一流執事、真実を知る
今回は説明パートです。物語の主要説明になりますのでご一読ください
「そ・・・れであなた・・は逃げて・・くりして行っ・・全なはず・・よ」
「はい・・・あり・・ごさい・・ります」
途切れ途切れに誰かの話し声が聞こえる。
片方はよく知る声、この声はリルティア様だ。
けどもう片方の声に聞き覚えはないな。
誰かお客様が来ているのか?
だとしたら寝てはいられないな、一流の執事として美味しいお茶のご用意をしないと。
もしや王家の誰かか?いやそれは無いか。
さっきアレだけの事をやらかして・・逃亡してきたばかり・・・、逃亡!?
「リ、リルティア様!」
ガバッと音がする勢いで起き上がり、横にいるリルティア様の姿を確認する。
キョトンと俺の顔を見るリルティア様だったがすぐに笑顔になり
「良かったぁ!ナユタさんが目を覚ましました」
何故かオーバーに大喜びしている。
最初は俺を見て大袈裟に喜ぶリルティア様に何が何だか理解出来なかったが、少しずつ記憶が蘇り今の状況を理解する。
「今のリルティア様は・・・いつものリルティア様ですか?」
「あ、いつもの私に戻りました。私が眠っている間、違う私が好き放題やってましたね、アハハ」
「王宮での事を覚えているのですか?」
「はい、前にもお伝えした通り、眠っている間の記憶は不思議とハッキリ残っているんです。不思議ですよね」
そう言ってケラケラと笑うリルティア様。
「不安ではないのですか?貴族階級からの没落どころか、王家相手にあれだけの事をしたのです。我々はもはや処刑対象のお尋ね者なんですよ?」
それに対しリルティア様はいつもの穏やかな表情で返す。
「はい、この状況は最悪ですが、何故か今は凄くスッキリしているんです。言いたい事が言えたというか、心の底に溜まっていた水がすーっと抜けて軽くなった気分なんです」
そりゃあれだけ啖呵切ったらスッキリするだろなぁ。
やはりあのブラックリルティア様はこの人がストレス発散のために作り出したもう1つの人格なんだろうか。
「とにかく今は無事あの状況から脱出出来た事を良しといましょうか。これからの事はおいおい考えていきましょう」
そう伝えるとリルティア様の表情が真剣なものに変わる。
「その事なのですが」
リルティア様がそう切り出したと同時に、部屋のドアが開く。
「あー、ナユタ君が起きたのね。目を覚まして良かったわ」
部屋に入ってきたのは一人の中年女性。
手には食事を二食分持っている。
「はい、どうぞ。素朴なお粥ですけど宜しければお食べください」
優しい笑顔で俺とリルティア様に食事を渡す。
「ありがとうございます、マキノさん」
リルティア様が深々とお礼を言う。
既にこの女性と面識があるらしい。
「お気遣いありがとうございます。えっと・・・」
「貴方にはまだ自己紹介していなかったわね。私はマキノ=レオナル。旧クロスタード王家の親戚に当たるレオナル家の現当主よ」
レオナル家。聞いたことがある。
今の王家の前の王族の時代に首都ミラベルの建築業を仕切っていた名家。
それが何故こんな所に?
「あの、失礼ですが何故レオナル家のお方がこの様な場所に・・・」
部屋を見る限りお世辞にも立派とは言えない。
山奥にひっそりと建っている様なログハウスの様。
置いてある家具も庶民的で質素な暮らしが伺える。
「そうね。その話をする前に、貴方達の事情はさっき貴方が眠っている間にリルちゃんから聞いたわ」
リルちゃん?俺が寝ている間に随分と仲良くなってるようだ。
「大変だったわね。でも逃げてきて正解よ。あの次男と婚姻なんてしてたらリルちゃんは間違いなく無事では済まなかったわ」
この人、どうやら王家の事情に詳しい模様。
「今の王家について詳しいのですか?」
「ええ、とてもよく知っているわ。では早速話していきましょうか。言っとくけど少し長くなるわよ」
そう前置きし、マキノさんは椅子に腰掛けた。
「私達レオナル家は知っての通り、旧クロスタード家の親戚に当たる王族一派の名家だったの」
目を閉じ思い出す様にポツリポツリと語るマキノさん。
「今から約2年程前ね。リルちゃんのお父様、当時の国王であるレグネス=クロスタード様の下、私達は国政を執り仕切っていたの。その当時のクロスタード家に起きた悲劇の事は知っているわよね?」
「ええ、知っています。リルティア様の父上、レグネス様が隣国の暗殺者に殺され、その仇を打ったのが今の国王、当時の王族筆頭執事のラング様だと。ラング様は亡きレグネス様の意志を継ぎ、クロスタードの名を継いだと。有名な話ですね」
「そうね、世間ではそう語られているわね。でも事実は全然違うわ」
え?隠された秘密があるということか。
ふと、語るマキノさんの拳に力が入っている事に気付く。
「あの日、私達は熾天使ウリエル様に謁見するために王宮に集められたのよ。当時クロスタード一族は分家も入れて計4名家で成り立っていて、それぞれが熾天使様と謁見する為のレガシーアイテムを保有していた」
「熾天使!?熾天使ってあの空想上の天使ですか?」
突然の突拍子の無いワードに驚き、つい聞き返してしまう。
「そうよ。元々この国は天上の神が自身への信仰を増やすために造られたと言われているわね。そして熾天使ウリエル様はこの国に加護を与える役目を任された。そしてウリエル様がこの国のリーダーとして産み出した人間こそがクロスタード一族。そこにいるリルちゃんの祖先よ」
ぶっ飛んだ話過ぎて付いていけないが、とりあえずリルティア様の家系がとんでもない事だけは分かる。
ていうか魔法がある世の中だから、天使が存在してもおかしくないのか?
