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耳元で囁かれた聞き覚えのある声に、僅かばかり恐怖心が薄れたが、相手の真剣な物言いに緊張が走る。
「なっ、なんのことか…」
セレスティアが震える声でそう答えると、喉に当たるナイフが先程よりも更に押しつけられる。
「本気です。正直に話して下さい…貴女とさっきの、国軍の男との話の内容を」
後ろの人物-シャオンは普段よりも低いトーンでそう言うと、腕の力を強めた。
ピリッとした痛みが喉の辺りから伝わり、セレスティアは血の気が引くのを感じて咄嗟に口を開いた。
「~っ!わ、わかったわ!話すわよっ」
そう言うと、セレスティアは先程の男との会話を少しずつ話し始めた。
その内容は想像していたものとほぼ同様で、シャオンは唇を噛み締める。
(あいつら、口だけはいつも上手いからな…)
苛立ちが様々な感情と共に込み上げてくるのを感じながら、シャオンはセレスティアの弱々しい声に集中する。
セレスティアが言うには、今夜シャオン達の食事に薬を盛って眠らせ、周りに気付かれない様にシャオンを引き渡すというものだった。
大人しく従えばアレンやセレスティア達には手を出さないという条件付きで。
「あ、貴女を渡せばアレンの事を見逃すって言われたの。だから…」
「……」
「だって貴女は、その…王女、なのでしょう…?」
「…やはりあの時、聞いていたんですね」
シャオンはあの時妙に冷めていたミルクを思い出した。
あの話を聞かれていたのなら、今回の行動に対して賛成は出来ないにしろ納得は出来る。
昨夜の帰りが遅かったのも、おそらく街で軍の者に情報をリークしていたからだろう。
そう結論付けて、シャオンは腕の力を緩めた。
「確かに私は昔、王女、でした」
完全に力を抜くと、セレスティアは恐る恐るシャオンから距離をとり、振り返った。
「なら、どうして逃げるの?どうしてアレンを巻き込むのよっ!?彼は貴女といる所為で命を狙われてるのにっ!」
セレスティアは声をあげてシャオンにそう言い放った。
ただ純粋にアレンを想う彼女の言葉を聞き、シャオンは俯いた。
セレスティアの言うことは痛いほど理解している。
毎日のように、罪悪感と後悔がシャオンの心を支配してきた。
アレンを巻き込んでしまった事、
村の皆を危険にさらしてしまった事、
育ててくれた養父母を死なせてしまった事、
自分にかかわったすべての人が不幸になっていく様を今まで一番近くで見てきたのだ。
全部自分が逃げてきたせいで…
しかし、アレンはこんな自分を見捨てないでいてくれた…一緒にいると言ってくれた。
だから今こうして前を見ていられるのも事実だった。
彼が側にいて良いのだと言ってくれたから、もう少し生きたいと願うのだ。
そして真実を見極め、それからどうするのかを決めると。
二人の間に流れる沈黙を破り、シャオンが口を開いた。
「…たとえ今、私が捕まったところで、何の解決にもならないんです」
「ど、どういう事?」
「私は確かに以前は王女でした。死んだとされる、第一王女…レノアという名前の。でもそれは、もう昔の事なんです。理由は…これを聞くと貴女も更に危険に晒されてしまうので言えませんが、レノアはもう存在してはいけないんです」
「それが今もなお生きているとなれば、帝国としては一大事なんです。その真実を知った人間は…生かしておいてはだめなんですよ。だから、たとえ口外しないと誓っても、関わりを持った人間は……殺されます」
「そんな…でも、約束したのよ?手を出さないって…」
「セレスティアさん…彼らは平気で嘘をつき、当然のように人を殺します。もう、以前のような帝国は無いんです」