#03 兄への疑惑
この本にかかっているロックは問題ない。
私のスキル【解錠】を使えばどんな鍵も外すことができるから。
ただ、これが個人のプライベートな日記ということに私の良心が引っかかるだけで。
でもこの【スタッフォード伯爵家】を知るには最短の道よね。
「ごめん」
解錠のスキルを使ってロックを外すと私は日記を読み始めた。
生まれた時から病弱だったこと、後妻だったエリザベスの母親がロランに毒殺された疑惑から始まり彼のエリザベスに対する異常な視線、派閥を作らない為に専属侍女は与えられずほぼ部屋に閉じ込められて孤独に陥れられる精神的拷問、そしてロランの伯爵家の家督を手に入れる執着心のために父親も自分も殺されるかもしれない恐怖などが綴られていた。
「…な…」
言葉に詰まって最後のページをめくる。
『ロランの思惑通りになるのは癪ですがもうわたくしの心は限界です。清い身体のうちにこの毒を飲む事をお許し下さい。願わくば魂を我が戦女神の下に…もし生まれ変われるのなら今度は強い精神と身体を願います…』
最後のページは涙に濡れたのか紙は波打ち、インクは滲んでいる。
私は日記を静かに閉じると表紙に額を押し付ける。
「私は自死したエリザベスの体に転生したのね…。」
何10周とこなしてきたゲーム【光と闇の偽典】の世界。でもプレイヤーの私には全く知らない世界がここにある。
利己的なロランにこみ上げる怒り、エリザベスの無念に対する共感と悲しみ。キャラクターとしてではなく【生きている人間】として実感した。
「エリザベス、戦女神に貴女の願いは届いたのかはわからないけれど、あなたの尊厳は貴女の身体と共に私が必ず守ります。だからしばらくこの身体、私に貸しておいて下さい」
胸に手を当て目を閉じエリザベスの魂のために黙祷する。
静寂の時間を破ったのは玄関ホールからの悲鳴。
執事やメイド長が慌ただしく叫んでいる。
「何事ですか!!」
ホールに続く階段を降りていくと担架に乗せられ運ばれてきた父、スタッフォード伯爵の青ざめた顔が見える。
「お嬢様!旦那様が狩りの途中、馬が暴走して崖から転落を!!」
「なんですって!?お父様!!」
かけよって悲しみでしがみつくフリをしながらステータス状態を素早く確認する。
「はやく、お医者様か神官を!!!」
…もう無駄なのはわかっていたけれど。
この世界では薬や魔法での体力の回復はあるが死亡からの復活はない。ゲームの中ではHPが尽きて0になった場合、そのキャラクターは永久にロストする。
スタッフォード伯爵が死んだ…。
もしエリザベスの日記を読んでいなかったら何と不幸な事故かと嘆いたわね。
でも…私は知っているわ。仕組んだのはロランだって事。
アイツがやった証拠を探しに行かなくちゃ…。
つづく