【08】今夜は外に出ないよう【13】
◆ ◆ ◆
翌日の昼過ぎ、王国の本部から連絡が来た。
どうにも北の方に現行法でいう『不法滞在の魔族』が多いそうだ。
別に悪事を働いていた訳ではないらしいが、戦後、魔族という種族は最西方にある諸島だけが領土となっている。
治安浄化の作戦も兼ねているらしく、ともかく、まだしばらくこの島に滞在して欲しいとのこと。
追加の資金は支払うので、と言われたら断る理由もない。
「ナズクルたちは大丈夫なんですか?」
『はい。参謀長殿もルキ殿も目標との接触はなく、目立った負傷の情報もありません』
「そうですか。ちなみにあと何日くらいここに滞在すればいいですか?」
『後、四から五日は居てもらいそうです』
「分かりました」
通話が終わり、軽く体を伸ばす。
なんか、国の人と会話すると肩が凝る。そもそも俺は権力とか肩書って言葉自体が苦手だ。
役職で縛られるというのはどうにも好かない。
まぁ、好かないことばかり考えても仕方ない。
開け放たれた窓の外に、海が煌めいている。いい風も入って来る。
ふと、扉が開いた。
「あっ。弟子さん」
竜人の少女。リリカちゃんと目が合う。
俺を見て、さっと顔を隠して部屋に入って来る。
年齢は八歳とのこと。
それにしては幼い顔立ちで、言葉も拙いが、竜人族と考えれば自然か。
竜人はそもそも長命だ。同時に、成人になるまでも時間を要する。
……そういえば、八歳のリリカちゃんと年が近い子って言われていたハルルだが、何歳に思われてたんだあいつ。
まぁいいか。
「リリカちゃん。どうした?」
しどろもどろと顔を隠してから、リリカちゃんは俺に近づいてきた。
「これ。その」
ん。ああ、俺のシャツか。
おや。背中の辺りの穴が無くなっている。
「あれ。このシャツ、破けてなかったか?」
「ぬ……縫った」
「リリカちゃんが?」
尋ねると、リリカちゃんは恥ずかしそうに頷いた。
「凄いな。ありがとう。破けちゃってて困ってたんだ」
助かるよ。とお礼を言うと、リリカちゃんは恥ずかしそうに微笑んで、たたたっと部屋から出ていった。
心を開かない、と村長さんは言っていたが……普通の女の子も、こんな感じな気がする。
あの年ごろの女の子は、大人との会話をどうすればいいか悩んだりとかして、恥ずかしがったりしているイメージだ。
まぁでも、歩み寄ろうとはしてくれてるんだと思う。服、縫ってくれて。
裁縫上手の、いい子じゃないか。
「私も今度裁縫するッス」
「突然出てくるな怖えよ!?」
真横にハルルの顔が突如あって流石にびっくりした。
「なんか、超、ニヤニヤして。デレデレッスか、このこのっ」
「いやいや、お前の方がずっとリリカちゃんにデレデレだったろ」
「私はいいんスっ! もー、弟子のくせにーっ弟子奪われたッスーっ!」
「奪ってねぇってのっ」
『ゴーン……ゴーン……』
窓の外から鐘の音が聞こえた。
「なんでしょ? こんな時間に鐘って」
ハルルが窓の外に顔を出す。
そういえば、この村の真ん中に変な鐘があったな。
見ると、鐘を鳴らしているのは漁師の男性だ。
会話は聞こえないが、何やら村人が集まっている。村長の姿もある。
「なんか出たか? 大烏賊とか」
「まさか、また海賊ッスかね!?」
「お、じゃあ、師匠の出番だな」
「弟子に出動してもらいたい所ッス」
「やーだよ」
『コンコン』
今度はノックの音が響いた。
どうぞ、と言うと扉が開く。
背の低い優しい顔のお婆さんがそこにはいる。村長の奥さんだ。
「どうかしたッスか?」
ハルルが訊ねると、お婆さんは、ええ、と呟いて目を伏せた。
「ハルル様、お弟子さん。申し訳ありませんが、今夜は外に出ないようにお願い致します」
「何かあったんですか?」
「いえ。特段、変わったことはありませんが、そういうシキタリでございまして」
「シキタリ?」
「はい。海津の夜でございまして」
ワダツ?
「ともかく、今夜におきましては、そちらの雨戸も閉めさせて頂きますので」
「あ、はい」
有無を言わせぬお婆さんの言葉に俺らは頷いた。
「あの、ワダツってなんなんスか?」
「……この島特有のシキタリにございますよ」
「いや、シキタリというのは分かるんスけど、言葉の意味とか」
お婆さんはテキパキと窓の外側にある鉄扉を閉めていく。
部屋の二面にある窓を閉められたので、部屋が夕方みたいに暗くなる。
天井にあった古びたカンテラが明るく灯った。
「ああ、お夕飯はこちらにお運びいたしますので。十七時頃にお持ち致しますね」
取り付く島もなく、お婆さんは失礼いたします、と出ていった。
「……行っちゃったッス」
ワダツの夜ねぇ。
俺とハルルは顔を見合わせる。
「怪しいッスね」
「怪しいな」
「気になるッス」
「やめとけって。俺も気になるけど、島独自の信仰とかだったら厄介だぞ」
「うー……そうッスね」
◆ ◆ ◆
『今夜は外に出ないようにお願い致します』『シキタリです』
などと注意を受けた。
俺は真面目なので、しっかりとハルルを止めて、眠りにつく気満々だった。
島の独自の文化に首を突っ込む気はサラサラ無い。のだが。
……この気配は眠れるわけがない。
濃くて重い魔力は、まるで泥。
この島に来た時から、漠然と纏わりついていた嫌な気配だ。
ハルルも起きている。
俺たちは、声を殺した。
「ししょ──じゃない。ジンさん。この気配」
「ああ。少なくとも、魔のつく何かだな」




