表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1. あと5分。

 

 木嶋の朝は早い。


 5時半にアラームをセットしているようだが、1回鳴るか鳴らないかで止めてしまう。

 殆ど音を立てずに起き出して、洗面所へ向かう。

 部屋と廊下の間にはドアが一枚あるので水音はあまり聞こえないが、多分顔を洗っているのだと思う。

 廊下の奥でドアを開閉する音が聞こえる。トイレだろうか。


 その後、ランニングに出て行くことは聞いているが、木嶋が洗面所から部屋に戻って来てウエアに着替えて部屋を出る、という一連の準備を見たことはない。

 毎日のルーティンであるその小さな物音を聞きながら、俺は又、うとうとと眠りに落ちる。



 6時45分にアラームが鳴る。

 止める。

 6時50分にもアラームが鳴る。

 止める。

 6時55分にもう一度アラームが鳴って止めた時に、

「起きろ」

 という声と共に、ぽんぽんと布団の上から腕を叩かれる。

「うぅ、あと5分……」

 ほんの一瞬眠りに落ちたと思ったら、

「5分経った。起きろ」

 と、又腕が叩かれる。


 呻きながら身を起こし、半分目を閉じた状態で起き上がる。トイレに行き、洗面所で顔を洗い、やっと開いた目で鏡の中の自分と視線を合わせる。

 ヨシ起きた、と自分で確認してから部屋に戻り、すっかり身支度を整えてベッドに腰掛けている木嶋におはようと声を掛ける。

「おはよう」

 振り返り木嶋が応える。これが俺のモーニングルーティン。



 同室の木嶋は、表情が乏しく寡黙である。無表情というより無、という感じ。感情を顔に出さないようにコントロールしてるような印象を受ける。

 怒っているのを見たことがない人は多いが、笑っているのを見たことがないという人は、そんなに多くないと思っている。木嶋が破顔しているのはどうも想像出来ない。

 機嫌が悪いわけではなく、楽しくないわけでもないが、クラスメイトと話していても、自ら率先して話をすることはない。

 あははとかぎゃははと笑うクラスメイトとは違い、木嶋は口角を上げるだけで終わる。でもその表情も、滅多に見ることはない。

「お前ツンデレか?」

 クラスメイトに聞かれて、ツンツンしてる覚えはない、と律儀に答える。24時間の内どこかでデレが出るはず、などと言われているが、相部屋になって1年弱だが、ツンもデレもあまり認識したことはない。


 小・中学校と野球をやっていた木嶋は、怪我か事故かで続けることを諦めたらしい。あえて野球部のない高校を受験し、地元を離れて寮生活をする辺り、そこまでしないと野球を続けたくなるからだろうと推測する。

 今は部活動には特に所属していないが、毎朝のランニングは欠かしたことはないし、陸上部に何度か誘われていることも知っている。



「あ、乾くん」

 廊下で呼ばれて振り返ると、すれ違う上級生が右手を上げていた。

「こんにちは」

「最近どんな感じ?」

 自分に対する質問ではないと理解している。

「毎朝欠かさず走ってます」

「それは良い」

 満足そうに頷き、これからも頼むよと去って行く。木嶋の専属マネージャーの扱いを受けるのも、もう慣れた。教室に戻って木嶋に先程のやりとりを伝える。

「いつも悪いな」

「陸上、やってみれば良いのに」

 木嶋はがくんと首を落とし、そのままうぅんと唸る。

「考えとく、と返事はしてる」

 考えておくっていうのは断りを濁す言葉の代名詞ではないのか。

「走るの好きなんじゃないの?」

 もう一度うぅぅんと唸って、視線だけ上げてこちらを見る。

「何」

「時間が減る」

「へ? 何の?」

 3度目の唸り声を聞いた時にチャイムが鳴ったので、それぞれの席に戻る。

 自分は部活動をしてないくせに、やれる才能があるのにやらないのは勿体ないと思ってしまうのは自分勝手だろうか。

 人にはそれぞれの事情があるのだろうが、時間が減るのを気にするほど、木嶋が時間に追われているようにも思えないのだが。


 授業が終わり、約束をしているわけでもないけど、大抵は木嶋と一緒に寮に戻る。同じクラスで、寮は同室で、部活動もしていない。時間の流れが同じだから自然とそうなる。

 クラスメイトに又明日と声を掛けて並んで歩く。

「管理人さんから何か言われたか?」

 いつもはほぼ無言なのだが、今日は珍しく木嶋が口を開いた。

「何を? 最近は挨拶くらいしかしてないけど」

「いや」

 基本的には急に黙ってしまってもそれが木嶋の通常なのだけど、これは黙るのではなく『口籠る』だ。

「何か言われた? 問題でも?」

「……いや」

「何」

「……ちょっと考える」

「……考える?」

 考えなければ話せないことを管理人さんが?

 眉を顰めたら、俺が話すから管理人さんとは話さないで、と妙なことを言う。

「まあ、良いけど」

 と言うと、木嶋は安心したように目を細めて軽く口角を上げる。


 滅多に見れないその表情を見た時、胸の真ん中に、とんと叩かれるような小さな衝撃を感じた。

 ……ような気がした。


 これは何だろう。



お読み頂き有難うございました。


ほぼ寮室での会話で構成した話です。

暫くお付き合い頂ければ幸いです。

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