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6. 続きは戻ってから。

 

 終業式の次の日に、実家に帰省することになった。

 3月下旬。10日間程の帰省。


 1週間以上の長期の休みは、可能であれば帰省することが寮の規則集に記されている。

 2年の春休みは帰らない者も多いようだけど、初めての春休みは、帰省しない場合は保護者からの理由書の提出が必要なので、選択肢はなかった。


 木嶋はいつも通り、静かに俺の傍に居て、緩やかな時間を過ごしていた。

 俺が余りにも狼狽えるものだから、態度を変えないで居てくれるのだろう。ただ、無表情の筈の木嶋なのに、あの日からずっと機嫌が良さそうなのは解る。

 ちらりと盗み見ている時に木嶋が顔を上げ目が合うと、優しく目を細めて微笑するのだ。

 慌てて目を逸らせてしまうけど、気を悪くするどころか、逆に嬉しそうにしている。どうも狼狽えて赤くなる俺を見るのが嬉しいらしい。



 帰省する朝。

 俺は在来線で1時間の距離だけど、木嶋は新幹線に乗って帰る。木嶋の指定時間に合わせて一緒に駅に向かうことになった。

 2人とも荷物は多くなかった。俺はそのまま帰るけど、木嶋は駅でお土産を買うらしい。


「そろそろ出ようか」

 駅までは一緒に行くのだけど、寮室を出た瞬間に2人の距離が開く気がして、ドアを開けようとした手を止めて振り返る。

「3月31日に戻る予定だから」

「うん。俺もそうする」

 夏休みも冬休みも帰省したのだからどうってことはない筈なのに、今回はどうしても気が乗らない。

「……」

「……」

 会えない10日間を埋める言葉を探したけど見つからず、妙な間だけを残してしまった。


「っ、行こう」

 木嶋に背を向けてドアに手を掛けた時、肩を引かれ振り返る間も無く、背後から左頬にキスされた。

「なっ」

 頬を押さえて狼狽えていると、左肩を押されてくるりと方向転換させられ、ドアに背中を預ける格好になった。

「な、何。壁ドン?」

 茶化して逃げようとするけど、上手く笑えない。足元にドサッと鞄が落ちる音。

 木嶋の右手は俺の顔のすぐ横の壁に。左手で頬を撫でられそのまま顎を掬い上げられた。

 絡んだ視線で、茶化す雰囲気ではないことに気付き、顔に熱が集まった。


 木嶋の顔が迫って来て、どこを見れば良いのか解らず目を瞑ると、右頬に唇の感触が。

 あ、唇じゃ無いんだ1人で勘違いして恥ずかしい、と思って目を開き掛けた時、同じ熱が唇にも押し付けられた。


 それはほんの4、5秒くらいのことだと思うけど、時間も息も思考も全部、長い時間止まったような錯覚。

 好きだと呟いて、木嶋は俺の肩を引き寄せる。

 そのまま腕の中に収められ、恥ずかしくて顔を埋めたまま木嶋の背に手を回す。



 いつも朝には起こしてくれて、日中は心地良い時間を共有してくれるし、そして何よりこうして俺を好きだと言ってくれる。木嶋を想うと胸がきゅうっと絞め付けられる。

 でもそうやって優しい気持ちをいっぱい受け取っているのに、俺は恥ずかしくて狼狽えたり逃げ腰になってばかりで、何だか申し訳なくて。

「ごめん」

 思わず口から出た言葉に、木嶋の体がぴくりと反応した。そして大きな溜息が聞こえたかと思うと、俺の頭に強めに顎を乗せた。

「イタ」

「このタイミングで謝るの止めてくれない」

「え?」

「好きって言ってるのにごめんって何」

 言われて、まるで拒絶してるかのような言葉の応酬だったと気付いて、慌てて顔を上げる。

「違う、そうじゃなくて、なんか色々上手く出来なくてごめんって意味で、その」

「うん」

「その……」

「……」

「む、無口だとか寡黙だとか言われてるくせに、何か色々言い過ぎなんだよ木嶋は」

 やっぱり上手く言葉が出て来なくて、自分のことではなく、人を責めるようなことを言いつつ、背中に回していた腕に力を込める。好きだって自覚した時から、本当に好きだなって思ってるのに、言葉にするより恥ずかしさの方が先に立つ。


「急がないって言ったじゃん」

「うん」

「その内ちゃんと言うから」

「うん、解ってる。でも、言わなくても伝わってると信じてたけど、乾は鈍感だと確定したから、乾が言わない分、俺が言うことにしたんだ」

「……確定?」

 木嶋の胸に顔を埋める。確かに鈍感じゃ無いと言える自信はない。


「好きだ」

 ほらまた胸がきゅうと痛む。

「うん」

「本当は家に帰りたく無い」

「うん」

「もう一回キスしたい」

「う、……ん?」

 俺を抱きしめる腕の力が緩み、背中に回っていた手が首筋に触れ、頬に滑って来る。

「キスして良い?」

「!!」


 忘れていたわけじゃないのに、もう一回と言われて、さっきの出来事の照れが一気に襲って来た。そうだった。さっき一回キスしたんだった!

「無理!」

 慌てて手の平を木嶋の口に当てて押し返す。

 さっきはそういう流れだったり、突然で頭が真っ白だったりしたけど、改めて言われるとハイどうぞと受け入れるのは恥ずかし過ぎる。

「急がないって言ったじゃ、……ひえぇ!」

 手の中で木嶋の口が動いたかと思った瞬間、手の平をペロリと舐められた。

 慌てて手を背中に隠したけど、形勢が不利なことには変わりない。急いで足元の鞄を拾い、

「続きは戻ってから!」

 と言い捨てて逃げるように廊下に出る。


 口元に拳を当てて笑いを堪えながら、続いて出て来た木嶋が鍵を掛ける。

 笑顔だし、笑うし、やたら喋るし。どうなっているんだコイツ。

 意識せず口が尖っていたのだろう。俺の顔を見て表情を引き締めて、寮を出るまで、と言って俺の手を取る。

 抱き合ったりキスしたりするよりもまず最初にするべきことじゃないのか? と思いながら、繋いだ手の温かさに嬉しくなる自分が居たのだが……

「戻って来るが楽しみだな」

 折角良い感じに落ち着いて来たのに、木嶋がまた余計なことを言うから、また恥ずかしさが爆発して手を振り解こうとしてしまう。


 ただ意外と固く握られていることと、今日から10日間離れる寂しさが頭を過ってしまい、結局振り解くことは出来ず、廊下では誰にも会わなかったこともあり、寮を出るその瞬間まで俺たちは手を繋いでいた。



 実家では落ち着いて頭を整理して、次会った時にはきちんと木嶋に好きだって伝えられるようにしよう。

 何だったら自分から抱き着いて、さっきの続き促すことくらいレベルアップして戻って来よう。


 そう心に決めた。



乾の視点はこれで終了です。

木嶋の視点に変えて、あと2話ほどお付き合い下さい。


お読み頂き有難うございました。


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