【27】弟子 VS 弟子【33】
◆ ◆ ◆
始まりは、ただの遊びだった。
純粋な心の、純粋な遊び。
『では、今日から隊長のことは師匠って呼ぶことにしますよ!』
兄でもない相手を兄と呼ぶような、気心を知れた関係だから出来る、そういう遊びの話だった。
でも、少しずつ。本物の技術を与えられて。
本当の弟子になれた。そんな気がした。
◆ ◆ ◆
始まりは、ただの憧れでした。
純粋な気持ちのストーカー。もとい……あの人なら生きていると、勝手に信頼してたんス。
『師匠! 今日もよろしくお願いするッス!』
呼ぶ度に困ったような顔をしていて、でもどこか懐かしんでくれていたのは伝わってたッス。
だから、少しずつ。学んでいく度に私は。
本当の弟子になれた。そんな気がしたッス。
◆ ◆ ◆
朝の陽ざしのように、柔らかく美しい白い剣身。
刃毀れもない剣身。よく目を凝らせばその刀身が半透明なのが分かる。
その両刃を支える柄も鍔も石で出来ている。
凡そ、まともな剣に見えないが──不思議と見た者を納得させる存在感があった。
奇妙な引力。名も知らない深い湖を覗き込んだ時のような、美しいが落ちたら間違いなく助からない、そう思った時に心臓の底がふっと浮く、そんな感覚。
「テンプス=フギト、だと……! それはッ! 本物の……!!」
「ええ。聖剣……『明日に向かう』ッス」
──そう言ってハルルは剣を、両手で握る。
聖剣 テンプス=フギト。
その剣に備わった神話級の能力の一つが──【二倍】。
使用者の能力を二倍にするのだ。
ただ、その二倍とは──攻撃力3000を倍にして6000という物ではない。
生命を二倍にする。
もう一つ余剰に生命を作り、保管しておいてくれるのだ。
つまり、心臓が止まったとしても、一度だけなら用意されたもう一つの心臓が動き出す。
左腕が吹っ飛んでも一度だけ、左腕を元に戻せる。
──……目を失った者が持ったのなら、光を簡単に取り戻せたのだろう。
その聖剣を睨みつけて、恋は目を見開いた。
そして、誰が見ても明らかな程に狼狽えた。
いや、ただ狼狽えたのではない。噴出していた。あらゆる感情が。
「それは……ッ! その剣は!
なんで……なんでハルルなんだッ……同じ、師匠の……同じッ」
「?」
「この、僕を──認めなかった、クセにッ」
歯を剥き出し、目玉が零れそうな程に見開いた。
それは。
あの恋が──目を失って心まで失ったあの男、アレクスがこの聖剣を抜いていたら。
ハルルが不意にその思考を過らせた時、声がした。
『顔は好みだったがのう。──妾を使ったらきっと心を更に歪めていた。すまないとは思うたよ』
煙が棚引く。それは、ハルルの目にだけ映る幻影のような存在。
共に聖剣を握ってくれている。それは、テンプス=フギト本人。
曰く、聖剣の中に住まう幽霊のような、剣本体という、ややこしい存在。
『ややこしいは余計じゃ。おっとハルルはそんなこと思ってなかったのう』
(えっと??)
『まぁよいのじゃ。──ハルル。使用指南じゃ。
お主の思い描く最良の剣を思い浮かべるのじゃ。どんな姿でも、どんな能力でも。妾が作り出してやろう』
(ど、どんな能力でもオッケーなんスか!?)
『そうじゃ。神話級の超絶武器じゃからな』
(所々に若干年齢を感じるような……)
『あーなんか今日はもう眠くなってきたのう! 聖剣は帰って能力発動やめようかのう!!』
(すみませんしたッ!!!)
『まったくお主ら師弟だけじゃぞ?? 妾の年齢を二万歳越えと弄りおる者らは……っと。
ハルル。はよう構え。上と、この気配は下からも来るぞ。有曲癖な技じゃのう』
(!!)
