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一流執事、腹を下す

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「では、この度バードランド領の新領主にご就任されましたシンシア=クロスタード様からのご挨拶です」


このパーティの主役であるシンシア様のご挨拶が始まる。

お目にかかるのは初めてだが、見た目は俺と同じくらい年齢の綺麗な女性だ。

緊張からか話し方は多少固めではあるが、立派にご挨拶されている。


参加者全員がスピーチを聴く中、レジーナお嬢様と皇太子ギルベルト様は相変わらず二人の世界を作っている。


この調子だと俺の出る幕は無さそうなので、せっかくだからと豪勢な料理を楽しむことにする。

パーティは立食式で、数々の丸テーブルに様々な種類の料理が並んでいる。


「お、このエビ美味いな。へぇ、こっちの肉料理も柔らかくてなかなか。おぉ!このマリネ、幻界魚の希少部位では!?うまい!!」


周りに聞こえないよう、ブツブツと小声で感動しつつも次々と皿へ盛っては食べるを繰り返す。


「いやぁ食べた食べた。1ヶ月分くらい食べた気がするぞ」


さすがは王族主催のパーティ。

運ばれてくる料理も超一流のものばかりで、つい食べ過ぎてしまった。


パチパチパチと大きな拍手と喝采が、シンシア様のご挨拶が終わったことを告げる。


いかん、食べるのに夢中であんまり聞いてなかった。

慌てて周りに合わせる様に拍手していると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。


振り返ると俺の後ろに立っていたのはお嬢様の義理の妹であり、旧クロスタード王家の忘れ形見、リルティア=クロスタード様だった。


「随分とたくさん食べていましたね。その姿が可笑しくて、つい見蕩れてしまいました」


ウフフと笑うその笑顔はまるで向日葵の様に暖かく柔らかくて、そして明るい。

レジーナ様のソレとは違う、これぞ天然の愛嬌というものが滲み出ている。


「これはリルティア様。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


「いいえ。美味しそうに食べている姿を見て私も食べたくなりました。どれかオススメはありますか?」


いつもはサラサラとしたストレートヘアの銀髪を、パーティ仕様にアップにしている姿に少しドキっとする。


「あ、ええとですね。こちらの幻界魚のマリネなどはオススメです。お皿にお取りしましょうか?」


「ええ、お願いします。たくさん食べられそうにもないので少量でお願いします」


その謙虚な様子に、つい張り切って多めにお皿に盛ってしまう。

その量を見て驚くリルティア様に癒されていると、カツカツと誰かが近寄ってくるのに気が付く。


その人物は先程まで皇太子殿下と二人の世界で見つめ合っていたレジーナお嬢様だった。


「あら、リルティアじゃない?よくそんな二流貴族向けの料理を食べられるわね。ベネディクス家の一員として、家名に泥を塗る様な卑しい真似はやめなさい」


リルティア嬢に対し凄むレジーナ様。


「申し訳ございません、お義姉(ねえ)様。せっかくご用意頂いたお料理ですので楽しもうと・・・」


「楽しむ?ああ、あんた今は平民代表だもんね。どうりでこんな料理でも楽しめるはずだわ。ナユタ、コイツ不快だから今すぐつまみ出して」


人様のパーティ中に騒ぎを起こす訳にもいかないため、穏便にこの場をやり過ごそうと試みる。


「かしこまりました。リルティア様、あちらへ行きましょう」


リルティア様の腕を優しく掴み、この場から移動する。

リルティア様を連れて奥のテーブルへ移る。


「申し訳ございません、リルティア様。ああなったレジーナ様の相手をするだけ時間と労力の無駄です。それよりこちらのテーブルに美味しい肉料理がございます。お取りしますね」


リルティア様は申し訳なさそうな表情で


「いいえ、ナユタさんにも迷惑をかけました。私がもっとお姉様と仲良く出来ていたら」


「いえ、リルティア様は悪くありませんよ。この料理もシェフ達がこの日のために一生懸命作ってくれたもの。楽しんでくれるリルティア様は彼らの救いだと思いますよ」


「そうでしょうか。それなら良いのですが」


苦笑いで返すリルティア様。

先程より元気が無さそうなリルティア様を励まそうと、オススメ料理説明を再開する。


「リルティア様、そんな事よりコレ美味しいですよ!この丸くて中にタコが入っていて、確か名前はタコヤキ・・・そう、たこ焼きです」


「たこ焼き?へぇ、いろいろ知っているんですね!」


良かった、少し笑顔が戻った。


「かなり前に食べた事がありまして。これ庶民のソウルフードなん・・・」



ギュルルルル!


