【08】星を繋ぐ日【23】
◆ ◆ ◆
セミすら鳴けない、焼け付くような熱気。
昼時は、夏の日差しが強すぎて外に出たくない。
とはいえ、カラッと真夏の空気はどこか過ごしやすさがある。
外には出たくないが外に出た気分を味わえるように、
海に面した窓と村に面した窓を全開に開け放つ。
海からの風が潮の香りを運んできて鼻をくすぐる。そんな窓辺に腰掛けて本を読む。
一人には広すぎる客間で、そういえばこの本は昨日も読んだことを思い出し、そっと閉じた。
ハルルの左腕は、大怪我だ。
あらましを聞いたら、中々の戦闘のセンスに驚き半分と呆れ半分だった。
蛇竜ワダツノミコの不意打ちの頭突きを受ける時、ハルルは絶景を使えたそうだ。
絶景。走馬灯の原理を戦闘に応用した技術だ。
周りの全てがスローモーションに見える、という技である。
それを用いたハルルだったが、不意打ちの蛇竜の攻撃を避けられなかった。
武器で防御をしようかと考えたらしいが、爆機槍が万が一にも破損したら戦えなくなる。
そうして左腕を捨てると判断したそうだ。
蛇竜の頭突きを左腕で受け止め、吹き飛ばされた後の海面着地も左腕を率先して犠牲にする。
正直、躊躇いが無さ過ぎてちょっと引いた。
俺の魔王討伐戦の時にすら、そんな破滅的な戦い方してない。
だが、その躊躇わないのがハルルの強さなのかもしれん。
ともかく。本来なら、今日からでも義手生活になっておかしくなかった。
そこが、ハルルの運が良い所。
小気味のいいノックの音がした。
どうぞと返すと、背の低い優しい顔のお婆さんが部屋の扉を開けた。
「お弟子さん。お飲み物をお持ち致しました」
「すみません。何から何まで」
「いえ。お気になさらずに。本当に感謝していますので」
白髪のお婆さんは気品高く微笑む。
その目元だけはまっすぐと俺を見据えている。
そういえば、階段の上に隠れたハルルを見つけ出したり、妙に溌剌とした方だとは思っていた。
「お婆さんが治癒術師で助かりました」
しかも、ただの治癒術師ではない。
技を見て分かる。その高次元の実力。
「何十年も昔の話ですよ。治癒術を齧ったのは」
「あの技量で齧ったと言われてしまうと、今の治癒術師は皆廃業しないとなりませんね」
少し笑って返すと、お婆さんも微笑んだ。
そう、このお婆さん、物凄い治癒術師であった。
技が細かく対応が適切。
治癒魔法だけで競えば、発動スピードと同時発動できる種類は、賢者のそれと遜色がなく見えた。
「お婆さんは冒険者だったんですか?」
「ええ。もう随分と昔の話ですよ」
優しい目でお婆さんは呟いた。
「南方の戦いの時ですか?」
「ふふ。それよりかは昔ですね。まだスキルという概念が無い時代ですよ」
術技というモノが発見され、技術として確立されたのは四十年以上前と聞く。
……お婆さん、見た目から分からないんですが、おいくつなんですかね。
「……ハルルさんの容態、気になってらっしゃいますか?」
「いえ別に。あれは、そう簡単には死にませんから」
俺はハルルを信頼しているから、その辺は狼狽えません。
余裕の顔でお茶を一口頂く。
「そうですか。昨日は一睡もせずハルルさんの傍にいらっしゃったので。
相当ご心配かと思いましたが」
むせた。
「……お婆さん」
「ふふ。ごめんなさいね」
いたずらっ子みたいに、お婆さんは笑った。
「ハルルさんは大丈夫です。今はぐっすりと眠っています。
きっと明日には目が覚めるとは思いますよ」
「ええ、ありがとうございます」
そう。ワダツノミコとの戦闘は一昨日の夜。
倒した後、すぐにお婆さんが施術してくれた。
だから昨日一日、ハルルは寝ていることになる。
「若い冒険者、いえ勇者様に無粋ではありますが、怪我をしない戦い方も大切ですよ」
「そう、ですね」
「これからも、教えてあげてくださいね」
そう言い残し、お婆さんは部屋を後にした。
それからお茶を口に含んでから、言葉を反芻する。
……俺が弟子じゃない、ってバレてるのか。
◇ ◇ ◇
まだ青い空を映した海を見ながら、浜辺を歩いている。
部屋に居続けるのに飽きていたら、リリカちゃんがオススメ夕焼けスポットを教えてくれた。
ということで散策に来たのである。
あの岩場か。波打ち際で飛沫が上がっている。
岩場なら座っても汚れないので、俺はそこで腰を下ろした。
波の音が優しい。
その音に合わせて、足音がした。
振り返らなくても分かる。
「もう寝てなくていいのか、ハルル」
「えへへ。なんで後ろから近づいてるのに分かるんッスかー」
「なんでだろうな。足音が消しきれてないからじゃないか」
悔しいッスー、などと言いながらハルルは俺の左側に座った。
左腕をあまり見せたくないのだろうか。
安静固定帯と包帯でがっつりと固定された左腕。
「ご飯食べるのも不便ッス」
「まぁ、治るんだから良かったんじゃねぇの?」
「そうッスね……実際、相当にヤバかったみたいッスね」
ごちん。
痛いように、左腕で後頭部をド突く。
「痛ぁあ!?」
「無理しすぎだ」
「それは、その」
溜息を吐いてから、ハルルの頭を撫でる。
「よく、頑張ったな」
「……えへへ」
それから、少しだけ俺たちは静かになった。
空に茜の色が乗り、少し星が見えてきた。
「そういえば、ハルル。『花天絶景』って」
「ふっふっふ。ハルル流奥義ッス! どすか、カッコよくないッスか!
