2-2 お社
(伊吹先生には大丈夫とは言ったけれど……いやしかし、これはなかなか)
お供え物が入った籠を背負い、ゆっくりと石段を上り切った時には、ハルとナツの息は切れていた。
思っていたより石段が急勾配だったのと、足場が雨で濡れているせいでバランスが取り辛い。
それに今は番傘もさしている。
その状態で石段を上るのは思ったよりも大変だった。
「はぁ……おっも……。大口叩いちゃったけどぉ、これ意外ときっついね~」
「そうですねぇ。はぁ、ちょっと甘く見ていましたね……」
ぜえぜえと肩で息をしながら、一度止まって下を見る。
心配そうにこちらを見守っている伊吹が見えた。
ハルとナツは番傘を軽く振って、伊吹に大丈夫だよと伝えておいた。
「……ふ~。ハル、それじゃあ行こっか」
「ええ、ナツ」
そこで呼吸を整えて、二人は顔の向きを変え、鳥居をくぐる。
下で見た時も思ったが、ここの鳥居はお社側にしめ縄がついていた。
こういう状態のしめ縄は、内側に何かしらを封じ込めるためにそうなっている、という説がある。
「……ねぇねぇハル。さっきの話さー、どう思う?」
「儀式の時は、穢れがあるから双子以外は入れない、というアレの事ですか?」
「そうそう。だいぶ変な話だよね。少なくとも普通の時は双子以外だって入れるんだし」
「そうですね。もし本当にそうなら、普段から一貫するべきかなと。いつものお世話係は双子でなくても良いだなんて、ずいぶん、おかしな事を言います。神様ってもっと我儘でしょう」
「ね~。それに儀式の日にちだって、別にこの日にしなきゃならないって、はっきり決まっているわけでもないしさ」
ナツが鳥居からお社の方へ視線を動かしながら言う。
要するに儀式は双子でなければダメと言っているわりに脇が甘いという事だ。
普段は良いけれど儀式の日だけはこうじゃなきゃ嫌だ――というのは、だいぶ人間側に譲歩した神様である。
神様とはもっとシンプルで、気まぐれで、無自覚に傲慢なのだ。
まぁ、ここはハルが個人的にそう思っているから、というのもあるのだが。
「何と言うか私達を儀式に参加させたいためのこじつけ……と言う感じもしますねぇ」
「だよねぇ。一体何を企んでいるのやら。……ちょうど祈りを捧げる時間って事で猶予があるからさ、その間に少し調べてみようよ」
ナツはにやりと笑うと、ずんずんとお社の方へ近づいて行く。
こういう時にハルの双子の弟は思い切りが良いのだ。
「……ここがお社かぁ」
お社の前まで来ると、それを見上げてナツは呟く。
比較的小さめなお社には屋根もあり、人が二、三人ほどは並べる程度の広さがある。
そこへナツは背負っていた籠をどさりと下ろした。ここならば雨に濡れたりしないだろう。ハルもそれに続いて籠を下ろす。
肩にかかっていた重みがなくなって、ハルはふう、と息を吐いた。
「それじゃあ僕はお社の周りをぐるっと見て来るよ」
「気を付けてくださいね」
「はーい!」
ナツはそう言って番傘を片手に、軽くなった身体でジャンプするように歩いて行った。
ナツはそれを見送ってから、それならばとお社を見上げる。
「……そうですね。なら私はお社を調べてみましょうか」
まずは建物の外側から。
お社は建ってから長い年月が過ぎているのを感じるが、さすが綺麗に手入れがされている。
(六年前に土砂崩れがと言っていたわりには……)
外側から見た感じ、補修されている箇所は見当たらない。
土砂崩れが起きた場所はここではなかったのだろうか。
(儀式の時と言っていたので、無意識にここだと思い込んでいましたが)
ふむ、と呟きながら、ハルはお社の階段を上がって、格子戸をそっと開けた。
お社の中には祭壇と三宝――供物を乗せる台が幾つか置かれている。
持って来たお供え物はあそこに置けば良いのだろう。
……しかしどう考えてもあの三宝では全部を乗せきれない気がする。
ハルは一度籠の方を振り返った。
「やっぱり無理そう……」
けれども、まぁ、良い感じに並べるしかないだろう。
そんな事を考えながら視線を戻すと、
「……ん?」
ふと、床に薄っすらとした染みがついている事に気が付いた。
近づいてよく見てみると、それは――
「これは……」
――それは人の手のような染みだった。
しかも一つではない。大きさが違う手の形の染みがたくさん、床のあちこちについているのだ。
転んだ時についた……と言うよりは、力を込めて床に縋りついているような雰囲気を感じられる。
まるで何かから逃げているような――。
「……ふむ」
「ハル、ちょっとこっち来て~」
そんな事を考えていたら、ナツが自分を呼ぶ声が聞こえて来た。




