいるという場所ではないとハルは考えているからだ。

 だから実際に『いる』と言われると少々首を傾げてしまう。


(……もしかして、井戸の底のあれ(・・)の事ですかね?)


 そんなに神聖なものには思えないが、あれが神であると言うのならば、アキトが「いる」と言った言葉に一応は納得が出来る。


「実際に……ですか? もしかしてアキトさんは山神様のお姿を見た事があるのですか?」

「はい。六年前にあの儀式を行ったのは、私と、私の双子の妹でしたから」


 ハルの質問にアキトは頷いて、はっきりとそう答えた。

 ――ああ、とハルは思った。

 確かツバキの話では、儀式の時に片方の子は命を落としたと言っていたはずだ。


「そう、でしたか。……お悔やみを申し上げます」


 この村の事情は知らない。ツバキやアキトの心の内も分からない。

 けれども、だとしても、その一点にだけはハルは同情した。

 人の生き死にが絡んだそこだけは、雑な言葉を向けてはならないのだ。


「…………ッ、お気遣い、ありがとうございます」


 アキトの表情が、ぐっ、と感情を押し込めたようにくしゃりと歪んだ。

 それはほんの一瞬の変化だったが、今まで見た中で一番、彼の感情が動いたようにハルには見えた。


「…………。ハルさんは、その。……驚かないのですね」

「と言いますと?」

「その、六年前に誰が儀式を行ったのか……もしかしたら気付いていらっしゃるようなご様子でしたので」

「……そうですね」


 もしかしたら気付かないフリをした方が、警戒されずに済んだのかもしれない。

 ただ、この辺りはこれまでの会話の流れからも推測可能は範囲だった。だからハルは誤魔化す事も慌てる事もなく頷いた。


「ツバキさんから灰鐘家は神職の家系だと伺いましたし、ニ十歳以下の子供が儀式をするのならば、アキトさんの外見年齢からそのくらいではと思ったのです。それに……」

「?」

「ああ、いえ。何でも」


 頭の中で一瞬、狼のリボンが頭に浮かんだ。

 まさかな、と思いながらハルは軽く首を横に振る。


「六年前、何かあったのですね」

「はい。お社へ向かった私達はそこで、あるものを目にしました」

「あるもの?」

「ええ。……井戸の底から這い上がって来た、山神(・・)です」


 敬称が取れた事に、ハルは、おや、と思った。

 声にもどこか恨みを孕んだような雰囲気が感じられる。

 信仰している神について話す声色ではないなとハルが思っていると、


あれ(・・)は私に言ったのです。美味しそう、と」


 とアキトは続けた。その言葉にハルはぴくりと反応する。

 聞き覚えのあるものだったからだ。


「美味しそう……ですか。それは……」


 あの時、井戸の底にいた得体の知れない何かが行っていた言葉がそれだ。

 状況的にも一致する。で、あれば、やはりハルが見たものは、この村で信仰されている山神とやらで間違いなさそうだ。


(とすると、あの青白い手は違う……)


 ナツの腕に痕を残した、あの手。山神とは別のものであるなら良かった――と考えて良いかは少々悩ましいが、少しだけホッとした。


(それにしても、儀式へ向かった子供に『美味しそう』なんて言うならば……)


 やはり自分達に求められていた役割は生贄なのだろう。

 もしかしたらあの青白い手は、今まで生贄になった者達の手なのかもしれない。


 ――そう考えたとたん、ハルはぞっとした。


 この村は、これまでにどれほどの犠牲者を出しているのだろう。 

 そしてそれほどに人を喰らっているのならば、この村の山神は決して、信仰すべき神なのではない。


「もしも山神が人を餌として見ているのであれば。――人を食べた時点で、それが例えどのような神であっても、私達にとっては悪神となります。祀る対象から外れるのが普通でしょうね」


 これはいよいよ、口無村に祀られている山神が、良くないものである可能性が高くなった。

 クラスメイト全員をこの村から脱出させる―—それだけでは話が済まなくなっている。

 その山神を何とかしなければ、今後も被害者が増え続けるだろう。そういう仕事をしているハルにとって、見過ごす事は出来ない事態だ。


(叔父さんと……警察(佐奇森さん)も必ず動きますね、これは)


 ハルがそんな事を考えていると、


「悪神……」


 アキトがそうぽつりと呟いた。

 彼の方を見ると、その目が大きく見開かれていて。

 そして息をすると同時に「ああ……」と小さく声が漏れる。


「……その通りです。良かった……」


 そしてアキトはようやく安堵出来たというように微笑んだ。

 良かった、という彼の言葉が何をさしているのかハルには分からない。

 けれどもアキトの眼差しがどこか優しく、そして胸の痛みを感じるように細められている。

 まるで――ずっとその言葉が欲しかったと言っているかのように。


「ハルさん。……どうか、くれぐれもお気をつけて」


 アキトは最後にそれだけ言うと、軽く頭を下げて、くるりと踵を返してその場から去って行った。

 確認がしたかったのか、忠告がしたかったのか。


(たぶんどちらも……かな)


 遠ざかって行くアキトの背中を見つめながら、ハルは心の中でそう呟いた。


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