【08】無病の薬【16】
今、自分の握力が正確に何キロか、把握している人間は少ないだろう。
自分がどれくらいの速度で走れるか。どれくらいまで殴られて耐えられるか。
自分のことなのに、意外と把握しきることは出来ていない。
同じように、俺も自分の術技を知った気になっていた。
いや、厳密に言うと、歳を重ねてデメリットが付与されたというべきか……。
俺の有する術技【迅雷】は、発動中だけ雷系の魔法を詠唱無しで発動出来る。
更に、体の一部および全身を雷化させることも出来る。
ただし、雷といっても、あくまで魔力で生成した疑似的な雷であり、制限はある。
また、【迅雷】は充電式。太陽に当たっていれば一時間で最大充電出来る。
充電が切れれば術技は使用できなくなる。
そして、分かった新しい弱点。
なんと。充電を使い切ると、猛烈な睡魔に襲われる。
ということ。
つまり……今、俺は物凄く眠いのである。
「師匠、じゃなかった、ジンさん。首が凄いガクガクしてるッスよ」
「ん。大丈夫だ。眠くない」
西方地域に行った時、何故、あれほどに深い眠りに落ちたのか。
充電を使い切ったからというのもあるんだろう。
きっと今回の来る時の寝落ちも……いや、あれはただの油断か。
「流石に寝ていいと思うッスけど……村人の皆も処置が終わりましたし」
夕方過ぎ。村人全員への薬を渡し終え、適宜処置をし、ようやく部屋に戻ってきた。
「一応、ワダツノミコが来たら、一撃を入れてやろうかと」
「村の人に聞いたら、三日後に来るって言い残したらしいんで、まだ大丈夫ッスよ!」
「三日後か。ワダツノミコとかいう竜だか蛇は相当に嫌な性格をしているな」
「え? どういうことッスか?」
「……ワダツノミコの呪い。目測だが、三日後には半分近くの村人が死んでただろうからな」
呪われた村人が半数も死ねば、要求が通りやすくなる。そう考えたのだろう。
「そうだ。ハルル師匠。ワダツノミコが何を要求してきたか、聞けたか?」
「残念ッスけど、聞けなかったッス。ただ……」
「? ただ?」
「し──ジンさん程、しっかりとした推理じゃないんッスけど。
多分、昨日、ワダツノミコと村人さんの一部は戦ってると思ったッス」
「戦ってる? それは言い合いじゃなく、物理的にってことか?」
「そうッス。数人、打撲とか怪我してたッス。一人は骨折で。それと、家の中に隠してありましたけど、壊れた農具があったッス」
「壊れた農具か。昨日今日壊れたような真新しい壊れ方してた、ってことだな?」
「そうッス」
最近、変になり始めたとはいえ、四十年も村を守っていた奴との戦闘か。
いよいよもってキナ臭いな。
「ハードルの高い要求をされて、それを突っぱねた」
「ワダツノミコがそれでも要求してきたので、一部の村人が農具で攻撃ッスかね」
「んで、多勢に無勢でワダツノミコとやらは呪いを掛けて逃げた。分かりやすくなってきたな」
うつら、うつらと、首が動く。
瞼を閉じてしまっていた。
「そうなると……何を要求してきたか、ッスね。あれ、ジンさんー?」
「ん。ああ、起きてるよ」
順当に考えれば。──村人を捧げろ。──とかだろうか。
ただ、それなら──その場で──虐殺が始まった──だろう。
いかん。──眠気で頭の回転が──悪くなってきた。
「ジンさん」
あれ。俺、いつの間に横になっていたんだ。
それに、俺はまたハルルに膝枕されている。
「えへへ。膝枕くらい、いつでもするッス、って言ったじゃないスか」
太陽みたいな眩しい笑顔で言われた。
真っ直ぐに見ていると、目が痛くなりそうだったから、逆を向いて顔を隠す。
「耳、赤いッスよ?」
「ほっとけ。眠い時は体温上がる」
肩に何か布が乗った。何かブランケットみたいなものを掛けてくれたらしい。
頭を撫でられているようだ。
「~♪ ~~♪ ~♪♪」
鼻歌。
懐かしい。どこかで聞いたことがある。この曲。
だめだ。瞼が重い。どこで、聞いたんだっけ。
◆ ◆ ◆
ハルルに膝枕をされたジンは、すぅすぅと寝息を立てた。
(これが、恋人というもの!)
などと内心で思っているのは、扉の外で二人を見ていたリリカである。
竜人のまだ八つの少女である。
少し内気であり、島外の人や隣村の人は苦手な節がある。
だが、ハルルのことを師匠と呼び、心を開いている。
そして、師匠であるハルルと、その弟子──実際は違うが村人たちにはそう説明している──ジンの『ただならぬ』空気感を察知していた。
つまり。リリカは幼いが、人の恋愛にとても興味があったのである。
覗き見る。聞き耳を立てる。
良くないことだとは教え聞かされているが、好奇心の方が勝ってしまう。
盗み見、盗み聞き。
それが、まだ小さく善悪も曖昧なリリカの人には言えない楽しみ。趣味であった。
この村に来る島外の客はこの家に泊まる。島には宿が無い。
その為、村長宅が宿の代わりなのだ。
実を言えば、リリカが島外の人間に懐かないのはこの趣味が理由でもあった。
ここでバレないように盗み聞きしていると、本心が聞けてしまう。
大体の人間は『竜人の幼女は珍しい』という話をしていた。
自分への興味ではなく、種族への興味。
幼い子供であるが故に、奇異の目をすぐに察知し、嫌になって近づかないようにしていることが多かった。
リリカは足音も立てずに階段を下りる。これも慣れたものだ。
そして、次は村長の部屋を盗み聞きする。
村長の部屋の隣にある、物置部屋。
雑然とした部屋の一番奥にあるクローゼットを開ける。
そこにしゃがみ込むと、村長の部屋の声が聞こえてくる。
(わだつのみこ様と、じぃじ、けんかした。具合、悪そう)
今日、リリカが盗み聞きをしたのは純粋な心配だった。
話し声が、聞こえてくる。
『あなた。そんなことお止しなさいよ』
『やるしか、なかろうに。島の皆が立ち上がらねば』
『でも。危険すぎます。それなら、勇者ギルドに相談して、勇者様を派遣してもらう方がいい』
『それじゃ、間に合わない。もちろん……明日、ハルル様に協力を要請する……。それに、本土に……依頼を出しはする』
『島の男衆だけでワダツノミコ様と戦っても、勝ち目はありませんよ』
『だが、あれは……殺すべきだ』
『声を荒げないで。リリに聞こえたらどうするんです』
『ああ。すまない』
『本当に、ワダツノミコ様は。そんな要求を』
『ああ。竜の血と心臓が、無病の薬らしい。
馬鹿げてるが、ワダツノミコ様はもう我々の言葉も聞かないくらい、おかしくなっていた』
『だったら、なおのこと。勇者様に依頼しないと』
リリカには難しい話だ。ただ鬼気迫る雰囲気だけは伝わってきていた。
同時に、こういう話こそ聞いちゃいけない話だった、と小さく後悔していた。
だからゆっくり立ち上がろうとした時だった。
『みすみす、リリが攫われるのを待てというのか?』
自分の名前が出た。
目を丸くして、そして、震えながら。
リリカは聞き耳を立てた。
『ワダツノミコ様を討たなければ、リリが危ないんだ。あれは、リリを食い殺すつもりだ』
リリカから、血の気が引いた。
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