【08】海蛇呑子【14】
「魔のつく何か、って魔物とか、魔族ってことッスよね?」
濃くて重たい泥のような魔力に対して、俺は『魔のつく何かだ』と言った。
「そうだな。ともかく、何が外に居るのか、見定めた方がいい」
「窓、開けます?」
「いや。その雨戸を開けると音が鳴ってすぐバレる。直接、行った方がいいだろうな」
白銀の剣を手に持ち、立ち上がる。
ハルルはポムに作って貰ったと自慢していた大槍を持とうとした。
流石に目立ちすぎるので、手槍に武器を変えさせた。
音を立てないように扉を開ける。
階段を下り、玄関を出ようとした時。
「お弟子さん。今夜は外へは出ないで頂けますか」
背の低い優しい顔のお婆さんが、俺の後ろから止めた。
村長の奥さんである。
階段の上にいたハルルは瞬時に身を隠す。
いい判断だ。それでこそ二人いる意味がある。
不測の事態の時、ハルルが外に飛び出すことになる。理解しているみたいだな。
「外には何がいるんですか?」
「……ワダツノミコ様でございます」
「わだつのみこ?」
「外に出るなと言うだけでは、勇者様方も不審がるのも当然のこと。
説明も致します。……階段の上で息を潜めているお師匠様もどうぞ」
お婆さんが柔らかい物腰で奥へ案内する。階段の上でハルルが、驚いた顔をしていた。
ハルルの隠密が下手な訳じゃなかったと思ったが、中々、凄いお婆さんだな。
◆ ◆ ◆
氷の入ったお茶が出される。
お婆さんも椅子に腰かけた。
「お婆さん。ワダツノミコって何なんだ?」
単刀直入に尋ねると、お婆さんはまっすぐに俺を見た。
「ワダツノミコ様は、この島に住む大海蛇です」
大海蛇……聞いたことはあるが、見たことはないな。
「勇者様方の区分では、竜という区分かもしれませんね。海蛇呑子様は」
確かに、大蛇と竜は同一の区分にされることがある。
特に、力のある大蛇は竜種扱いになるだろう。
「島に住む、ってどういうことッスか?」
ハルルが訊ねた。一拍置いて、お婆さんは言葉を出す。
「もう四十年以上前のことです。ワダツノミコ様がこの島に現れたのは」
「なるほど。『様』ってつけるくらいだから、守り神ってことか?」
「そうですね。そういう側面が強いですね。
特にその当時は、この島の周りには多くの魔物が住んでおりました」
含みのある言い方だな。
「魔物たちに漁場も荒らされ、生活が苦しい日々でした。
ワダツノミコ様はその時、月に一度の贄と引き換えに、
漁場を守る約束を当時の村長と交わしたのです」
贄。その不穏な言葉に、俺とハルルは身構えた。
「贄って?」
「大したことはありませんよ。お酒や、食事、住処などです」
「人とかじゃなくて良かったッス。なるほど、共存してるってことッスね」
「ええ。そうです」
「にしては、そのワダツノミコ様とやらを、お婆さんは恐れているように思えるな。
外に出ないように言ったりするってさ」
「……そうですね。昨年あたりから、ワダツノミコ様の様子が変わってしまったんです」
「変わったって、どんなふうにッスか?」
「まずは、姿ですね。目が見えなくなったのか、白くなっておりました。
そして、鱗も泥のようになっておりましたね」
なるほど。
嫌なことに、俺にとっては心当たりがある。
「それなら、要求も変わりましたね。
例えば、高価な薬草とかに変わったんじゃないですか? 竜食花とか、仙日草とか」
お婆さんは少し驚いたような顔をした。
「え、ええ。その通りです。まさに仙日草を依頼されてました」
「し──ジンさん。仙日草……を、ちゃんと覚えているか、説明してくださいッス」
ハルル。お前の師匠設定かなり苦しいから、今はやらなくていいんじゃないか、と思いつつ苦笑いを浮かべた。
「強力な解毒能力のある薬草ですよ。
ただそのまま使うと強毒性や高い依存性もある危険な薬草です」
「おお」
「ワダツノミコ様は、やはり何か病に侵されているのでしょうか」
「まぁそうですね。ちなみに、仙日草は入手出来たんですか?」
「ええ。ただ、時間が掛かってしまって……その」
「その?」
「……ワダツノミコ様がお怒りになり、大きな嵐が七日七晩続きました」
「嵐か。竜種が得意とする魔法だな……そんなことし始めるってことは、最早、脅しに近いな」
「そう、ですね。その時は、村人たち総出でお金を集め、どうにかなったのですが……」
「その後も、無理難題が続いたと」
「ええ……嵐のことがありましたので、すぐに村の者たちでどうにか資金繰りを。
本土の家族を頼ったりしてどうにかしている状況でした」
村に活気はあったが、そんな裏事情があったのか。
「こんなこと、不躾で申し訳ございませんが……知られてしまった以上、勇者様たちにお願い申し上げてもよろしいでしょうか?」
お願い?
ハルルも首を傾げた。
「なんッスか?」
「ともかく、穏便に済ませたいのです。もし、今回も特殊な薬などを要求されたら……」
お婆さんが俺とハルルを見る。
「分かりま──もごぅ」
ハルルの口を塞いだ。
「今回の要求次第なので。ハルル……師匠も、安請け合いしないでください」
「そうですよね。……そうなった時には、報酬もお約束致しますので、何卒」
お婆さんが頭を下げる。
気持ちは汲むが……何とも言えない。
俺たちは、席を立った。
「し……ジンさん」
「ん?」
ハルルが小声で話しかけてくる。
「心当たりがあるんスよね? ワダツノミコっていう竜のこと」
その言葉に、俺は頷く。
まぁ知っているのは、竜本体のことではない、けどな。




