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8. 他の奴に見せたくない。


 始業式まであと5日に迫った頃。

 他の長期休みに比べて少ない課題を片付けて、2年生になったらクラスが分かれるかもしれない微かな不安の中、少しでも時間を共有したくて事ある毎に寄り添っていたら、乾から「木嶋は意外にスキンシップが激しい」という指摘を受けた。

 嫌なわけじゃないけど、と言葉が続いたことは嬉しい。



「先輩に捕まったから、明日陸上部に顔を出すことになった」


 壁にもたれ、足を投げ出して乾と並んでベッドに座っている。

 絡めていた指を動かすと、体に力が入ったのが触れ合っている腕から伝わって来た。

「な、何の種目するか決めたの」

 真横過ぎて解らないけど、赤くなっているのが容易に想像出来て口元が緩む。

「入部テストみたいなのするんじゃないかな。それで何が自分に合っているか決めるんだと思う」

「ふぅん」


 本音を言えば、始業式まで5日にしかないので、春休み中にもっといちゃいちゃしたかった。

 何だったら陸上部なんて割とどうでも良くなる程、片時も乾から目を離したくはなかったが、たまたま食堂で顔見知りの陸上部員に会ったので、二年生になったら入部を考えていると相談したところ、交わした連絡先に即行先輩から連絡が入ったのだった。


「まあ小学生、中学生の時からやってる奴もいる訳だから、とりあえず走るだけだろうけど」

「棒高跳びとか凄くない? 道具使ってでもあんなに高く飛べて、あの高さから落ちても平然としていられる精神力に感心する」

「いや、道具使うような競技は避けたいかな」

「何で?」

「手入れが面倒そう。移動の時の持ち運びが大変そう。何より高価そう」

「何だそれ」

 乾が笑うと触れている腕が振動して、ああこんなに近くに居るんだと改めて嬉しくなる。体を寄せて顔を覗き込もうとすると、気付いて顔を上げた乾と目が合った。

 一瞬泳がせた後に目を伏せたので、同意と受け取り遠慮なく唇を寄せる。



 翌日陸上部に顔を出すと、毎日行う柔軟などのメニューの後、短距離や中距離など何本か走らされた。

 最近は朝に自分のペースでランニングを行うだけだったので、誰よりも速くという目的を持って走っているわけではない。


 短距離のタイムを測る時に、バットを振った後に一塁迄走る緊迫感や、二塁に盗塁する時の緊張感を思い出して、懐かしさと爽快さが、何とも心地良かった。

 暫くは色々走ってみることになったが、短距離過ぎるのも長距離過ぎるのも苦手と一応主張して笑われてしまった。




「県とか市区町村とか各スポーツ協会主催とか、大会はいっぱいあるから、色々出て慣れてみることになったけど」


 今日は俺のベッドで並んで話している。珍しく乾から寄って来た。

「それって結構、部活漬けになる感じ?」

 きゅっと手を握られて心臓が跳ねる。

「う、いやどうなんだろう。ずっと走り続けてたら速くなれるわけじゃないし、練習メニューを決めて時間内に効率よくトレーニングはするんだろうけど。でもまあ大会に出場するなら休みは潰れる……のか、そうだよな」

 当然と言えば当然なのだが、改めて言葉にすると、乾との時間が意外と取れなくなりそうで、急に焦る。やっぱり陸上部に所属するのは止めておくべきか?


 固まって思考に潜ってしまった俺を引き戻すように、乾が強めにもたれ掛かって来た。肩に乾の頭が載り、柔らかい髪が頬に触れる。

「予定は事前に全部教えてよ。行けるのは全部観に行く」

「え、本当に?」

「大丈夫。全力で応援するから」

「……うん、有難う」

「勝っても負けても一緒に帰ろう」

 住んでいる地域が様々なので基本的には現地集合と聞いているけど、帰りは何となく方向が同じ部員で集まって一緒に帰るような気がするのだが。


 乾が頭を上げて、俺を見る。

 何? と聞くと、

「負けて凹んでる木嶋を他の奴に見せたくない」

 と微笑った。


 それはいつか俺が言った言葉をアレンジして返して来たものだった。

 乾を独占したくて言った言葉だったが、それを乾に言って貰えるとは思ってなかったので、胸の中心がきゅうと締め付けられる。

「……出来れば勝って喜んでいる俺を独占して貰えるように努力する」

「よろしい」


 視線を絡めて二人で微笑い、どちらからともなく顔を寄せ、キスをする。

 絡めていた手を放し体の向きを変えて、乾の背中に手を回し抱き寄せた。

 えぇとか、待ってとか小さな呟きが聞こえたような気がするが、それ以上の抵抗はなかったので、壁伝いに背を滑らせてベッドに横になる。横になった弾みで露になった額にキスをする。



