#05 兄、マジ許さん!
動きにくいドレスを脱ぎ捨てて唯一動きやすそうな乗馬服に着替えてそっと窓から抜け出す。
回復呪文があるから寒さで自分が死ぬことはないけどやっぱり寒いものは寒いので皮のフードを被ってきて正解だった。空からは雨が降り始めている。
谷まではすぐそこだから馬は要らないわね。
私のAGIなら馬を出す時間にはもう谷に着いているはずだし。【鷹の眼】とリンクしながら的確に進む。
「いた!」
黒毛の馬は私を見ると興奮して暴れ出す。警戒しているにしてもこの興奮状態は異常ね。
脚が折れているのか動きがおかしい。
「暴れないで!他も痛んでしまうわ!!」
精神安定を使おう。馬にも効くわよね?
「よしよし、もう大丈夫だからね」
おとなしくなった馬の腹を撫でる。大きい。
領主の馬だからこの領地で一番立派なんでしょうね。
たてがみもフォルムも美しい。
「ちょっと見せてね 痛くしないからね」
ステータスは【骨折】【打撲】【毒】【裂傷】ね。
ん?
毒!?
慌てて身体を見回すとお尻の辺りに折れた銀色の矢が刺さっている。この矢は…
アイテム鑑定の魔法を使う。
「やっぱりね…マジで絶対に許さないわ」
攻撃力は低いけれど矢の先には興奮剤が塗られている。この装飾だとやっぱり持ち主はロランね。事故に見せかけて伯爵を殺したのはやっぱりアイツだった。エリザベスの予感は正しかったのよ。
ケガや脚の折れた馬はどうせ死ぬだろうと誰もこんな谷底まで馬を回収しに来ないと思って証拠の放置をしていたんだろうけど…。甘かったわね。
でも、次は私…エリザベスって事か。
この事故の真実を追求したら速攻で殺しにかかるでしょうね。
…この世界にとってチートキャラの私は簡単にはやられないだろうけど。それでもHPが尽きたら私もキャラの一人だから当然ロストするはず。エリザベスの為にもそれは絶対に出来ないし、するつもりもない。
「あ、アナタの回復が先よね!ちょっとだけ我慢してね!」
黒馬に刺さっている折れた矢を引き抜く。痛みで暴れ出すかと思ったけどおとなしくじっと私の目を見ているわ。体力全開+ステ異常を治す【完全回復】の魔法を念じると手のひらから出た温かい光が全体を包む。ふむ、魔法スキルも念じるだけで良いのね。
馬は一声鳴くとありがとうと言わんばかりに私の顔に鼻を擦り付けた。う。鼻水が…。
そして「乗れ」と言わんばかりに背中を見せる。
「ありがとう!では帰りましょう!」
背中にひらりとまたがると黒馬は待ってましたとばかりに夕闇の近付く谷から屋敷に向かって走り出した。
つづく