【08】必ず勝て【21】
◆ ◆ ◆
ジンは、ハルルの怪我の状態を把握する。
水の刃が刺さったのは左の脇腹当たり。
傷の具合をよく見ると、貫通はしていないようだ。
運がいいのか、悪いのか。
背の傷も額の傷も、血は派手に出ているが問題なさそうだ。
治療術師がいればすぐに何とかなるし、応急手当も出来る。
だが、左腕がよろしくない。
骨折している。蛇の攻撃を左腕でガードしたのだろうか。
ジンは考察を終え、立ち上がる。
「選手交代だな。後は俺が」
「まだッス」
「あ?」
ハルルは、ふぅと深く息を吐きながら、立ち上がった。
「まだ……戦えるッス」
「ダメだ」
「ダメじゃないッス」
「あのな」
「……師匠を、馬鹿にされたので」
「それで頭に血が上って背中刺されたとしたら、もっと戦わせられない」
「それだけじゃないッス」
ハルルは、まっすぐに蛇竜を睨む。
それだけじゃない? とジンは尋ねようとしたが、視界にリリカが見えて察した。
小島の端で、リリカが固唾を呑んで見ていた。
「今……頼ったら、私はずっと後悔する気がするッス」
ハルルは、槍を強く握った。
そして、頑なな目と目が合う。
「その左腕は早く処置しないと後遺症が残る。最悪、動かなくなるかもしれない」
「それでも。師弟ごっこ、ッスけど。
師匠って呼ばれた私が……リリカちゃんの前でだけは、負けちゃいけないッス」
一歩。ゆっくりと、ハルルはジンに近づいた。
ボロボロの左腕はぶらんと下がっている。
額からもまだ血が止まってる訳じゃない。
「私は、リリカちゃんにとって……『勇者』なんスから」
ハルルは、ジンの隣を通り過ぎた。
こいつは、ずっと頑固だ。ジンは空を見上げた。
「ハルル」
振り返らず、ジンは少し優しい声を出した。
「……なんッス?」
「必ず勝て」
「……了解ッス!」
『必ず勝て? ハッハ……! 何、出来ない話で盛り上がってるのさあ!』
ジンに殴られた痛みも治まったのか、蛇竜──ワダツノミコは、翼を広げた。威嚇の意図もあるのだろう。
ジンは振り返らない。そのままリリカの方へ歩いていく。
『いいのかい! 二人がかりじゃなくて!』
「ああ。後は、うちの師匠が片付けてくれる」
『へえ! この死にぞこないが! この神を、片付けると!!』
「馬鹿にしては上出来だな。俺のセリフを復唱してちゃんと理解しようとしてるじゃないか。
受け入れがたい事実ってやつを」
『っ……お前ぇ!』
「忠告しとくぞ。俺の背を追う暇あったら、ちゃんと防御した方がいいぞ」
瞬間、ハルルの槍が蛇竜の腕に突き刺さった。
『ぃ!? ぎぁああああ!?』
「うちの師匠は、隙を晒してる相手を遊ばせておけと、教わっては無いはずだからな」
「う、るぁあああ!」
爆発。蛇竜の四本ある腕の一本が、爆発した。
『くっ、そがああ!』
「絶対に、勝つッス!」
ハルルは、蛇竜に飛び掛かる。
歯を食いしばり決死の顔のハルル。
その意地の戦いをジンは見つめた。
◆ ◆ ◆
リリカの隣に立ち、俺はハルルの戦いを見続けた。
ワダツノミコ。あの蛇竜は、きっと全盛期なら、圧倒的にハルルより強かった。
だが、今は、互角だ。
攻防が続いている。
厳密に言えば、攻めるのはハルル。受けるのが蛇竜だ。
ハルルは、猛攻していた。
流れるような連撃。突きから払い、構えなおしてさらに突く。俺が教えた攻撃の型だ。
そこに更に、槍の生み出す爆発を活かして相手の感覚を攪乱している。
「だぁあああ!」
『くっ、このおおお!!』
爆発、発光。
ハルルは気づかずにやっているんだろうが、その爆発が、ハルルと蛇竜の戦力を互角に引き上げている。
そもそも蛇という生き物は口唇窩器官という物を持っている。
高性能温度感知器官。それは、夜の闇でも相手を見ることが出来る優れものだそうだ。
それを、あの爆発で、狂わせている。
その上、あの蛇竜、片目が見えていない。
だが、それだけハルルに優位な状態であっても──互角としか言えないだろう。
「……ししょぉ、がんばって」
リリカちゃんが震える声で応援していた。
この子の為に、ハルルは自分の力以上で戦っている。
俺の握る拳に力が入った。
千日手だ。
ハルルの技には、決め手が欠けている。
蛇竜を制する一撃が見つからない。
そして、蛇竜にも、攻め手が欠けている。
ハルルを止める大技が無い。
ただ、お互いに体力の浪費し合いだ。
……だとしたら、人間の方が不利となる。
不意に、俺の握られた拳に温かい何かが触れた。
「だいじょぶ。ししょぉ、強いから、勝つよ」
リリカちゃんの手だ。温かい指が触れていた。
「……そうだな。その通りだ」
ハルルは、何かを狙っているようにも見える。
まだ、何かあるんだよな。ハルル。
◇ ◇ ◇
(もっと、間合いさえ詰めれれば!)
我武者羅に猛攻をしながら、ハルルはそれだけを考えていた。
ポムッハのセリフを、ハルルは思い出していた。
──ドラゴンの角を削り込んで生み出した形状記憶龍鉄を使った大技!──
──クエスト中一度しか使えないロマン砲! 絶対に必見なのだー!──
爆機槍の最後の切札。
ハルルは説明書を読んだ時から、それを当てるのは難しいと思っていた。
そして、あの説明書に書いてある通りの火力であるなら、勝負自体が決まる。
『ハッハ! 疲れて来たんじゃあないかあ!』
「それは、そっちッしょ!」
槍の攻撃は鋭さを増す。
蛇竜の防御魔法を時々すり抜ける程に。
掠っているのに、それでもまだ、槍が顔に届く間合いまで踏み込んでくるハルル。
何かしてくる。何かある。
蛇竜は分かっている。
『その槍を突きさして、超火力の発破だろう!?』
顔に突き出される上段突きの槍を辛うじて避ける。
『当たらないねえ!』
そう、当たらなければいい。
槍の間合いは把握している。
そして、槍使いとは今まで戦って来た。
間合いさえ間違えなければ負けない。
槍の先端さえ避けてしまえば、破壊力は失われる。
次の一撃も上段。
『愚かだね! それでもまた同じ一撃なんて』
首を後方に下げて避けた。左右じゃなく、後ろへ下げた。
それを待っていた。
柄を握り込み、柄元にあるピンを親指だけで外した。
貫くことに特化した円錐の槍頭を持つ機械仕掛けの『爆機槍』
「解装!!」
その円錐の槍頭が爆散し──中から三叉の槍が回転しながら飛び出した。
槍頭の中に隠されていた真の槍頭。
起動したその瞬間、収納されていた槍頭が──さながらびっくり箱のように──伸び、長さを追加する。
そして、その赤鉄の三叉槍が、まっすぐに蛇の目に突き刺さった。
『あ、ああああああ!!!』
「消し飛べ!!」
雷鳴の如き、極光と──けたたましい轟音が響く。
蛇竜の右頭部が消し飛んだ。




