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7. 木嶋が上げて。


 終業式の次の日に、実家に帰省した。特に帰りたいわけではなかったが、寮の規則に渋々従った。


 息子が春休みで帰省しても、共働きの両親は休みなわけではないし、地元の友達から連絡が来て約束はしたけど、毎日集まるわけではないので、結局大半は家で一人でごろごろしていたり、宿題をして過ごしていた。


 休みの日には母親と出掛けて洋服を買って貰い、父親と映画を観に行き、皆で外食もして家族を堪能したので、31日の夜に寮に戻る予定を1日早めることにした。

 寮に居ても実家に居ても一人なら、乾はまだ戻っていなくとも、2人が共有するあの空間で過ごしたいと思ってしまったからだ。



 10日間の帰省の予定を9日間に短縮して寮に戻った。着いたのは夕方近かった。

 適当に何か食べるから食事は予定通り31日の夜からで構わない旨を管理人さんに伝えて、部屋に向かう。


 鍵を開けてすぐ、実家の自分の部屋とはどことなく違う匂いがするような気がして、胸一杯に吸い込んだ。15年暮らした実家より1年過ごした寮の部屋の匂いの方が落ち着くなんて不思議なことだ。


 背中でドアが閉まる音を聞き靴を脱ぎながら廊下の電気を点けた時、胸が跳ねた。

 ……靴がある。

(戻る予定は明日だよな?)

 逸る気持ちを抑える為に軽く深呼吸して、部屋に続くドアを開く。



 部屋は左右対称に家具が配置されている。

 入ってすぐにクローゼットがあり、壁際にベッド、そして正面に机。

 部屋に入ると何よりも先に乾が使用している左側のベッドに目が行くのは、この一年ですっかり身に付いた癖となっていた。

(……居ないか)


 さっきの靴は、出発する前から置いてあっただろうか?

 あの日はあそこでちょっと迫ってみたりしたので、きっと蹴ったり踏ん付けたりしたよな? あんなにきっちり置いたままになってるだろうか?



 クローゼットの前に鞄と親に持たされた荷物を置いてから一歩ベッドに近付いた時、視界に人影が入って来てぎくりとした。そして。

(ヤバい、ニヤける)

 慌てて手で口元を覆う。


 入って右側のクローゼット寄りに立っていたから見えていなかった。

 右側のベッド、そう自分のベッドに、乾が寝ていた。右側を下にして横向きになり、スースーと寝息を立てている。

 胸がきゅうっと締め付けられる。9日間は長かった。やっと会えた。俺のベッドに寝ている。無防備に。

(どうしよう、嬉しい)


  ベッドの脇にそっと腰を掛ける。

「乾」

 腕を叩く。

「ただいま。起きて」

「うぅ、……あと5分」

 寝ぼけているのだろうか。毎朝繰り返すやりとりが、夕方に行われるとは思わなくて、また頬が緩む。乾と居ると気持ちが顔に出てしまう。

「あと5分」をただ乾の横でぼんやり待つのは、特別な時間のようで気に入っているけれど、今日は早く言葉を交わしたくて、きっかり3分後に「5分経った」と声を掛けた。


「うぅ……」

 唸ってぼんやりと薄目を開けた乾は、次の瞬間飛び起きた。

「え、何。俺、丸1日寝てた!?」

 壮大な寝ぼけかと思ったが、確かに帰る予定を1日早めたのだから、勘違いしても仕方が無いのかもしれない。

「1日早く帰って来た」

「そうなんだ」

「乾も帰って来てるとは思わなかった」

 ああうんまぁその、と目を泳がせる仕草が可愛くて和む。


 乾はのそのそと体勢を変え、ベッドの上で正座した。そして、

「おかえり、ただいま」

 と言う。

「ただいま、おかえり」

 同じように返すと、自然と口元が緩んだ。乾も照れ臭そうに笑ったが、上目遣いにこちらを見て、ん、と言って腕を左右に広げた。

「え」

「俺は春休みにバージョンアップしたから、前とはちょっと違う」

「おお」

「ちょっとやそっとでは動じない」

「本当に?」

「本当に」

 そして腕を広げたまま膝立ちになって近付いて来たかと思うと、そのまま胸に頭を抱き込まれた。

「いつかの逆だ」

 どうだ、と得意げに言っているが、聞こえて来る鼓動が随分と速いように思う。


 乾の腰に腕を回す。ぴくりと体が反応したことを確認してから、強く引き寄せるように力を入れる。

「き……」

「会いたかった」

 乾から抱き締めてくれたのだ。遠慮なくその胸に顔を埋める。

「うん、俺も」

 後頭部に軽く回されていた乾の手が、さっきよりも添う。頭に乾の頬が当たっているのを感じた。


 ずっとこのままこうして居たいという気持ちはあるけど、あまり長くこのままだと乾が困るんだろうなという気持ちも沸き上がって来る。

 腕の力を緩めると、乾の力も少し緩んだので、顔を上げる。視線が絡んだ瞬間に乾が体を固くしたのが解った。目に見えて顔が朱に染まっていく。可愛いなんて言ったら絶対駄目だと解っているのでぐっと堪える。


「バージョンはどれくらい上がった?」

 場を和まそうと雑談を試みる。

「2? 3?」

「え?」

「バージョンアップしたってさっき」

「……バージョン1.25くらい?」

「え、そんなに小刻み?」

 思わず目を丸くすると、乾はふいと顔を背けてしまう。

「もっと頑張った筈だったけど、木嶋の破壊力に比べたらまだまだ全然足りない」

「何、破壊力って」

 視線を拾うように顔を動かすけど、また逃げられてしまう。

「乾バージョン1.25では、この前の続きは無理な感じ?」

 固くなっていた体が更に固くなったような気がした。

「急がないよ」

 前にも言った言葉を、もう一度口にする。本当はもっと自然に触れ合いたいけれど、びっくりするほど顔や耳が赤くなったり狼狽えたりするだけでも、きちんと好意が伝わって来るから、急かすようなことはしたくない。


 乾はもぞもぞと後退し、膝立ちから正座に戻る。背中に回っていた手は自然と下がり、お互いの腕を掴み合うような位置で停止した。

 顔を覗き込むと、おずおずと視線をこちらに向けて乾は、木嶋が上げて、と呟く。


 俺が? とか、何を? などと聞き返してはいけない場面だと瞬時に悟った。

 手首の少し上を掴んでいた手を二の腕に移動させて、引き寄せつつ顔を寄せる。

 乾は少し俯き加減だったので、下から押し上げるようにして、唇を重ねた。


 離れた時、真っ赤になった乾が下唇を軽く噛む様子が可愛くて、顎に手をやり上を向かせてもう一度顔を寄せる。

 調子に乗ったかな、と一瞬考えたけど止まれなかったので仕方がない。


 幸いにも拒否されることもなく、一回目よりも長いキスをした。


お読み頂き有難うございました。

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