第二章:勧誘
「ねぇねぇ、あの人……」
「入学式で大声で叫んでた変態」
「ほんと気持ち悪い……」
入学式の翌日、新年度を迎え、どこか騒々しい教室は現在昼休みに突入している。俺は晴彦とともに購買部に今日の昼食を買いに行くことにした。普段は、母親が弁当を作って持たせてくれるが、今日は朝忙しかったらしく弁当はない。自分で用意するという手もあったが、面倒なので購買で済ませることにした。むしろ、冷凍食品で固められたずぼら弁当を毎日食べることに飽きが来ていたので助かる。
1階へと降りると、普段、行列の出来ている購買部前の廊下が妙に空いている。空いているというか誰も並ばず廊下の端に避けているといったほうが正しいかもしれない。
「お!今日はついてるな」
毎日、購買で昼食を買う晴彦は珍しく空いている購買部にご機嫌のようだ。
購買部には総菜パンはもちろん、弁当だって揃っている。俺は、何を買おうかと頭を悩ませる。どれも美味しそうで優柔不断気味の俺は迷ってしまう。すると、辺りからほのかに異臭がする。汗とは違うが、香辛料のようなものを酸化させ、腐らせたような不快な匂いがする。俺は、匂いの正体を捕らえるために横をふと見た。
「あ、」
俺は思わず、声を漏らしてしまった。
そこには、例のキモオタ系眼鏡男子(ほぼ見た目おっさん)が隣で小声で独り言をぼやきながら昼食を買っているではないか。
行列ができなかった理由は、コイツのせいだ。よく耳をたてると、周辺からは女子だけでなく男子までもがコイツの噂話をしている。
「今日の朝、ゆみこあいつにパンツ見られたらしいよ~」
「きっしょ、ゆみこ可愛そう」
「おいおいwwあいつ勃ってね?wwww」
「うわっマジかよwww」
それにしても、すごい言われようだ。まぁ、入学初日から全校生徒の前であんな問題発言をしたのだから当然だろう。俺の中で、独り言が激しいやつは要注意という勝手な偏見があったので、コイツは危険な奴だと尻の穴を引き締め、体が反射的に身構える。
「なぁ晴彦、さっさと買って戻ろうぜー、臭くてかなわん(ボソッ……)」
「おう、もう少し待ってくれ」
晴彦は高身長、瘦せ型という見た目に反して、結構食べる。今日も、焼きそばパン2個、カレーパン1個、弁当2個、カップ麺1個、そしてデザートのメロンパン2個と大量の昼食を買っていた。当然、量が多いので袋に詰められて渡される。
その梱包を待っている最中俺は、偶然、激臭キモオタ男子と目を合わせてしまった。
「デュフフフ///君、暇そうな顔してますね」
「あはは……」
「もしよかったら、文芸部に来ない??」
最悪だ。
「――いや……それはその、何というか……」
「ありがとう!!助かるにょ~本当は美少女だけ部員募集してたけど、集まらなくてェ///」
「それじゃ、放課後、呼びに行くから待っててねフフッ……」
「え……」
――その時の俺は訳も分からずただただ混乱していた。この後、あんな奇異な日常が始まるなど知らずに。
昼食を買い終え、教室に戻ると、俺は何事もなかったかのように冷えた焼きそばパンにかぶりついた。
長く退屈だった授業を終え、帰りの支度をする。
「明良~そんなに急いでどうしたんだ?」
「あー、すまん今日母さんに買い物頼まれててさ……ごめん先帰るわ」
「おう、じゃあまたな」
俺は、あのキモ眼鏡に捕まる前に逃げるように家へと帰ることにした。あんな何考えてるかわからんやつの部活に入るなんてごめんだ。あんな不審者みたいなやつといたらこれからの学校生活がめちゃくちゃになるに違いない。
「にょほ、ちょうどいい!!」
背後から嫌な声が聞こえた。俺は恐る恐る振り向いた。
「今から呼びに行くつもりだったんだよね、もしかして部活楽しみすぎて我慢できなかったのかな??www」
詰んだ。俺を呼びに来たであろうキモ眼鏡に廊下で出くわしてしまった。
「クソ!」
ここで捕まってたまるもんかと俺は走る姿勢に入るが、一瞬の隙を見抜かれたのか、腕を掴まれてしまった。
「逃げようとしても無駄ですぞ~」
「君には、我が文芸部存続のために加入してもらわないと」
そうして、俺は強制的に文芸部の部室であろう、カウンセラー室に放り込まれた。そして、手首を背中の後ろで縛られてしまった。俺は、混乱した頭のまま何とか逃げようと、キモ眼鏡に先輩として威厳を見せつけてやろうと脅してみることにした。
「あのさ、君1年だよね……先輩を強制的に拉致っていいと思ってるのか??」
「いいも何も、君暇そうだから手伝ってもらうだけだよ///」
やはり、頭のねじが外れているからか、何を言っても怯まない。比較的、物分かりのいい俺は、今の状況を察して抵抗するのを諦めることとした。手首を縛られては抵抗しようにも抵抗できないし、ただただ体力を持っていかれるだけだ。大人しく部室の端で胡坐をかいていると
「ガラガラ……」
すると、部室の扉から、何と!!あの黒髪美少女が入ってきた。長くきめ細やかな髪を宙になびかせ、部長であるキモ眼鏡と言葉を交わした。
「誠太郎連れてきたわよ」
「お!ご苦労でござる」
すると、黒髪美少女にぐいぐいと引っ張られ部室の中に入ってきたのは、俺の隣のクラスの穂波千梨であった――。