「ハルルッ!!」
恋は彼女の名を叫ぶように呼んだ。
飛び交う糸を斬り裂いて、ハルルは恋を見据える。
「僕はッ!!」
◆ ◆ ◆
その背をいつも見ていた。
自分よりも先に居る彼の背。
越えたい。
あの背を越えたい。
もっと強くなればその背を追い越せるだろうか。
野心と呼ぶものだと言うか? いいや、少し違うだろう。
誰でも、思うんじゃないか?
友人でも、パーティの仲間でも、誰だっているだろう。
目標とする人。
越えたいと。
認めさせたいと。
振り向いて欲しい。
そう思う人が。
◆ ◆ ◆
その背をいつも見ていました。
自分よりも先に居る彼の背。
そこから、何が見えるんだろう。
その場所に行きたい。
もっと強くなったらその隣に立つことが出来るんスかね。
恋心と呼ぶのは、その時は違ったかもしれませんス。
誰でも、思うじゃないッスかね?
友達でも、パーティの仲間でも、どこにでもいると思うんス。
目標とする人。
肩を並べたいと。
胸を張って笑っていたいと。
隣に立ってみたい。
そう思う人が。
◆ ◆ ◆
──二人のそう思う人が、ライヴェルグという人だった。
何も、間違っていない筈の想い。
その筈なのに──出来た物は、歪な絵組解。
違っていたことはあまりない。
きっと悪かったのは、その枠組みだけ。
時代という枠組み。
戦争をしていなければ。殺し合いをしていなければ。
パズルのピースが、歪むことなど無かった筈なのに。
◆ ◆ ◆
鋼鉄の糸は苛烈に舞った。
感情のままに振る糸は熱を帯びて、壁を斬り裂きハルルを攻める。
ハルルはその糸を斬り裂き、あるいは振りほどいて縦横無尽に駆け回った。
聖剣の切れ味は鋭く、先ほどまで切れなかった束なった鋼鉄の糸すら斬り裂ける。
しかしながら──ハルルは焦っていた。
『いいから理想の剣を答えるのじゃこの阿呆ッ!!』
(えっとッ! えっとお! えっとーー!!!!)
焦っていた。
いや、焦らされていた。
『蝸牛の歩みが如き思考の遅さよッ!
否ことか! もしや蝸牛の方が思考が早いかもしれぬぞッ!
歩みは遅くともお主より十億回転早かったかもしれぬなッ!』
(ひぃんっ!)
『最初に浮かべたそれでよいであろうッ! 欲をかき過ぎじゃッ!
最初に言うたであろうっ! 持てる能力は一つか二つじゃ!』
(うぅう! 決まらないんスよっ! どれがいいッスかぁあ!
理想の剣なんスから、能力いっぱいで良いじゃないスかぁああ)
『まぁ別に出来なくはないが、歴代の勇者は一つか二つじゃし。
というかいっぱい能力が付いていると流石に妾も疲れるというか……。
というかお主はどれほどまで無数の剣の案を持っておるのじゃ……!』
(えへへ。昔からずっとこんな剣いいなぁと妄想していたので)
『まぁ……そうじゃな。男子なら誰もがそうじゃろうな』
(女ッスけど)
『分かっとるわ。ほれ、はよ決めねば次が来るぞっ! 妾の力でも防ぐのはいい加減に』
(でも、私がやりたい力はっ! こんな感じで更にこれで、こうでこうして)
『じゃからそんな能力を乗せたりしたら──ッ! ハルル』
「でもこの能力は外せな──ッ!?」
ハルルの胴に拳のような糸が命中した。
偶然だった。剣の腹の下を縫うような一撃をハルルは見落としたのだ。
「はは! 聖剣があってもその程度か! ならば好機!」
「っ!」
バランスを崩したハルルの腕に糸が絡みつく。
熱を持ち始めた。間違いなく糸が爆発する。
(っぅうう! 決まらないッス! 私の私だけの聖剣ッ!
能力を妥協するくらいなら、このまま腕が無くなっても考え続け──)
『わ、分かったッ!! もう良いっ! 分かったッ!
なんという戦闘狂にして頑固者かッ!! 筋金が入り過ぎておるわ!! 本気過ぎる娘っ子め!!