師匠の『雷天絶景』から捩らせてもらいましたッス!」
「そ、そうか」
「私、気づいたんッスけど、相手から攻撃が来ないと絶景状態になれないみたいッス」
「そうなのか?」
まだ扱い慣れていないだけだとも思うが。
「なんス。でも、相手から攻撃が来れば絶景を使えるんスよ! だから」
「なるほど。反撃技の『花天絶景』を生み出した訳か」
絶景は、元々防御の技術だ。
あの戦闘中にも思っていたが、よくカウンター技まで到達したな。
やはり、戦闘の勘所を掴むのは上手いようだ。
「師匠、師匠! 空、見てください、空! 超綺麗ッス!」
会話を遮り、ハルルが空を指さした。
雲に夕焼け色が残り、淡い紫の空に星が無数に輝いていた。
「凄いな。夕方限定の色合いだな」
「夕方限定って、そんな特売みたいに言わなくても」
ハルルがころころと笑った。変なこと言ったか俺?
「ともかく綺麗だな」
「そッスね。凄いッス」
「あの赤い星が分かるか? それから、その上の方にある横に三個並んだ星」
「えーっと、どの辺スか」
「ほら、あの雲の切れ間から見えるだろ」
「左から何個目ッスか?」
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11」
「冗談ッス! 師匠マジで律儀すぎるッス!」
「俺も冗談だ。数える訳ないだろ」
目が合う。なんか可笑しくて、笑い合ってしまった。
星は、俺はルキやサクヤにも教わったし……そうだ、ナズクルも詳しかった。
思い返せば、皆、星の話はしていたな。
そんな思い出を掘り返しながら、俺はハルルに星座を話す。
星を繋いで、言葉を続けて。
ハルルの顔の隣に近づく。目の高さ合わせて空を見る。
意外と華奢な肩が、俺の肩に当たる。
触れ合った場所が、熱い。
俺はふと左手を岩場に付いた時、ハルルの右手に触れてしまった。
反射的に少しずらした。
俺の小指とハルルの小指がまだ触れ合っている。
躊躇いがちに、俺の薬指に──ハルルの指が被さるように乗ってきた。
言葉が無くなっていた。
俺はハルルの手をするりと抜けてから、逆にハルルの右手中指まで被せ返した。
すると、負けじとハルルも手を抜けて、今度は俺の手を上から覆う。
負けんと俺もハルルの手をすり抜けて、ハルルの手を覆い返す。
高速餅つきのように、ぺたぺた、ぺたぺたと乗せ合い──……。
「何、張り合ってんだ俺たち」
「そッスね」
また笑い合った。
顔が近い。手も乗せ合ったまま。
今度はお互いに頬を赤くして。
俺とハルルは、空を見た。星を繋いだ。
少しだけ力を込めた指と指が、絡まるように手を握り合う。
俺たちは言葉もなく、しばらくの間、星を見ていた。
◇ ◆ ◇
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます!
章の切れ間なので、今までのお礼を含めて、感謝の意を申し上げさせて頂きました。
連載当初から今日まで、評価やいいねを付けてくださり、心の底から嬉しく思っております。
心の底から嬉しく、ってどれくらい? と問われれば、
正直に言って人生で一番嬉しく思っております。
皆様に支えられているという感謝をどうしても文章にしたく、
作品外のことを記入してしまいました。
無駄話を記入してしまい誠に申し訳ございません。
今後とも、物語を続けていきます。
まだ最後ではなく、長旅となっております……。
何卒、よろしくお願い致します!