 これ以上は何もしない、と言うつもりだったが、折角乾が背中に手を回してくれているのに、何もしないのは勿体ない。

 以前乾の手の平を舐めたことを思い出し、顔を寄せて乾の唇をぺろりと舐めると、腕の中で真っ赤になっている乾がひえぇと声を上げる。


 それがどうにも愛おしくて、何度か軽く短いをキスをした後、怒られませんようにと頭の片隅で考えつつ、舌を差し入れ深く浅く口付ける。


 息遣いやたまに漏れる小さな声が耳に届き、なけなしの理性を取り戻して唇を離す。

 乾を抱き枕のように胸に抱いて息を整えていると、「一気にバージョン上げ過ぎ」とくぐもった声が聞こえて来た。



 自分で「急がない」と言ったこともあるし、何より物凄く幸福感で満たされているので、今日はもう暫くこうして居よう。


 と。

 ……思ったのだが。

(待てよ、今、何時だ?)


 乾の背に回している手を離したくはないが、少しだけ角度を変えて何とか腕時計の表示を見ると、16時を少し過ぎたところ。

 横になって、抱き合って、さっきから何分経った?

「乾?」

「……」

(ああ、これは……)


 背中に回っていた腕から力が抜けたのはいつだったのだろう。

 無防備にも程がある。

 もし部屋割りのシャッフルが希望者だけでなく毎年強制的に行われるような仕組みだったら、今頃きっと発狂している。

 こんな欲望剥き出しの相手の腕の中で寝落ちする、乾の危機管理能力の低さが心底恨めしい。


「本当に、他の奴に絶対見せたくないよ」

 声に出して言い、苦笑する。


 ううんと小さく呻き、乾が顔を胸に押し付けて来る。

 絶対的な信頼を得ていると確信する反面、その信頼を裏切ることが出来ないことも理解している。


 信頼を保ちつつ、距離を詰める。

 乾には俺以外の相手への危機管理能力を向上して貰う。

 そして出来れば勝って喜ぶ俺を観て貰えるように頑張る。

 けれど部活漬けにはならない。

 どちらかを取るなら乾を取るだろう。


 耳に届く微かな寝息と腕の中の温かさの所為で、少しずつ瞼が重くなっていく。

 夜ご飯の時間までこのまま寝て、18時45分に乾を起こそう。

 そしていつもの「あと5分」を聞いて、自分だけの特権を確認することにしよう……



 その後18時30分に目覚め、18時45分になると同時に乾に声を掛けて「あと5分」を聞いた。

 5分後にもう一度声を掛ける時、声を掛けながら露わになった額にキスをすると、目を覚ました乾が、

「うわぁ、デジャヴ」

 と呟いて手で顔を覆ってしまった。

 顔も耳も真っ赤になった理由を、その時は何度聞いても教えてくれなかったのだけれど。


 実は俺のことを好きだと意識した、夢の一場面と同じシチュエーションだった、と教えてくれたのは、ずっと先のことである。



名前を考えるのが苦手で、いつも名前を呼ばせる必要があるまで名前を決めずに進めたりします。

なので今回は、最初の一文で名前を書くことだけを目的に、どのような内容にするかも考えずに始めました。


キジマという名前は、ふと降りて来ました。

漢字を「鬼島」にしていたら、相手はきっと「桃田」でしたが、「木嶋」にしてしまったので、相手は犬か猿しか考えられず、結果「乾」になりましたが、本文で「舐める」という行為が二度ほどあった為、名前は逆にすべきだった、と少しの後悔があります。



書ききれなかったエピソード2つ。


1. 木嶋の怪我は完治しています。絶対勝ちたい試合に向けて頑張っていたのに、怪我で出場出来なくなってしまい、心が折れてしまったようです。周囲に気を遣われるのが嫌だから地元から離れたのであって、野球に未練タラタラなわけではないです。

実体験が基にあるので、別の作品でも同じエピソードを入れたことがあります。もしいつかその作品も投稿することがあれば、笑ってスルーして頂ければと思います。


2.どうでも良い設定ですが、「二人は三年間はずっと同じクラス」です。



最初の一文にあるように寡黙で無表情の男を描くはずが、相手が陽気な鈍感だと話が進まず、結局やたらと喋っていちゃいちゃする話になりました。

先の話は考えておりませんが、いつまでもいちゃいちゃする2人であって欲しいと母(笑)は願っています。


また他の作品もお読み頂ければ幸いです。

お読み頂き有難うございました。


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