【第16話】「揺れる信念」
セシリア・ルミエールは足早に廊下を進んでいた。
心臓が激しく鼓動し、呼吸は浅くなっている。
(……なんで……なんで私は、あんなに怒ってしまったの……?)
教授室を飛び出してからずっと、彼女の心の中では様々な感情が渦巻いていた。
怒り、動揺、困惑、そして……恐れ。
「……教授は、間違っている……。」
口に出してみても、その言葉に確信は持てなかった。
いや、むしろ――心のどこかで、彼の言葉に揺さぶられている自分に気づいてしまった。
(神の御心は、絶対……。)
そう信じていた。ずっと、そう教えられてきた。
でも――教授の言葉が、胸の奥に刺さって離れない。
「……神は、なぜ人に選択を迫るのか……?」
「神が人に自由意志を与えたのなら、なぜ人は悲しまなければならない……?」
「これも、神の定めた運命なのか……?」
――なぜ、私は答えられなかった?
なぜ、涙が出そうになった?
「……私は……間違っていない……。」
手を強く握りしめる。
これまでの信念が揺らぐことが、何よりも恐ろしかった。
でも、それと同時に――教授の言葉を、もっと聞いてみたいと思う自分がいた。
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それから、どれほど歩いただろうか。
気がつくと、彼女は学院の敷地の片隅にある小さな礼拝堂の前に立っていた。
「……神よ……。」
彼女はそっと扉を押し開け、静かな礼拝堂の中へと足を踏み入れる。
中には誰もいない。ただ、神の像が静かに佇んでいる。
セシリアは膝をつき、そっと両手を組んだ。
「……私は、間違っているのでしょうか……?」
「教授の言葉に、私は動揺してしまいました……。」
「私の信じてきたものが……揺らいでしまいそうです……。」
彼女は、神に答えを求めるように目を閉じる。
だが、当然ながら神の声は聞こえない。
ただ、静寂だけが広がっていた。
セシリアの胸に、不安が広がっていく。
(私は……どうすればいいの……?)
その問いに答えをくれる者は、どこにもいなかった。




