【08】私の弟子に、手ぇ出すなッス【19】
『初めまして。余が、この島の偉大なる海竜神、海蛇呑子だ』
陸地に上がったワダツノミコは、ハルルより遥かに巨体だ。
全長五メートルはある蛇だ。
だが、蛇にはない腕を持っている。それも、四つも。
三本指の白い手。巨体にアンバランスな腕で、人の腕のように細いが、人間の腕より関節一つ分長い。
(気持ち悪いッスね)
とは思いながらも口に出さず、ハルルは身構える。
「……ども。ハルルッス」
『警戒するなよ。その子をくれればいいだけだ』
「いや、物じゃないんで」
『物だ。この島の人間は、余の所有物だ。そして、その子は余の生贄なんだよ』
「どうも噛み合わないッスね。リリカちゃんは一人の人間ッス」
『竜人だ。種を間違えるな。その高貴な血が大切だ』
「種だ血だ、物だ生贄だ。ちょっと五月蠅いんスよ」
『何?』
「種も血も関係ないッス。そんなことより、リリカちゃんは私の弟子ッス。
私の弟子に、手ぇ出すなッス」
貫くことに特化した円錐の槍頭を持つ機械仕掛けの騎乗槍──『爆機槍』を上段に構える。
『アッハッハッハ! 活きがいいなあ。アッハ。
アハハ。ハァ……余に……舐めた口を利くんじゃあない!!!』
急に怒りを露わにした蛇が細い舌をシュロシュロと鳴らし、その手と手を合わせる。
『水弾!』
海から水の塊が六発飛んでくる。
水属性初級魔法の水弾。速度は速い。
確かに速いが、迅さが足りない。
一瞬にして、六発の水弾を槍で突き穿つ。
『ほう。やるな。お前、人間の勇者かあ?』
「そッスけど」
『何級だ?』
「……八級ッス」
『八級。あー……それは三級より上か?』
「下ッスね」
『はぁあ、そうか。数字が小さい方が凄いんだったねえ。
物忘れも激しくてさあ。ああ。じゃあ、お前は逃げた方がいいねえ』
ワダツノミコはニヤリと笑ったように見えた。
指を鳴らすと、海面が盛り上がる。
海の中から碇が飛び出した。そして、それに繋がれた鎖が何かを釣り上げる。
陸に上がった鎖でつながれた『それ』は、ぶくぶくと膨れ上がり、腕や足などはもう溶けてなくなっている。
『それ』は──人間だったモノだ。
『前殺したコレは、三級勇者だったから』
ケラケラと笑う蛇竜に、ハルルはギリっと歯を食いしばった。
「ワダツノミコ。なんで、勇者を殺してるんスか。アンタは、この島の神だったんじゃないんスか」
『だから、敬称を略すんじゃない。畏敬の念を持て』
「なんでその勇者を殺したのか、答えろ!」
『人間風情が誰を相手に凄んでいる! アァッ!?』
ワダツノミコの尾が叩き付けられた。
その一撃は、岩を抉っただけだ。ハルルには当たっていなかった。
「アンタに喧嘩売ってんッスよ! この蛇っ!」
『蛇? 蛇だと。余を! この神を! 蛇と言ったな人間風情がっ!!』
尾の薙ぎ払い。遠心力の乗ったその一撃。
ハルルは避けない。槍の上段構え。
それは近中距離の間合いを得意とする構えだ。
腰を落として腰と腕の筋力を極限まで使い、破壊力を出す構え。
ジンから教わった、ハルルの唯一の槍術。
真正面から、ハルルは槍を突き出す。
加速が乗った尾。その鱗に槍は──突き刺さらない。
ハルルの腕力であの巨体の攻撃を受け止めきれないのは当然だ。
火花が散る。弾かれる──否。
(人体に流れている魔力を一ヶ所に集めるように、込めて、放つイメージッ!)
「『爆機槍』!!」
爆音が轟き、黒煙が上がる。
同時に、びちゃびちゃと、雫が落ちた。
雨? とワダツノミコが自分の顔に付いた液体に触れ、見る。
赤い。血だった。
ぼとん。ワダツノミコの前に何かが落ちてきた。
『お。お、お尾お、尾ぉぉ尾がああああ!?』
ワダツノミコの尻尾。厳密には先端部分が転がった。
長さは人間の足の長さくらいであり、致命傷ではない。
特に、竜種の多くは尾を失うことにはなれている。
竜の尾は再生可能な部位だ。無論、時間は掛かるが。
だが、致命傷ではなく、再生が出来るとしても。
どくどくと血が流れる。
『このっ、クソ人間がっ』
再生が出来るとしても──痛みはあり、隙が生じる。
ワダツノミコが、その一瞬、ハルルを見失った。
「『相手が激痛で体制を崩したのなら、定石としては、すぐに懐へ回り込むといい』ッス」
声がしたのは、ワダツノミコの真下。
『なっ』
「最初に教わった竜対策の心得──ッス!!」
爆機槍は、加えた魔力に応じた爆発力を生じさせる。
最大火力。ハルルは、出せる力の限界をそこに集約させた。
起爆。
地が揺れる。空気が震える。黒煙が上がる。
轟音過ぎた。ハルルの耳はキーンと鳴っていて、まともに耳が聞こえない。
真っ黒な煙の中、ハルルはニヤリと笑って立っている。
「まぁ、地竜の弱点の話だったんで、蛇竜に通用して良かったッス」
仰向けに倒れた蛇竜。
顎下に爆撃を与えられ、顔から胴体まで鱗が焼け、皮膚も溶けている。
蛇竜に背を向けて、ハルルはリリカに向き直る。
リリカはほっとした顔をしていたが、すぐに青い顔をした。
何かを喋っている。
ハルルの耳鳴りが治まり始める──ししょぉ、後ろ──その声に、すぐに振り返る。
『調子に……乗るなよ、ガキが』
音が戻ってきた耳が、ワダツノミコが放った低い声を拾った。
大きく広げた蝙蝠のような羽。
血走った眼。素早く出入りする細い蛇舌。
空気が排出されて擦れるようなシャーッという威嚇音。
毒蛇。
それらは獲物に噛み付き、その牙から毒を流し獲物の動きを止めてから捕食する。
さて、獲物は何故、噛みつかれる瞬間に逃げないのだろうか。
簡単だ。逃げられないのだ。
蛇の首は、筋肉の塊だ。その筋肉から生み出される超瞬発力。
それは、一説によれば、単純計算で時速100kmを超えるとも言われる。
1メートルにも満たない毒蛇がその速度で動けるとしたら。
もし、5メートルまで肥大化した蛇がその速度で動けたとしたら。
それは、即ち。
「ッ!」
神速。
電光石火の如く瞬きより素早い蛇の一撃が、ハルルの体を軽々と空中に吹き飛ばした。




