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【27】勇者サマ VS 恋【34】


 ◆ ◆ ◆



 あれは戦闘に没頭している時だ。

 自分を、まるで上空から俯瞰して見ているような、そんな感覚があった。


 なんだったんだろう、あれは。


 その感覚は魔王討伐の最中も何度もあった。

 背後から来る攻撃も、敵の隠し持った武器も、何もかも見透かせるような感覚。


 超能力! と思ったが、そういう訳じゃない、と冷静に考え直した。


 この──体感は、なんだろうか。


『──師匠に聞けばいいだろうに』

『聞けるんなら聞きますけどね! 今は別行動中ですからナズクル先輩は代用品です!』

『……はぁ』

 溜め息交じりのナズクル先輩は焚火に薪を投げて足した。

 ナズクル先輩が野営で入れる珈琲は何故か美味しい。

 鼻を擽る珈琲らしい重い香りに、飲んだ後に感じるずっしりとした味わい。

 これは貴族街でも出てこないような上質さだった。

 珈琲に拘りがあるとは聞いていたけど、この爽やかな苦みが本当に最高で、今日一日、この山の中を駆けずり回ったことなんて忘れられるくらいだった。


『視野と空間把握能力が合わさった、空間認識、だろうか』


 ふとナズクル先輩が答えてくれた。


『え、認識?』

『空間把握能力と視野の広さが武器だと、隊長からは聞いていた』

『ああ、うん。言ってた言ってた』

『多分だが。……お前は、広い視野で辺りを見回して記憶した。

そして戦いの最中、敵の配置や攻撃を頭の中で再現していた。

そうだな、小さなジオラマでも頭の中に作ったかのように』


『──あ』

 頭の中に、ジオラマを作る。その言葉が本当に、自分の心にすとんと落ちた。

 納得という言葉以外に相応しい言葉が無い。それくらいの納得。


『良い目と、良い頭。両方あるから出来る曲芸みたいな技だな』

『曲芸って。言い方悪いなあ』

『……この森林での戦い。お前のその能力を使えば突破口になるかもしれんな』

『そうなんです?』

『ああ。──空から見るようなその目があれば』



 その日から──空から見る目。俯瞰してみるこの力。



 その日からだ。

 蒼い目だからという理由で付いていた『蒼穹の目』という異名が、この僕の誇りになった。

 天高い穹から見下ろし、認識するこの力。


 敵の弓矢も当たらず、多人数相手に後れを取らない。

 罠も回避し、敵の戦略も見破る慧眼。



 通常の視点(FPS)ではなく、神の視点(TPS)



 僕は──いや、()()()()、この目に、絶対の自信がある。


 だから。



 ◆ ◆ ◆


「──水棲似蜥蜴(イモリ)という爬虫類がいる。

イモリには高い再生力があるのを知っているかな?」


 ──恋の斬られた左目から、ぽろっと、何かが零れていく。

 液体ではない。個体だ。


「四肢や尾は勿論、目も脊髄も、なんなら心臓だって一部程度なら再生する。

失われた場所の周辺にある細胞が傷つく前の形を記憶していて、同じように再生修復するメカニズム。

リプログラムというが、まぁ難しい話は理解できないだろうか置いておこう」


 ぽろぽろと落ちていくそれは、涙ではなく──鱗だ。


「傷ついた細胞をこうやって捨てることで、目は完治する。

まぁ目周りにしか再現出来てないから体の傷は完治出来ないんだがね」


「……言わないッスよ」

「え?」




「その知識が目から鱗……とか言わないッス」




「……」

「……」

『ハルル。滑ったぞ』


「……」

『……おい、なんかあの男もギャグになってると気付いてなかったのか恥ずかしがってるじゃないか』


 こほん、と少し顔を赤らめた恋は咳払いした。


「しかしまぁその聖剣。──強制必中や……相手に能力低下(デバフ)を掛ける力じゃなくて……本当に良かった。

いや、勇者サマ的には……そうしなかったのが()()()()()()()、かな?」


『間を取り持ってくれたぞ。感謝しとけ』


(もういいッスッ!!!)

「ぬゥっん!」


 ハルルが勢いよくその大剣を振り下ろす。

 だがそれは──恋を掠めることもない。


「目が見えなくなってから、この鉄の糸ばかり使っていたから自分でもこの戦い方を忘れていた。

いや、自由に使えなくなっていた、というのが厳密だな」


 ハルルの剣速は決して遅くない。

 並の勇者を越えた速度でこそある。恋はその速度を冷静に分析していた。


「……流石っ、回避前衛っ!」

「はは、超懐かしい言葉だね。──これに関してはちゃんと礼を言おうか。

キミのおかげであの頃の戦闘を思い出せたよ」


(っ! 恋さんの踏み込みが深いっ! カウンターで突っ込んでくるッスッ!!)


「花天絶景──!」

『あーあ、お主、その選択は愚かぞ。まぁ鎧もあるし──受けてから学ぶのじゃ』

(え!?)




 ──キィンッ。と甲高い音が響いた。




 左肩が揺れ、目が回ったような感覚にハルルは一瞬囚われた。

 すぐに足を地面に付け直す。


(今のはっ……時間をゆっくり見る筈の絶景が)

『ハルルよ。絶景も万能ではないと、師匠から教わっとらんのか? 時を緩やかに見る目は集中の力。

あの者は、お主が集中に入るよりコンマ数秒だけ早く加速し、絶景が発動する前に斬撃を入れたのじゃ』

(!?)


『まぁ、ただの非常人速度(バカッぱやい)攻撃じゃ。何度も出来る芸当じゃあない』


(っ、そうッスね! 隼剣(しゅんけん)のアレクスッ! そんな名もあったッスね!)

