【08】弟子のジンだ【11】
◆ ◆ ◆
竜人。
竜のような角を持った人間というのが最も分かりやすい。
人間との見た目の違いは、角の有無だ。
竜人は、竜と人とが交じり合った、いわば混血だと言われている。
厳密にはそうではなく『希少な種族』であり、俺も見るのは初めてだ。
竜と人との間に生まれた子は、普通、人に偏るそうだ。
希少な種族である竜人だが、お伽噺や神話に度々登場する。
だからか、やたらと知名度も高い。
そんな竜人は、竜の力を自由に扱えるそうだ。
持って生まれた竜種の力によって能力は異なる。
流石に、この子が何竜かは……いや、待てよ、角をしっかり観察したら分かるか?
幼女の大きな目と目が合う。
あ、逃げた。
「ししょぉー。ししょぉー」
幼女がハルルの後ろに隠れた。
「よしよし、怖かったッスねー。大丈夫ッスよ~。あの人、目つきは悪いですがいい人ッスよ~」
お前な。
とりあえず、この竜の幼女はハルルには凄く懐いているようだ。
それで、『ししょぉ』と呼ばれている様子。
いうなれば、師弟ごっこ。楽しそうで何よりだ。
まぁ、師弟というよりかは、仲のいい姉妹みたいに見える。
ルキとポムみたいな雰囲気だな。
「ハルル先生。失礼いたします」
恭しい声が扉の向こうからする。
扉が開き、仙人みたいな老人が頭を下げた。
「あ、村長さん」
「ハルル先生。昨日は本当に助かりました。重ねてお礼を申し上げます」
更に深々と頭を下げる村長。俺も軽く会釈する。
「……何かやったのか?」
「えっと。まぁ、ちょこっと」
「ちょこっとではございません! 村に襲い掛かった海賊を打ち払ってくださったのです!」
ハルルを見やって声に出さずに「まじか!?」と口の動きだけで訊ねる。
ハルルも「マジです」とニヤついて返してきた。
「でも、海賊と言っても五、六人のならず者ッスからね。余裕ッスよ~」
おお、言うようになったなぁ。
「おかげでリリカも無事で。何とお礼を言うべきか」
リリカ。そう呼ばれたのは、あの竜人の幼女だ。
長い金髪の彼女はハルルの服の裾を掴んで俺を見ている。
「いえいえ。勇者として当然のことをしたまでッスから!」
なるほど。だから村長がここまで恭しくしているのか。
海賊を追っ払うとか。ハルルも強くなったもんだ。
「ししょぉー」
リリカがぎゅっと抱き着いている。
「リリカは、親を亡くしてからあまり人には心を開かなかったのですが……いやはや、ハルル先生は流石にございますな」
「あれ。村長さんが親では?」
俺が訊ねると村長は首を横に振った。
「いえ。親代わりなだけですよ」
なるほど。そうなのか。
村長が親代わりになるのは割合珍しい話ではない。特に戦後はよく見聞きした。
ふと、村長さんと目が合う。
「失礼ながら、ハルル先生。こちらのお客人は?」
村長が質問した。
「はいッス! こちらは私の」
俺の視界に、リリカが映る。
あどけない幼女はハルルを『師匠』と慕って微笑んでいる。
「弟子のジンだ」
言葉を遮り、返答を行った。
ハルルが真顔でフリーズし、首をカクカクと動かしこちらを向く。
「ハルル師匠の身の回りの世話をすべく、急遽、参上した次第です」
「ほう。定期便にも乗らず?」
「ええ。ハルル師匠が船など使わずに島まで来るのが修行だ、とおっしゃいまして……およよ」
およよ。は、やりすぎたか? すべったか?
「そうでしたか。お弟子様も大変でしたな。ここはごゆっくりとしていってください」
◆ ◆ ◆
ハルルの部屋に通された。
ベッドが一つに、大きめのクローゼット。それから大きな机に椅子が二つ。
ラグの柄も皇国産らしい牛柄で、異国の風情がある。
大きな窓の外は海が広がる。日当たりも良好。いい部屋だ。
「師匠ー! なんで、弟子なんて言い出したんスかー!?」
ハルルが猛抗議してきた。
ははは。と俺は笑う。
「悪ノリ、かな」
「悪ノリッ!?」
「冗談だよ。さっきの子、リリカちゃんだっけか」
竜人の子を思い返す。
ああ、ちょうど窓の下の浜辺にいる。村長の飼い犬と一緒に走り回っている。
「あの子が、お前のことを師匠って呼んでるから。
お前が俺を師匠って呼んだら、なんかあの子、混乱しちゃうかもしれないだろ」
「……そうッスかね?」
「俺はそうかな、と思った。
それに村長たちはお前に感謝してるみたいだったし、わざわざ俺が出る必要もないだろ?」
「それはそうかもしれないッスけど……」
「後は、悪ノリ。ああ、違った。悪ノリッス、師匠」
「もうっ!」
フグみたいに膨れたハルルを横目に、俺は椅子に腰かけ笑う。
「それに、俺はあんまり素性を問われたくも無いしな」
「はぁ……分かったッス。じゃぁしばらく、師匠のことを、えーっと、何て呼びましょう」
「そりゃ。まぁ、師匠なんだし、呼び捨てでいいんじゃないか?」
ハルルは少し躊躇った顔をした。
少しもじもじっとしてから、はにかんだ笑顔を浮かべる。
「じ、ジン……さん」
ちょっと。
破壊力があった。
恥じらいのある笑顔で名前を呼ばれるって、初めてのことだった。
急に、ドキドキしてしまった。
「……えーっと、師匠? どうしました?」
「いや。あれだな。うん。あれだった。あれだよ」
「?」
「いや。とりあえず……そのジンさん呼びで」
「はいッス! じ、ジンさん。えへへ、なんか照れるッスね」
「そうだな。俺もまだ慣れないよ。師匠」
顔を合わせて、俺たちは笑い合った。




