【08】師匠失格!【20】
◆ ◆ ◆
『強い。……いや、本当に強いよ。キミは、この島の誰より強いんだろうなあ』
『だから』
『勘違い……しちまったよな。竜相手に……勝てるって、よお』
全長五メートルはあろう巨大な息遣いの荒い蛇竜。
震えるリリカ。
「し、ししょぉ……」
リリカがその場に座り込んで、小さく呟いた。
蛇竜は、一拍置いた。
そして。
『アッハッハッハ! アッハッハ!! バーカ、バーカ!!
その思い上がりが、このザマだ! 竜に人間ごときが勝てる訳ねぇだろ!』
浅瀬にボロ雑巾のようになってハルルは転がっている。
意識はまだあるのだろう。体を動かそうとしているのが分かる。
だが、動けるはずがない。そう蛇竜は笑う。
『痛いだろうなあ。余の頭突きが直撃だ。
それに海に落ちた時に骨は絶対に砕けたろ。ああ、特にその左腕も痛々しい。
見ろよ、女の子の腕とは思えないぜえ?』
痛ましい痛ましい! そう蛇竜はハルルの姿を事細かに口にしながら、舌を出す。
緩やかに、リリカの方へ向かいながら。
『やあ、生贄ちゃん。さっきその勇者を、師匠、とか呼んでたねえ』
白濁した目が、リリカを捉える。
『偉大なる海竜神である余の許に来れば、その師匠は助けてやってもいいんだよ』
蛇竜は甘く囁く。
「ほん、と?」
『あぁ! 本当だよお! さあ、おいで。大丈夫、何もしないよ!』
リリカは、その言葉に一歩前へ出る。
同時に。蛇竜の頭に何かが当たる。
石だ。
「何もしない、って言ってる男、信じちゃ駄目ッス」
ハルルは、槍を浅瀬に突き立てて、自分の体を支えて立っている。
左腕はだらんと下がり、額を派手に切ったのか、片目は閉じている。
「そういう男に限って、絶対よからぬこと考えてる男ッスから」
蛇竜はハルルを見る。
ありえない。
『……何故、起き上がれる……』
頭突きは直撃だった。手ごたえもあった。
蛇竜は混乱の中、今一度、ハルルを睨み──笑う。
『アッハッハ! いやあ、よく見れば傷だらけじゃあないか。
よく立てるねえ。いや、立ってるのも限界だろう!』
喋りながら、蛇竜は地面を這いハルルに近づく。
『いやあ。あの子の師匠さん。キミは凄いなあ!
竜相手によくやったんじゃあないか? だって、尻尾を斬り落としたんだぜえ?
快挙、快挙!』
蛇竜は、ハルルの槍の間合いの外で止まる。
『だから、お前の弟子、余に寄越せ』
ハルルは、べっと舌を出し、槍の柄を回す。
「やるか、バーカ! このロリコンドラゴン!!」
『ロッ!? ロリコ──』
槍の内部から機械的な回転音が鳴り──突如として海面が蒸発。
ハルルを中心に霧が生まれた。
『なっ!?』
右か、左か。どっちからか来る。
身構えた、その直後。
「【灼機槍】!」
真正面から槍が飛び出してきた。
だが、さっきより遥かに遅い一撃だ。
余裕でその槍を一本の手で握り止める。
『あああっ熱っ!!?』
「うちの弟子を勝手に婚約者とか言って……認めないッスからね!」
連続で突く。
蛇竜は慌てた。
体に触れるだけで、鱗ごと焼かれる。
火傷を負いながら、距離を取る。
煙が晴れる。
ハルルはリリカの前にいた。
奇しくも、この戦いが始まった時と同じ位置に両者は戻っていた。
槍を上段で構え、まっすぐに貫くように鋭い目。
ハルルは槍をくるりと回転させ、上段で構える。
「リリカちゃんは、まだ嫁がせないッス」
ハルルは見定めた。どう相手を攻めるかを。
『そういう意味で言ったんじゃあないんだがねえ!』
蛇竜は考える。どう構えを崩すかを。
先に糸口を見つけたのは──蛇竜だった。
『槍上段の構え、古風だねえ。師匠──いたのかな?』
「……ええ、まあ」
糸口──それは、会話だ。
『長く生きているが、その上段構え。よく知っているねえ。槍術が得意な師匠かなあ』
「……どんな武器でも、使いこなせる方なので」
ハルルはそう言って会話を切って突進してくる。
蛇竜はにたりと笑った。
(会話で、どれを拾うか、それで相手の考えが分かる)
連撃。ハルルの攻撃精度はどんどん上がっていた。
少しでも掠れば高温で鱗が溶かされる。
厄介な相手だ。
身を躱しながら水の刃で応戦する蛇竜。
ちょこまかと素早く動き、隙を見つけるのが上手いと、蛇竜は称賛と苛立ちを募らせた。
(こいつは、師匠というワードを拾った。こいつは、師匠への愛着がある)
『槍術は天才的な師匠だったのだろう』
「他も天才的ッス!」
『しかし、教育者としては、その師匠はクソだったみたい、だねぇ』
ハルルの動きのブレが見て取れる。それは、きっとその場にいた誰もが分かる。
『長い槍の間合いの取り方や技の一つも教えていない。
ああ、ロクでもない教育者だと言わざるを得ないねえ』
「……違う」
『シロート考えだけどさあ? 構えだって、上段だけじゃあなく、
下段も一緒に教えれば戦術は広がるんじゃあないかなあ?』
「一つの型を一つずつ教えてるんスよ、師匠は!」
槍の打ち込みが乱雑になった。
槍は、直進するから破壊力が増す。
芯がブレない一点への攻撃により、貫通させられる。
『いやぁ? 『教えなきゃいけないこと』教え切ってないのに戦場に弟子を放り出すなんて。
教育者として、師匠失格! いや、大失格だねぇえ!』
この槍は、もう芯がブレた。
「違うっ! 師匠は──」
ずぶり。
『いやぁ大失格さあ。『戦闘中に相手の言葉に惑わされるな』っていう教えなきゃいけないことを、教えてねぇ時点でよお?』
ハルルの背に水で出来た刃が刺さる。
「っ、ぁ……」
『駄目な師匠で、可哀想な弟子だ。教えて貰えなかったんだなあ』
「そうだな。教えて貰えてなかったかもしれん。基本の『キ』なのにな」
蛇竜の意識より外。
蛇竜の真横。
ジンが、そこにいた。
蛇竜と同じようなポーズで、ハルルを覗き込んでいる。
『……誰、お前』
「……あー。そいつの弟子だよ」
『弟子? ハァ?』
すたすたと、蛇竜を黙殺し、ジンはハルルに近づく。
「大丈夫か、ハルル師匠」
「……じ、んさん」
その男、ジンの背は、隙だらけに見えた。
無音で蛇竜は、その背に水の刃を──
「お前の相手は後でする。少し黙ってろ」
空中に生まれた水の刃が霧散した。
蛇竜が何が起きたか理解するより前に、その胴の中心に鈍い痛みを覚える。
見れば、凹んでいる。拳のような跡。
『かっ──はっ!?』
殴られていた。蛇竜が気付くことも出来ない速度で。




