【08】外道が……!【09】
◆ ◆ ◆
「空振りか。思うようにいかないものだな」
季節は真夏だが、吐く息は白くなる。
王国領土最北部の『雪禍嶺』という地域は、隣接する常雪国の影響で季節を問わず雪が降る。
そんな『雪禍嶺』にある古代遺跡の中で椅子に座り『会話』をしていた。
会話の相手は、赤い石の耳飾り。──これを通して本部と通話をしていた。
その耳飾りは、王国最新技術で作られた小型の耳飾通話機である。
量産が難しい貴重品だ。今はごく少数の軍関係の勇者にしか渡っていない。
今回、ルキとジンに一つずつ渡す時にも、絶対に無くさないように、と真剣な顔でナズクルは渡していた。
また、この『通話機』は、子機である耳飾から親機への通話しか出来ない。
子機同士の連絡はまだ調整中であり、不便さが残る道具となっている。
『ナズクル参謀長。そちらはどうでしょうか』
「同じく空振りだったよ」
『今回の作戦、大丈夫なのですか?』
部下の発言に、ナズクルは苛立ちを顔に浮かべる。
しかしながら、部下の発言の意図も分からなくもない。
「流石に情報が少なかったな。第二段階の包囲作戦を始めよう」
元より今回の作戦は、正面衝突が目的ではない。
無論、運良く正面衝突になった時の為に、ナズクルはライヴェルグとルキを招集した訳だ。
まず、国境沿いにある廃村や離島で要塞化されたら厄介な場所を偵察。
偵察を終えた場所には勇者を送り込み、拠点にしていく。
こうしていけば、徐々に魔王を炙り出せる。というのが今回のナズクルの描いた絵図だ。
「十年前みたいに魔王城に籠ってくれれば簡単だったのだがね」
『そうですね』
「では、勇者たちの到着を待つとする。よろしく頼む」
『はい。了解致しました』
通話が切れた。
さて、と呟いたナズクルは石の椅子から立ち上がる。
「二匹だけ生かしたのは、情報を吐かせる為だ。
こう見えて私は、平和主義者で、正直者だよ。だから拷問は苦手でね。
誤ってすぐに殺してしまうから、二匹残した」
血塗れの石畳の部屋。十数程ある遺体の全ては、胴体が人間で頭が牛。
獣魔族と呼ばれる魔族で、彼らは北部の方に住む牛頭魔族。
それが住み着いていたのだ。
「安心しろ。質問はたった二問だ。回答次第では増えるかもしれない。
だが、その数回の質疑応答を真実で回答してくれれば見逃してやる」
『ホ、本当カ?』
「ああ。もちろんだとも。殺戮するメリットも無い。
無論、情報を吐かなければ、明日の市場で精肉として並べざるを得ないがね」
牛頭魔の二匹は顔を見合わせる。
『知ッテイルコトナラ、話ス』
ナズクルはポケットから折り畳んだ手配書を取り出し、開いて床に投げる。
「その手配書の狼と少女と黒い男。誰でもいいが、そいつらは来ていないか?」
『……来テイナイ。ソレニ、見タコトモ無イ』
シュッ。と肉に鋭利な針が刺さったような音がした。
牛頭魔が、黒い目で自分の足を見ると、足から血が出ている。
ナズクルは眉一つ動かさず、小銃で牛頭魔を撃っていた。
『ッァア!』
『兄上ッッ!』
「兄弟だったのか。どうでもいいか。次に嘘を吐いたら、もう片脚を撃つ」
『嘘!? 嘘ナンテ、ツイテナイッ!』
『本当ニ知ラナイ!』
「そうか。本当に知らないみたいだな」
ナズクルは銃を下ろす。
『カ、確認ノ為ダケニ、兄上ヲ撃ッタノカッ、貴様ッ!』
「ん。いかにもそうだ。
残念ながら嘘を見破るような魔法や術技を持っていなくてね。
怪しいと思ったらすぐ撃つようにしている」
そう言いながら、発砲音がほぼしない銃の引き金を引き、牛頭魔の弟の肩も撃ち抜く。
『グァッ!?』
「だから二匹残したと言ったろ。拷問は苦手なんだ」
ナズクルは左手のポケットから銃弾を取り出し、優雅に弾倉に銃に込める。
隙だらけの行動だが、牛頭魔は攻撃しようとはしなかった。
それをナズクルは横目で確かめる。
「では最後に。お前たちは、十年前、魔王と共に戦ったことがあるか?」
『無イ』『ソノ、頃ハ……マダ我々ハ幼生デアッタ』
そうか。とナズクルは呟く。
「約束は守ろう。もう聞きたいことは無くなった。
また、ここは王国領だ。魔族は早く西北諸島へ帰れ」
『……アソコハ、我々ノ住処デハ無イ』
「だとしても。今の法律では、その土地だけが、魔族の住むことが許された唯一の土地だ」
ナズクルが出口へ歩き出したその背を見て、牛頭魔の二匹は痛みを堪えながらも、安堵したような目つきをした。
階段を上ろうとした、その手前で、ナズクルはピクリと反応し、止まる。
降りてきた時は気づかなかった横道に、それはあった。
靴だ。それも、とても小さい靴。
「この靴は、なんだ」
拾い上げる。ナズクルの掌に収まってしまう程の小ささ。
『ソ、ソレハ』『ソノ』
二匹はたじろぐ。ナズクルは靴を置き、拳を握りしめた。
「殺したのか。幼子までも」
『チ、チガウ。ソレハ、仲間ノ一部ガ』
「外道が……!」
明確な殺意を向けられ、二匹は慄きながらも、臨戦態勢を取る。
このまま殺されるくらいなら。
そう思い、刃こぼれした剣を二人が握った。
その時。
カランッ! と音が鳴り、剣が落ちる。
『兄上!?』
『……コ、コレハ、ナンダ。サ、寒イ。ツ、冷タイ』
急に、震えだす牛頭魔の兄を見て、弟は慌てた。
『寒イッテ、ソンナ……』
兄の体に触るが、通常の温度だ。寧ろ温かい。
何かの魔法を食らったのか、と身構える弟の牛頭魔。
『アアッ、足ガッ! 凍ッテイル! ツ、冷タイッ!』
『兄上! 足ハ、凍ッテナンカ無イ!』
牛頭魔の兄は足を押さえて床に転がっている。
凍ってなんかは居ない。
「【偽感】」
ナズクルが自分の術技を呟いて銃を撃ってくる。
『貴様ッ、兄上ニ何ヲシタ!』
弾丸を食らいながら、牛頭魔は後ろによろけて叫ぶ。
「外道に答える義理などない!」
ナズクルの持つ発砲音の無い銃が、床に転がって凍える牛頭魔の眉間を撃ち抜いた。
『ア、兄上ーッ!! 貴様!! ヨクモ!』
剣を構える。銃相手に剣などでは間合いの差がありすぎる。
震えながらも、牛頭魔はナズクルに走り寄る。
剣が、地面に落ちた。
牛頭魔は剣を握っていられなかった。
『ア、熱イ。ナンダ、コレ。ナンデコンナニ、汗ガ』
呼吸を荒くし汗だくになった牛頭魔は仰向けに倒れる。
「偽薬効果。
病気の患者に、有効成分が含まれていない薬を『効き目がある』と称して投与する。
すると、暗示なのか自己治癒力なのか、病気の症状が改善することがある」
ナズクルは淡々と呟きながら、歩み寄る。
「まぁ──今から死にゆく魔物に詳しく語る必要は無いだろう」
銃声は、殆ど聞こえない。
代わりに牛頭魔の頭から血が溢れた。




