2-(29)
「でも本当に、あのころに戻りたい、な…」
「…」
ほとんど無意識のうちにシャオンがポツリとこぼした言葉。
それによって、今まで慣れた手つきで動かしていたアレンの手が止まる。
その間はほんの少しであったが、再び動き出した手はどこかぎこちない。
シャオンは今更だとは思いながらも、自分の失言を撤回出来ないかと考えたが、すぐにそれは無意味だと諦めた。
二人の間では暗黙の了解のように口には出さなかった、何の生産性もない言葉。
それなのに……
昔の話をしているうちに気が弛み、無意識に発してしまったそれに、シャオンは二人の雰囲気が変わったのを感じていた。
「な、なんてね。何言っちゃってんだろね、ほんと。…ほら、さっさと仕上げないとまた変な事口走りそうだから!!」
その場に流れる重い空気に耐え切れず、シャオンがアレンをまくしたてる。
出来上がった料理をお盆に載せながら、誤魔化すように饒舌になるシャオン。
入院患者に持っていく分の準備が出来ると、何か言いたそうなアレンを残して部屋を出て行ってしまった。
「何も言ってないっての…」
残されたアレンは、ドアが閉まる音を聞いてから深い溜息を吐き出した。
ああなってしまった相棒は、今何を言っても聞く耳を持たない事を知っている。
自分までそうなってしまってはどうにもならないと、気持ちを切り替えるように頭を振った。
戻ってくる頃にはいつものシャオンであることを願いながら、彼女の皿には彼女の好きな具を多めによそっていた---
その数十分後、配膳し終えたシャオンが戻ると、三人分の食事を用意し終えたアレンが着ていたエプロンを脱いでいるところだった。
「おかえり」
「あ、うん…」
シャオンは先程のことを未だ気にしていたが、視線を置かれた皿に向けたところで表情を崩した。
「ありがとう…」
「ん?何かいった~?」
「…何でもない!私、セレスティアさん呼んでくるからっ!!」
本当に、本当に小さく震えた声で吐き出したシャオンの言葉を、アレンは聞き取れなかったのか。
興味無さそうに聞き返すアレンに、シャオンも何も無かったように返す。
聞こえていなかったなら、それでいい。
シャオンは再び身体の方向を変えて、今入ってきた部屋を後にした。
その顔には、先程のような硬いものとは違う表情があった。
深く聞かれないということは、聞かなくても分かっているという事なのだろうか。
‘何に対して’の言葉だったのか…
シャオンは呼びにいったセレスティアの部屋に着くまで、弛む口元を直すことが出来なかった。
***2章・完***