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【08】氷病の呪い【15】


◆ ◆ ◆


「心当たり、あるんスよね? 教えて欲しいッス」

 部屋に戻ってすぐ、ハルルが訊ねてきた。

「ワダツノミコという竜には、心当たりはないぞ」

「??」


「ただ、そいつが竜だったとして。

 目が白くなって鱗が溶けて……こういう嫌な魔力になる。その理由は知ってる」

「そうなんスか! どういう理由なんスか?」



「死期だ」



「え」

「死期。寿命だよ」

 どんな生物にもある、寿命だ。

「ただ、竜は長命だ。

 死期に入ってから十年も二十年も……悪くすれば半世紀も生きることがある」


 ワダツノミコ。お婆さんの話では、確かに知恵のある竜だったのだろう。

 そして、知恵のある竜なら長命な種族が多い。

 竜種の『格付』も、きっと高かったはずだ。


「だが、そういう知能の高い竜であれば竜であるほど……死が近づいた時に、死を恐れる。

 死の恐怖で精神が壊れていき、どうにか命を繋ぎたいという一心で人を襲う。

 薬を奪う。痛みから逃れる為に、力の限り暴れる。

 ……そうして、人の言う『害竜』となる」


 ハルルはその話を黙って聞いていた。

 それから、大真面目な顔で、言ってきた。


「助ける方法は、無いんスかね」


「……寿命じゃなく病気だったら、あるいは助けられるかもな。

 ただ、命は戻すことが出来ない。どんな禁呪であっても」


「それは」

「村人がどう選択するかだな。

 お前に、竜を退治してくれ、と依頼があったら退治に向かってもいい。

 薬の納品依頼をされたら、報酬によっては受ければいいしな」


「……でも根本的な解決にはならないッスよね」

「そうだな。俺も、竜の寿命ということは伝える。

 その後のことは、この村に住む人たちが決めることだ」

 歯がゆそうな顔をするハルル。

 俺はため息を吐く。


「見捨てろ、って言ってるんじゃないぞ。ハルル。

 助けを求められたら、全力で助けてやればいい。それが勇者だろ」


 ハルルは槍をぐっと握っていた。


「分かったッス!」

 強く頷いていた。



 ◆ ◆ ◆



 翌朝。村長の家が物々しい騒ぎだった。

 いや、村全体が騒がしかった。


「何があったんですか?」

 村長の奥さんである背の低いお婆さんに訊ねた。

 いつも物腰柔らかく表情をあまり変えないお婆さんも少し青い顔していた。


「それが……男衆たちが」

「何……ゲホッゲホッ。……だ、大丈夫だよ。お弟子さん。悪い所を、見せたね」

 ゲホゲホと咳をする村長。

 よたよたと、壁に肩を預けて歩いている。危ない、倒れそうだ。


「大丈夫ですか」

 慌てて駆け寄りその肩を支える。

「すま……ない」

 その細い腕は嘘みたいに冷たい。何があったんだ。

 ふと、その痩せた肩に黒い丸が四つ、まるでクローバーのように並んでいる。

 これは。


「昨日、ワダツノミコ様と何があったのです?」

 奥さんが村長に訊ねる。隣でリリカも心配そうな顔をしている。


「……何も。何も無かった」

「そんな訳」

「それより……村の、若い衆で動ける者を……ゲホッゲホッ。

 それに、隣村の若い衆にも……ゲホッ」

 お婆さんも肩を貸す。


「じ、ジンさん! 外の村の人たちも、咳と眩暈の症状ッス! それも、男の人ばかり!」

 村の様子を見に行ったハルルが戻ってきた。


「そうか。……村長。昨日、ワダツノミコとやらと、何があったんですか?」

「だから……何も。げほっ、げほっ」

 肺から、ひゅぅごぉ、と息が聞こえる。


「とりあえず、寝かせましょう。お婆さん、村長さんの部屋まで運びますよ」

「ありがとうございます……こちらです」


 村長さんをベッドに運んだ。

「じぃじ。じぃじ……」

「リリ。じぃじは、大丈夫じゃよ」

 リリカちゃんは村長(じぃじ)が心配なのか、その手を強く握っている。

 高熱があり、しかし四肢が異様に冷たい。その上、咳が止まらない。


 元凶は、分かる。その黒い四つの丸だ。

 そこから生じる、腐った魚のように薄汚い魔力。


「……氷病の呪い、だな」


「呪い……!?」

 お婆さんが目を丸くする。

 この呪いを掛けたのは、まず間違いなく『ワダツノミコ』だ。


「霊猿や妖猫種、そして竜種が得意とする呪いです。

 ……お婆さん。今まで、こういう呪いをされたことはありましたか?」

「いえ……こんなことは初めてで」

 なるほど。ということは。


「村長さん。ワダツノミコという竜に、何をしたんですか?」


「げほっ……別に、何もしちゃおらんよ」

「そうですね。では、何をされたんですか? いや。何か言い返した?」


「……何も。ともかく……何も無かったよ」


 村長さんはまっすぐに俺を見た。

 この目を、知っている。

 頑なにまっすぐ。そういう強い目だ。

 これは何も語らないだろうな。


「呪いって、解除できないんスかね」

「解除できるだろうが、専門の知識と手順がいる。俺には無理だ」

「そうッスか……」


「ただ、緩和は出来る。

 この氷病の呪いは、つまりは超強力な風邪の症状を引き起こす呪いだ。

 お婆さん、とりあえず咳止めの薬を飲ませてください。

 後、発熱がありますので解熱剤もあれば」


 そして、緩和し続ければ、呪いは弱化する。

 だが、今すぐに緩和が出来なければ死人が出る。それも、この後すぐに。


「わ、分かりました。ただ、咳止めの薬は子供用の効き目が弱いものしか。

 それに解熱剤も無く……」

「そうですか。この村には薬屋ってないんですか?」

「ええ、この村にはなくて。東の端にある村に、薬屋が」


 となると、この村の村人分の薬も必要か。


「あの海岸線を東へ行けばいいですか?」

「え、ええ、そうだけど」

「ハルル師匠。俺、薬屋まで行って、薬貰ってきます」

「りょ、了解ッス! 行ってらっしゃいッス!」

「でしたら馬を!」

「馬より早いんで、大丈夫です」


 俺は扉を開けて外に出る。

 目を細めてしまう。

 広場で、男衆ばかりが蹲って震えている。

 きっと昨日、村長と一緒にワダツノミコに会った人たちだろう。


「お婆さん。この呪いは体力を奪う種類の物なので、ともかく体温を下げさせないように。

 温かくさせてください」

「分かりました」

「ハルル師匠。呪いを受けてる全員を部屋に押し込んで、暖炉でも何でも使って部屋を暖めるように」

「ま、真夏ッスけど! 暑さで死にません!?」

「そうだな。脱水症状だけは危ないから、水分はこまめに取らせるように」

「了解ッス!」


「リリもっ!」

 リリカちゃんが声を上げた。

 何かしたい、という意味だろう。

「……リリカちゃんは、ハルル師匠の手伝いをしてあげてくれ。

 弟子なんだから、しっかりとハルル師匠の言うことを聞くように」


「はい!」

 いい返事だ。

 リリカちゃんに背を向ける。脚部雷化。地面を蹴って、東へ走る。


 

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