あぁ、ヤバい腹が痛い。

調子に乗って贅沢料理を食べまくっていたせいか、突然の腹痛が俺を襲う。


「・・・」


「ナユタさん、どうしました?」


だめだ。腹が限界だ。


「い、いえ。ちょっと急用を思い出しまして。す、すいません。少しの間失礼致します!」


急ぎ会場を後にし、御手洗へ早歩きで向かう。


「だめだ全然治まらん。痛てて」


急いで御手洗を済ましたが、全く腹痛が治まらないので、医務室に薬をもらいに行くことにする。


お腹を抑えながら廊下を歩いていると、1人の若いメイドが心配そうに俺に声をかけてきた。

衣服を見る限り王家専属メイドだろう。三つ編みにメガネの真面目そうな子だ。


「お顔色が悪いようですが、どうかされましたか?」


「いえ、食べ過ぎて腹痛が酷くて。薬が欲しいのですが医務室の場所は分かりますか?」


「まぁ、それはいけません!腹痛によく効くお薬をお持ちしますね。暫しここでお待ちください!」


そう言って薬を取りにどこかへ消えていくメイド。

仕方ないので壁際の長椅子に腰かけていると、先程のメイドが薬を手に戻ってきた。


「お待たせしました。こちらをお飲みください。効きめの強い薬ですので1滴で大丈夫です」


メイドが渡してきたのは、液体の入った三日月の形をした青いガラスの小瓶。

それを手に取り、目薬を指すように雫を口の中に垂らす。


ふむ、なんとも不思議な味だ。


「ありがとう、少しここで休むよ」


「いえ、早く良くなるといいですね。それではまたどこかで」


深々とお辞儀をして立ち去るメイド。


それから暫くその場で休んでいたが、一向に治る気配がない。


「痛ててて。困った、全然薬が効いてこない」


途方に暮れていたところに、同じベネディクス家のメイド長であるシノアさんが通りかかった。


「ナユタじゃないか。こんな所で何をしているんだ?お嬢様はどうした」


「お嬢様は皇太子殿下と一緒に居られます。私は急きょ腹痛に襲われてここで休んでいたところです」


「なんだと、それはいけないな。そこで待っていろ。直ぐに医務室から薬をもらってきてやる」


そう言って去っていくシノアさん。

少し待つと、シノアさんが医務室から腹痛薬を受け取り渡してくれた。

薬を飲み暫くすると、酷かった腹痛が治まってくるのが分かる。


「ふぅ、ありがとうございますシノアさん。お陰様で良くなってきました」


「そうか、それは良かった。さあ、お嬢様の元へ戻ろう。このパーティを無事に乗り切らないとな」


シノアさんは俺が執事として働き始めた時には既に、メイド長としてあの家の庶務を取り仕切っていた。

黒髪で背も高く、男から見てもカッコイイ女性。

歳は20代後半で、若くしてメイド長まで上り詰めたTheデキる女だ。


性格はサバサバしているが、他のメイドや執事に対しても気の利く優しい先輩。


「はい。お互い頑張りましょう!」


それから俺はパーティ会場へ戻り、お嬢様の護衛兼身の回りの世話に専念した。


俺が不在の間、レジーナ様は皇太子殿下や王妃様との交流を深め、より一層の信頼を勝ち取っている様だった。


「レジーナ。先程の仕立て針の件、お礼を言うわ。お陰様で息子が怪我をしなくて済んだわ」


「いいえ、お義母(かあ)様。婚約者として、お義母様の大切な皇太子殿下をお守りするのは私の役目ですから」


「素敵なことを言うわね、感謝するわ。代わりに針を取り忘れた仕立人のメイドは、先程他国へ売り飛ばしたわ。それで許して頂戴」


「許すも何も、私の怪我よりお二人の身の安全が一番ですわ」


王妃こわっ!メイドさん売り飛ばされたの・・・


てかそれを気にも止めずに飄々と小芝居打つレジーナ様も凄すぎる。

そんな腹黒さに感心している時だった。


「ガシャン!!きゃあ!!」


何かが崩れる音と同時に、女性の悲鳴が聞こえた。


「も、申し訳ございません!お怪我はありませんか!?」


騒ぎの方を見ると、さっき俺に薬をくれた当家のメイド長シノアさんと、ドレスが何かのソース塗れになった貴族の女性が立っている。


どうやら手伝いとして給仕をしていたシノアさんが、来賓貴族女性に料理をぶちまけてしまった様だった。


「ちょっと、どうしてくれるのよ!ドレスがソース塗れじゃない!!」


「も、申し訳ございません!すぐに替えのお召し物をご用意します!あちらへ行きましょう」


「ふざけないで、メイドの分際で!あんたどこの家のメイドなの!?」


これはまずい。

シノアさんもパニック状態で冷静に受け答え出来なくなっている。

場を収めるため、俺も一緒に謝ろうとその場へ駆けつけようとした時


「この者はベネディクス家のメイドです。大変失礼致しました、ゴールゼン家のミリア様」


レジーナお嬢様がシノアさんの前に立ち塞がり、喚き散らす貴族女性から守ったのだ。


「お嬢様・・・」


シノアさんが自分を守るレジーナ様を見上げる。


「いいのよ、シノア。失敗は誰にでもあるわ。それに貴方は当家のメイド長。貴方の失態は私達の責任よ」


レジーナ様は聖母の様にシノア様の頬に触れる。


「ああ、お嬢様・・・。深く感謝致します!」


主人の優しさに泣き崩れるシノアさん。


それを目の当たりにした周囲の貴族達も


「なんて素敵な主従関係なの!」


「流石はレジーナ。僕の婚約者だ。」


「ほう、失態を許すその寛容さ。感心するぞレジーナ」


その場に感動の言葉が生まれ、王や皇太子までもが褒め称えている。

料理をドレスにかけられた貴族も


「ベ、ベネディクス家なら仕方ないわね。次からは気を付けて頂戴ね」


ベネディクスの名前にビビり、裏へ下がっていった。


会場は賞賛の嵐となり、涙を流すシノアさんを抱きかかえるレジーナ様は、一躍評価を大きく上げる形となっていた。


だが俺だけは気付いていた。


シノアさんを抱くレジーナ様の目が、とても冷酷なモノになっていたことに。


案の定、それから数日後、シノアさんは他国へ売り飛ばされた。

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