【02】ありがとうございます! ッス【02】
「え……それって、普通の一人暮らしで掛かる一ヵ月分の食費くらいですよね?」
「はい。そうですね。にっこり」
にっこり。を、わざわざ口に出してから、にっこりと笑ってくれる女医さんに、俺はどんな顔をすればいいだろうか。
「明細はこちらにございます」
【医療明細】
〇選定医療費:銀貨10枚(金貨1枚)
〇医療魔術費:銀貨15枚
(内訳:外傷治療(擦過傷含))
〇寝台代:銀貨3枚
〇食事代:銀貨3枚
〇その他:銀貨3枚
合計 銀貨34枚(金貨3枚、銀貨4枚)
……お高い。相場の十倍……は言い過ぎだが、相当ではないか?
いや、最近の医療の相場なんて分からないが……。
結構な高額医療費に、俺もハルルも引きつってしまった。
「大丈夫です。今すぐ支払いではないですから。にっこり」
「そ、そうですか」
「はい。ハルル様のギルドカードを照会させて頂きました。
今回含むクエストの報酬から天引きさせていただきますね。にっこり」
「うう……。結構な出費ッス」
ガクッと肩を落としている。
「ま、まぁ、落ち込むなよ。鱗、三枚分あるし、牙の欠片もある。買い取って貰えれば少しは浮くだろう」
まぁ、カツカツなことに変わりはないが。
「そ、そうっスよね!」
「では、お大事にしてくださいね~。にっこり」
女医さんに見送られ、オルゴ山道から交易都市行の乗り合い馬車に乗った。
王都方面行きの乗り合い馬車には、俺たち以外、誰も乗っていなかった。
まぁ、まだ朝方の時間だ。オルゴ山道へ向かう勇者たちはいても、帰る勇者は少ないのだろう。
十人は乗れる大きな荷車で、俺たちは向かい合わせで座っていた。
ハルルは手に入れた竜の鱗と爪を愛でたり、テンション高くしていた。
「そういえば、ラブトルとメーダが近いうちにお礼をしたいってさ」
「ラブトル? メーダ?」
あ。そういえば、話してなかったな。
「あの地竜を怒らせた二人組。金髪の剣士がラブトルで、黒髪の魔法使いがメーダ」
「ああ! あの二人ッスね!」
「そ。お前がメーダを庇っただろ。二人とも凄い感謝してたぞ」
ハルルが病室に担ぎ込まれてから、日が沈むまでは二人とも病室に居たのだ。
二人はハルルが起きるまで居る! と言っていた。
だが、命に別状はないとも分かったし、先に町に帰るように言ったのだ。
「えへへ、大したことはしてないッスけどね、えへへ」
照れ笑いするハルルに、「天狗になるなよ?」と釘を刺す。
「結局、お前が大怪我してちゃ意味ないからな」
「は、はいッス……気を付けるッス」
一発の注意だけで、ハルルは、しゅん、と、雨に濡れた猫みたいにしょげた。
んな、分かりやすくしょげなくてもなぁ。
「ただ、まぁ……お前の行動は、間違いなく勇者だった」
そう。俺が知っている『ある勇者』の行動にそっくりだった。
行き過ぎては、欲しくないが。
「間違いなく、正しい行動だったよ」
「え……ほ、本当ッスか! え、えへへ。あ、そうだ。その」
ハルルが急にもじもじとし始めた。
「どうした、トイレか?」
「ち、ちがうッス! その、言うの遅くなっちゃいましたけど」
本当に、純真な笑顔を浮かべた。
「助けてくれて、ありがとうございます! ッス」
それは、今まで見たことないくらいの笑顔で。
俺は面食らってしまった。
「……まぁ、その。なんだ、助けるのが当たり前というか」
「えへへ。私のセリフと同じじゃないッスか~」
「違うだろ。あれ、同じか?」
調子狂うな。本当に。
それから、しばらく他愛もない雑談をして、本を読み、暇をした。
王都へ戻る乗り合い馬車は、途中で二、三の村に寄っている。
その為、割と時間が掛かるのだ。
昼過ぎ。僅かに乗客も増えてきた頃に、ハルルは、糸が切れた人形のように、眠ってしまった。俺の肩を枕にして。
さっき起きたばかりなのに、よく寝れるな。とも思ったが、怪我した後だし当然かと、しばらく肩を貸すことにした。
窓の外から風が吹き、ハルルの癖のある銀白色の髪が頬をくすぐった。
頬は少し桃色で、体温はわずかに高い。
猫みたいな奴だ。
交易都市に戻って、こいつが報酬を受け取ったら、それで終わり。
経費を精算したら、もう、会うことは無いだろう。
……いや、こいつの性格だから、何かにつけて家に来そうだな。
本当に猫みたいに、時々、遊びにでも来るんだろう、か。
そうだったら、それも……。
ししょぉー、と声を上げてから、腕を抱きしめられた。
変な奴だが、悪意も無いし、まだ面倒を見てやってもいいか。
なんて気分にさせられてしまう。
俺は、こいつを弟子なんかにしない……が。
もし、仮に俺が師匠なら。
この後、何を教えるんだろう。
冒険のこと、戦いのこと、武器や防具、道具に罠。
仲間や、戦場の地理的なこと。作戦の立案や、実行。
色々なことを、こいつは知りたがるだろうし、吸収したがりそうだ。
それはそれで、うるさくて、楽しそうで。
楽しそう?
静かに暮らしたい、と言ってるのに、そんなことを思うなんて。
『お前は、人殺しだ。ただの、人殺しだ!』
頬杖を付きなおす。
ハルルの寝顔を見た。あどけなく、それでいて、悪意の欠片もない寝顔。
俺は何、見入ってるんだ。
額を押さえ、目を固く閉ざした。
心臓が少しだけ、どくんと鳴っていることを否定しながら。