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【27】光だけが五月蠅く光るこの世界【36】


 ◆ ◆ ◆


 出会いは、星が落ちてきそうな程の夜でした。

 

 凍てつく空気と、冷たい雪。石の壁に背中を預けた私。


 どこにでもいる、どこにでもある、悲劇の話です。


 私は売りとばされた。本当に、今でもよくある話です。


 その冬は、越えられない程に強い寒さで、家族の誰かを売るしかなかったんでしょう。


 普通なら、娼婦にしやすい年齢の子を売るんですよ。

 5歳の子を売るのは珍しい行為でしょう。

 でも、私からすれば……珍しい行為でしたが不思議な行為ではありませんでした。


 買った奴隷商人なのか、女衒商人なのかは分かりません。

 ですが、その人は気付いた時に私をすぐに捨てました。


 育てる意味が無いと気付いたのでしょう。

 雪が降り始めたその町の中で、私は猫のように捨てられました。

 何か言っていたと口元の動きで分かったが、何を言っていたかは分かりません。

 私は──物理的に、分からないのです。


 

 私は耳が聞こえないから。



 私は生まれつき聞こえなかった訳じゃないです。

 数か月前。馬車の事故に巻き込まれて、生死をさまよったんです。

 そして、意識を取り戻した後、私は何も聞こえなくなっていました。



 世界は変わっていないのに、音だけがぽかんと抜け落ちた世界。



 風も、光も、姉たちや家族もいるのに、音だけが足りない世界。

 それを、私は家の中から見るだけ。

 馬鈴薯のように、形が悪いからと暗がりに弾かれました。


 私は。光だけが五月蠅く光るこの世界に、一人だけ、落っことされてました。

 

 星と、雪の、闇の中。

 冷たさを感じなくなってきて、吐く息も変わらなくなって。


 頬に、温かい温度を感じた。


 それは、男の人。

 金紗の髪の──盲目の男性。



 ──その人は、私を運びました。

 


 今思い返せば、丁度いい実験体だったんだと思います。

 けど、その時は感謝しかしていなかったし、今でもそう。ただの実験体でも嬉しいです。


 そして、私は、目が覚めました。


『や。おはよ。人形みたいな女の子』

 柔らかい、陽だまりのような彼の声に、目を覚ましたのです。


 耳が、聞こえるようになっていました。


 それで、わんわん泣いたのを覚えてます。

 後に聞いて分かりますが、彼は目が見えない中でも糸を利用して場所を把握して処置する練習をしていたそうです。

 非人道的? そうかもしれませんが、結果、私は救われたんです。


 私にとっては──恋様は正義の味方。

 憧れる人になったんです。


『──恋様。恋様は何故、恋と自らを呼ぶのですか?』


 ある日、私はそんなことを聞きました。

 恋様は嫌な顔を一つもせず微笑んで、頷いて教えてくれました。


『好きな格言があってね』

『格言?』

『ああ。魔族は恋と戦争において手段を選ばない、そんな格言さ。

故に、自らに『恋』と名前を付けた訳だ。──今後、手段を一切選ばないつもりだからさ』

『……でしたら私も』

『うん?』

『戦争、と名乗りたいです!』

『……それは語感が悪いな。……なら』


 ソウ、と言われたらどうしようと思いました。

 ソウは、私の本当の名前に入ってる言葉ですから、それを思い出したくない。

 私を売った親が付けた名など、消してしまいたいから。

 でも、恋様が付けてくださった名前なら、私は──


『……。いくさ。イクサが良いな。呼びやすいし、どこか豪奢だ。イクサ。どうだろう』


 『恋』という名を名乗る彼はそう笑った。


『ありがとうございます、恋様! 私は今日から、イクサです!』


 その日から私は──イクサになったのです。


『……そんなに懐いても、この恋はいつかキミを殺す為に育ててる。分かっているかい?』

『はい。勿論ですよ。分かってます』


 それでいいんです。

 貴方の傍に居られるなら。


『道具のように扱うんだよ。これからずっと』

『そうしてください。私は、恋様の道具でいられることが何よりの幸せです』


 貴方が、そうやって他人を道具だ、と口に出して言っているのは。

 きっと他人に裏切られて、傷ついたからですよね。

 分かっています。


 私を、死にそうな子を助ける、優しい貴方が、震えながらお前は道具だ、って言うんですから。

 根が真面目な、悪の人なんですよね。


 道具はいい、って言ってましたよね。

 ぽそっと。一度だけ貴方が口を滑らせた言葉。


 道具は、決して裏切らない。


 それが、貴方が求めてることだと、私は気付いたんです。

 だから、私は道具。ずっと、貴方を裏切らないです。


 ──忠義が過ぎる。そう新参の子に言われたことがあります。


 たしかに、そうなのかもしれませんね。

 私に降りかかった、どこにでもいる、どこにでもある、悲劇。

 それで芽生えたのは、安っぽい、子供っぽい、そんな恋心。


 でもですよ。

 死の淵に落とされて、手を取ってくれたこと。

 それが、どれほど、嬉しかったか。

 私はその時、生まれて初めて、……光を感じたんです。


 温かい光。これが、愛なんだと。光を受けたんです。


 稚拙な恋心と笑ってくださってもいいです。


 ただ。世界の偉い人や、凄い勇者サマから見て、どれほど稚拙で、どれほど矮小であったとしても。

 この胸にある、この恋は──私の、イクサの最も大切な気持ちなのです。


 だから。


 何を捨てでも。

 恋様にだけは──。


 ◆ ◆ ◆



「恋様っ、今ですッ!」



 ──その構図は、あの日に近い構図。


 あの日というのは、《雷の翼》に関わった誰もが後悔して、消えない傷を抱えたあの日。




「今ならっ! 私ごとッ! 私ごとこの人を」




 ライヴェルグが、サシャラごと魔王を討伐した、あの日。のような。




 ハルルの右腕にしがみ付いたイクサ。

 イクサの背に仕掛けた罠は──爆発の魔法を付与した糸で、爆発すれば鉄糸が飛散し周囲をズタズタに裂くだろう。

 何も難しいことはない。

 ライターに火を点ける程度の気軽さで、この勝負を逆転できる。


 それを──理解した上で。



「恋様ッ」



「──イクサ」



 恋は、彼女の名前を呟いて目を伏せた。

 深く息を吐いた。


「……イクサ。もういい。……もう、いいよ」


 そして、緩やかに、崩れるようにその場に座り込んだ。




「……この恋は、ライヴェルグと違う。

……ライヴェルグと同じことなど……したく、ない」





◆ ◆ ◆

次回投稿は 11月19日 を予定しております。

本日は投稿が遅くなりすみませんでした……。

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