『そうじゃよ。ほれ、奴は、何度でも出来るぞ、という顔をしておる。

お前を威圧しておるんじゃろうな。実際はもう数分は体力的に出来んじゃろうが。

これが、()()()()()掛け、という奴じゃな』


()()()()()()、ッスね)


『……。あー……忘れとった、聖剣は後10秒で使用制限になって次に使えるのは千五百年後じゃ』

(すみませんしたっ!! でも間違いは指摘しないとっ!)

『営業終了じゃ』

(ひぃん!)



「……一人で何をにやにやしているのか。思い出し笑い? 趣味は悪いよ、それ」



「あ、いえ。その、お気になさらずッス! というか思い出し笑いは悪い趣味じゃないッス!」

「まぁ──なんでもいいがね」


 恋は直進する。銀の剣を輝かせた。

 構えは平。両手で持って、剣を横に向ける薙ぎ払いの構え。


『──ふむ。困ったのう。ハルル。助言してやろうか?』

(いえ。突破口は見えてるッスから、大丈夫ッス)

『ほう』

 聖剣の霊たる痴女(彼女)の声は、少し喜んでいるような声だった。

 過信も慢心でもなく、ハルルは勝つ糸口を掴んでいた。

 それに満足していた声だった。



 ◇ ◇ ◇



 長さの変化も無い。防御の厚さも常識の範囲内。

 つまり、ただの火力特化の剣。

 きっとギミックはある。あの剣身に刻まれた、アンマッチな現代的模様。

 間違いなく、爆機槍(ボンバルディア)の爆発が再現されている。


 必殺技がある。

 文字通りの、直撃したら戦闘不能になる大技。


 だが、それだけだ。

 ハルル。キミはそれを当てる為の工夫をやり切れなかったようだ。


 ……一つ、気になる点があった。

 さっき、反撃をしようとした。

 ……カウンター技。何か、まだ剣にギミックを仕掛けているのかもしれないな。


 だが、それならば。

 もうキミに見るべき点は一つもない。その反撃のギミックを喰らう気にはならない。


 しかしながら、万が一にもそんな攻撃を当てられたくもない。 


 故に。


「──行くぞ、勇者サマ。見たがってた大技さ」

「っ!」



 確実に倒す。

 この恋の言う確実は──。



穹天絶景(きゅうてんぜっけい)



 世界を、上から見るようだ。

 正々堂々、正面から向かう。

 王国剣術(けんどう)の、構え。悔しいが、お師匠様(あのひと)に教わった技が最も──。



「──銀隼の如き風(ベンダバル・アルコン)



 連撃。

 猛烈な、連撃だ。

 だが、ハルルは──喰らい付いてくる。

 

 斬撃に、速度に。

 順応力か。


 相手の技を理解して、対応していく力。


 斬撃を受けながら、まだまだ加速する。

 この恋の絶景に、ここまで付いてこれるか。


 これは、なるほど、磨けば恐ろしいな。


 才能……ではないな。才能は圧倒的にこの恋の方が上だ。

 ただの努力。執念の凡才。

 ふん。煽っている訳じゃない。ただ、知っている。



「花天絶景──ッ!」



 戦場ではこういう凡才が最も恐ろしい。

 努力を積む敵。それが、一番の難敵だ。


 だからこそ。



「花火ッ!」



 剣が爆発した。

 目晦ましと加速か。まぁ、何か来ると思っていた。


 王道な戦いだとじり貧になる。

 どっちが勝つか、五分だろう。


 そう、分かっていた。()()()()()



「弱点は、そう変わらない──なぁ、()()()()




 糸を手繰る──手元に、持ってくる。




「親切な勇者サマ。キミを倒す為に最も有効なのは──この、悪党の古典技(お約束)だろ」




 イクサを人質の──()()()()にする。

 ハルルの性質上、絶対に攻撃できなくなる。

 それが、キミの──







 『ぶしゅ』っと、溢れた血飛沫。







 ──弱点……。え。


 胴に、大きな傷。

 溢れ出る、大量の血。


 獣の目。いや、ハルルの、まっすぐに向いた──目。


 まさか。

 そんな、勇者のクセに、人質ごと……。

 いや。




「──恋さん。船の上で、貴方に人質を取られた時、私、何もできなかったの悔しかったんスよ。

超悔しかった。……多分スけど、貴方が思ってる何倍も何十倍も悔しがってたんス」




「恋様……何が」

 イクサ……?

 なんで、……何故だ。

 何故、()()()()()()……!?


 間違いなく、剣の軌道に、イクサを盾にした。


 そうだ。見た。

 ……あの時。間違いなく、聖剣はイクサごと斬った。


 

「だから私が最初に考えた力は──人質を取られた時にも有効な力ッス」



「……っ」

 人質を取られた時にも有効な力……?




「テンプス=フギト、天剣(アリア)。これは私が斬りたい物だけを斬る剣ッス。

故に名前は空気(アリア)なんス。斬りたくない物をこの剣身は斬らずに透過するんス!」




 斬りたい物だけを斬る剣、だと。


「っ、なん、だ、そのッ! クソズルチートはッ!!」


 糸を飛ばす。銀の糸を、四方八方へ。

 それも、まるで雪でも払うような簡単さで。



「もう止めた方が良いッスよ。今の一撃は、もう致命傷ッスから」



 銀の糸を斬り裂いて、ハルルは立っていた。

 その顔に──その顔に。

 本気の、この僕への、心配、を……浮かべていた。

 




◆ ◆ ◆

次回投稿は 11月13日 とさせていただきます。

間隔が開いて、本当にすみません……。

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