もうよいッ! 効果は全部乗せで良いッ!!!』
(マジッスか!! じゃぁ──)
『じゃから早くッ!』
腕の糸が赤白く発行する。
「狂熱宴糸・不意爆」
白い爆炎。
その炎を見て──恋は奥歯を強く噛む。
本来の炎の色ではない。
炎は、炎に掻き消された。
「明日に向かう剣──!」
聖剣はその者の望む姿、力を与える。
それが聖剣が聖剣たる所以。──どのような力であっても与える。
最初に見えたのは、鎧だった。
爆炎の中で傷一つない白い鎧だ。
ただ、胴体は鎧がない。
あるのは両足と両腕だけ。
右腕だけは赤い鎧──それはフギトの能力ではなく元から持っていた鎧だろう。
そして、手に持った剣は──その身に余る程、大きすぎる大剣。
「天剣」
真白の剣身。長さは3メートルはあろうか。
途方もない。本来なら振り回せないであろうレベルの巨大な剣。
(ばッ。馬鹿か。あの質量の剣なら重すぎて身動きなど──)
恋がそんなことを思った瞬間、ハルルは──ニッと笑った気がした。
「っ」
飛んでいた。
まるで、天使──あるいは、命を刈り取る白い死神。
鈍重極まる筈の剣は──まるで小太刀のような軽やかさで振り下ろされる。
足元の大理石が叩き割れる。
(な、なんという破壊力ッ。いや当然か、あの質量だッ。冷静に対処すれば避けられ──)
大理石を救い上げるように軽やかに剣が上を向く。
まるで重さが無いかのように。
「はあッ!?」
「てえええやあああ!」
鉄糸の防御は間に合わなかった。
斬、一文字。右腰から左胴に掛けて、斬り裂かれた。
恋は壁に叩きつけられる。
壁の瓦礫と共に、恋は地面に転がった。
『流石に雑魚ではないのう。──後ろに飛んで傷を最小限にしたぞ』
(みたいッスね。ただ、浅い傷という訳ではないッスよね)
『そうじゃな。だが、まだ起き上がれるじゃろう。……流石、元勇者じゃな』
瓦礫を押し退ける。
そして、恋は立ち上がった。
「──重さを。いや、自分に掛かる身体的負荷をゼロにしているな」
「おお。流石、分かるんスね」
「ああ……巨大な剣の質量はそのままだった、からな。
ただ軽くて巨大な剣ではなく……自分だけが軽い剣」
物理法則、一切無視。
ハルルが望んだこの大剣。
長さは380センチ、質量30キロ。
鍛えに鍛えた兵士が使う両手持ちの大剣は最大でも190センチの質量3キロ。
──ハルルのこの大剣は、本来なら振り回すことなど不可能である。
だが、この聖剣──ハルルにだけは重さを感じさせない。
ハルルにとっては、質量が0。しかし振り下ろした時、現実には質量30キロの斬撃となる。
それは最早、ただの振り下ろしで城壁くらいなら簡単に砕ける、砲弾のような破壊力になる。
「はは。……その程度で、よかったよ。キミの剣。
──全然、想像の範囲内さ」
恋は笑い──腰の剣を抜く。
『気を付けろ、ハルル。あれは』
「片手剣銀鉄剣! 有する能力は銀や鉄を自在に操る力ッス!
ライヴェルグ日誌Vol.12に登場した記述を引用すると『周囲の剣を浮かして踊るように戦う浮鉄を用いた戦闘も可能』とのこと!
空間掌握『重加鉄』を使えば相手の剣の重さを倍にしたり、そもそも磁力で剣を奪ったり出来るッス!
何より!! あの武器の目玉は盾との融合ッ! 合体して斧になる!!
そしてその時に使える必殺技が、『銀郷ノ彼方・アルヴェ』!! 絶景を持ちいて相手の自由を奪ってからの超連続攻撃で敵を滅多打ちにするッス!!!」
『……』
「……」
「?」
「……まぁ、うん。そうだ。説明不要だね」
「??」
ハルルは今日も通常運転であった。
◆ ◆ ◆
次回投稿は 11月10日 です。
よろしくお願いいたします!




