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4. 卒業まで一緒に居ようよ。

 

 日曜日の昼食後。

 ベッドに寝転んで英単語の暗記をしていたが、どうも集中出来なくて顔の角度を変えて机に向かう木嶋を盗み見る。

 耳から頬にかけてが見える角度。表情は判らないが、木嶋だったらきっと無表情に違いない。


「なあ、俺に話すことって何」

 起き上がってベッドの上で胡座をかくのと、木嶋がゆっくり振り返るのとほぼ同時だった。

「気になるだろ」

 意を決して口に出す。

 本当はこちらから切り出して答えを言って貰えば良い話だと解っている。

 管理人さんに聞いたんだけど、部屋割りどうする? 俺は別にどっちでも良いよ。でも移動するなら試験終わったらすぐだろうし、早く結論出しときたいんだよね。

 出来るだけあっさりと、本当に何も気にしていないという風に。


 ただ数日前の夢の所為で急激に木嶋を意識してしまった俺は、この1年間の心地良さを手放したくない気持ちが強くなってしまい、自分から「部屋変わる?」と言い出せない。言いたくない。それなら木嶋から言って貰って何事もない風に「あ、いーよ」と軽く返事をしたい。ずるいと思うけど、そうしたい。


 笑って受け入れられるように、小さく息を吐いて気合いを入れた時、椅子の背もたれに腕をかけて振り返っていた木嶋が立ち上がって自分のベッドに腰を掛けた。正面の位置なので、自然と目が合う。

「何か、迷うような話?」

「ああ、うん。実は」


 木嶋が話す内容は、先日管理人さんが話した内容とほぼ一致した。違うところは、どちらか一方が別の部屋に移るわけだから、基本は「部屋を変わりたい」と申し出た方が移動をすることになる、という辺り。


「俺は、乾の後に誰かが入って来るのは嫌なんだけど」

「一人部屋を希望するってこと?」

 一人部屋になるのは、空室があった場合に三年生が抽選で申し込むのではなかったか。

「この寮に住む限りは誰かと相部屋にはなるんだから仕方ないよ」

「それはそうだけど、そうじゃなくて」

 前屈みになって、膝に肘を付いて手を組む木嶋が口籠る。

 同じ建物内とは言え、荷物を動かすのは面倒だもんな、と考えた時、引っ掛かりを覚えて慌てて会話を反芻する。

「待った」

「え?」

「え、何。待って待って」

 俺の後に何だって?

「何で俺が出て行くことになってんの?」

 胡座のまま身を乗り出すと、距離は開いてるにも関わらず、その勢いに木嶋は仰け反り、後ろに手を付いて目を泳がせる。

「……俺はシャッフルを希望してないから」

「俺だってしてないよ」

「え」

「そもそも部屋割りのシャッフルがあるなんて初耳だったし」

「本当に?」

「何でここで嘘吐く必要があるんだよ」


 仰け反っていた木嶋はゆっくりと元の体制に戻り、さっきよりも固く手を組み、

「俺は、このまま、乾と同室でいたい」

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「部屋を移動したくない」ではなく「乾と同室でいたい」というところに、はっとして木嶋を見ると、真っ直ぐにこちらを見ていた。

「乾が他の奴と同室になるのは嫌だ」

「!」


 何言ってんの、と返す事が出来ず、口をぱくぱくさせてしまう。射るようにこっちを見るな。俺の反応を確認するな。

「お、俺は」

「部屋割りのシャッフルがあるって聞いた時、凄く焦ったんだ。乾は誰とでも気安く話すから、誰と相部屋になっても上手くやるだろうけど、あんなボケた寝起きは他の奴に見せたくない」

「……ボケた?」

「色々考えている内に、乾から『シャッフルする』って言われると思い込んでしまって、言われたくないから何と無く話題を避けてたんだ。……けど」

「けど?」

「卒業まで一緒に居ようよ」

「!!」


 これがデレか? これがそうなのか?

 夢の中の笑顔は相当の破壊力だったけど、笑顔でなくてもこれは物凄い。

 本人に自覚はあるのか。さっきから物凄い言葉を口にしているということを。

 お前は俺が好きなのか、と問いたい。でもどうしよう。そうだと言われたら、どう反応を返せば良いのか解らない。


 頭がパンク寸前で、俺はベッドに倒れ込んだ。乾? と木嶋が身を乗り出す。距離が近くなるとどこを見たら良いのか解らない。

「と、とにかく俺は、部屋を変わるつもりは全くないからっ」

 慌てて寝返りを打って、木嶋に背を向ける。

 ああ駄目だ。顔が熱い。

 こんな態度、ただの友達同士の『部屋割りについての話し合い』ではない。

 この前自覚したばかりで自分の中でまだ消化出来てない感情が、勝手に漏れ出して相手に伝わってしまうって、そんな苦行ある? 恥ずかしくて泣きそうだ。


 木嶋が立ち上がった気配がする。

「有難う」

 お礼を言われることじゃないと言いかけた時、左の側頭部に木嶋の手が置かれた。そのまま頭を数回撫でられる。

「良かった。これからもよろしく」

 柔らかい声が降って来て、俺は夢の中の木嶋の笑顔を思い出して益々振り返れなくなってしまった。


 こちらこそ、という小さな呟きを聞いて、木嶋は机に戻る。

 恥ずかしくて身動きが出来ずに居たら、試験前にも拘らずそのままうとうとしてしまい、木嶋に夕食だと起こされるまで爆睡した。



お読み頂き有難うございました。

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