「熾天使ウリエル様の存在を知っているのは王族とそれに準ずる一部の者のみ。私達王族4家は熾天使様に謁見する為に必要な4つのレガシーアイテムをそれぞれ守っている立場だったの」
レガシーアイテム。神の遺産。
簡単には信じられない話だが、つい聞き入ってしまう。
「熾天使様とは基本的に接触は許されない。余程この国に危機が訪れない限り、私達から接触する事は無かったわ。それが熾天使様との契約であり、その代わり日頃から国の繁栄に加護を与えてくださる。そんな存在だったのよ」
「リルティア様は熾天使様の事を知っていたのですか?」
「ええ、でもこれは王家に伝わる最上級の秘密ですので、誰にも話していませんでした」
マジか。この国にそんな秘密があったとは。
俄に信じ難い話ではあったが、リルティア様も知っているとなると、俺の中で一気に信憑性が上がった。
マキノさんは更に続けた。
「でもその頃、この国は酷い干ばつ続きで農作物の不作が続き、多くの民が飢えて亡くなっていったの。私達王家はそれを憂い、熾天使ウリエル様に雨を降らして頂くようお願いする事にしたのよ。その為には王族4家が持つレガシーアイテムを1箇所に集める必要があった。そしてあの日、王族4家が一斉に王宮に集められたの。私も当然そこにいたわ。そこであの惨劇が起きたのよ」
惨劇・・・。嫌な響きだ。
「ここからは事実を知らないリルちゃんにも辛い話になるわね。でも真実を知るべきと私は思うわ」
リルティア様が無言で頷く。
どうやら既に聞く覚悟が備わっている様だ。
「では続けるわね。私達4家は謁見の間に集まり、レガシーアイテムを一人の男に渡した。それが現国王、当時はラング=エストリアという名のレグネス国王専属の執事だったわ。しかしそれらを手にしたラングはそのアイテムを奪い逃走を計った。当然、王宮の兵達に追撃の指示を出したわ。でも誰一人として、あの男を捕まえる事が出来なかった」
「一人で逃げ切ったという事ですか!?」
「いいえ、正確には王宮内全ての兵達が殺されたのよ。ラングの仲間である殺し屋集団によってね。その集団の名は『冥嵐の盟』。ユニスという男がリーダーよ」
冥嵐の盟。初めて聞く名前だ。
「彼らによって王宮内にいる者全てが殺されるか、捕らえてしまったわ。当時、私の娘達でさえも皆捕らえられ、その後はラングの息子、憎きジークの手に・・・」
思い出しながら語るマキノさんの手が怒りに震えている。
「そして彼らは謁見の間にいるレグネス国王とその一族をもその手で・・・。その後のことは言わなくても分かるわね。殺害を隣国のせいにして、自分達が仇討ちの手柄と王位継承権、そしてレガシーアイテムを横取りしたのよ!」
あまりの残酷さに俺とリルティア様も暗く強い衝動に駆られる。
酷すぎる。あの国王、いや偽国王の野郎、ただの殺人犯じゃねーか・・・
「幸いにも私は奴らの隙を見て逃げ出せたわ。そして私達しか知らないこの地下通路を通り、命からがらここへ逃げて来たの。それから約2年間、ここで耐え忍び生きてきたわ」
「何故リルティア様は生かされたのですか。旧王族は皆殺しにされたはずでは」
「おそらく国民に言い訳するためね。旧王族の血筋を手元に置く事によって、自分達が旧王家の血筋を保護しているという正当性を保つためよ」
「私はその時、自室で休んでいたのです。ラングさんに呼ばれた時は既にお父様は・・・」
「あんのクソ野郎!!絶対許さん!執事の風上にも置けねー野郎だ!」
「落ち着いてナユタ君。ここからが本題よ」
マキノさんが体勢を立て直し、真剣な眼差しを俺に向ける。
「今の話は全て真実。そしてこの話には続きがあるの。まず1つ目は、この国で王族として正統な血筋を持つのは私とそこにいるリルちゃんだけであること。特にリルちゃんは元国王様の娘。本来玉座に座るのはリルちゃんしかいないのよ」
確かにそうなる。今の王家に正当性が無いのならば、あの玉座はリルティア様のもの。
「そして2つ目、熾天使ウリエル様の加護は旧王族の血筋、初代クロスタードの血を継ぐ者が治める国にしか与えられない。すなわち、この国は熾天使様の加護を失い、まもなく滅びるわ」
これはとんでもない事になってしまった・・・。
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