【27】ハルル VS 恋 ⑥【32】
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切りが良い場所が全くなく、通常の倍近くの、
6000文字となっております。
何卒ご容赦ください。
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指含む、四肢等の切断事故の場合の緊急処置。
傷口、切断面の衛生状況の維持。そして、切断されてしまった部位の保存。
切断された部位の保存も同様。衛生状況の維持。
そして、低温での保存。
氷水等で約4℃程度の状態を保ち、可能な限り真空を保てる状態で保存。
この際、氷水に直接曝すのは禁物である。
この世界では難しいが別の世界であれば、ビニール袋などで保存。
再接着が見込める可能性は、切断後、約8時間。
その時間以内に、医療機関に行けば再接着の可能性は上がる。
そして、切断面の衛生の維持。
切断された指肢を冷やすことが社会的に広く認知されている為、切断面も冷やそうとする事例が多い。
上述にもあるが、切断面も氷水に直接曝すのは禁物行為だ。
過度な冷却行為は切断指、切断肢の細胞を破壊する危険性が高くなり再接着が難しくなる。
切断面も同様。細胞が破壊される可能性があり危険である。
清潔なガーゼや包帯等で圧迫止血し、医療機関へ行くことが必要だ。それはこの世界でも変わらない。
その切断は──恋という男が繰り出した糸による切断。それは実に磨かれた技だった。
鋭利な刃物も切れ味のよい切断は、切断面に神経も血管も骨も見ることが出来る状態。
医療行為で接合は十分に可能な範囲である。
だからといって、腕が切断された後、正常な精神状態でそれを行なえるとは限らない。
いや、一人であれば、まず間違いなく正常な精神状態を保つことは出来ないだろう。
切られた髪の毛を見た時、少しの嫌悪や寂しさを抱く人は少なくない。
自分の体にだったもの。それが失われた。
髪よりも、何十倍も重く──それが痛みを伴っているのだ。
ハルルも例外ではなく──精神的な動揺があった。
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(見ない、見ない。絶対に、見ないッス。傷を見ない、腕を見ない。腕、を)
視界に入れない。そう決めていても視界に入るのは。
生々しい程に。
本当に。
自分の。
「実感。したろう? ──戦闘ごっこじゃあない。痛みをもって、理解したかな?」
恋は、ハルルの動揺に敏感に気付いていた。
叫びも上げなかったハルルだが、それは懸命に精神を安定させようとしていただけ。
叫べば、認めることになるのだ。痛みも恐怖も──絶望も。
「自分は絶対に怪我をしないと、死なないと、どこかでありもしない幻想を抱いていただろう。
怪我をしたことが無い人間が、恐れ知らずの無謀が出来るのと同じ。
無知だから、怖くなかったんだよ」
だから、恋は静かに言葉を出す。
「怪我をしたら痛いし、失血したら誰だって死ぬ。──キミもだ」
ただそれだけでこの世界のどの魔法より凶悪な呪文になると確信していた。
そして、それは──当たり前だが的を射ていた。
ハルルは身体の熱が引いていくのを実感していた。痛みで涙が流れていたのも、止める術がなかった。
視界が暗くなるような恐怖がそこにはあった。
(勝ったな。──腕が落ちる。それは致命だ。これは流石にすぐには立ち直れる筈がない。
肉体の欠損という事実。その精神的動揺は並の人間じゃ立ち直れ──)
「っ──ふッ! ッ!」
ハルルは──自身の左腕を白銀刃で刺していた。
傷口に、ぐりぐりと抉るように。
頭の中を耳から入ったムカデが駆け回るような、想像絶する激痛があった筈だ。
それでも、ハルルは。
唇から血を噴き出しながら、耐えて立っていた。
──ハルルも恋も気付いてすらいないが、ハルルがその激痛に耐えられたのには異様な精神力の他にも偶然の奇跡があった。
それはハルルが極度の低体温状態にあったこと。白銀刃で自身の体を酷使し体温が非常に危険な水準まで低下していた。
故に腕の切断という重篤な事故にも関わらず出血量は、通常の切断事故に対して少量。
ハルルは、恋を──その目で捉えた。
「花は……不思議ッスよね」
「……あ、ぁ?」
「花は……」
『花は強いんだ。咲いた場所を問わず、何より──』
「……花弁が散っても、茎だけになっても、折れても、枯れても──花は、花。
どんな姿になろうと咲き誇る、その生存本能──生命力の、化身ス」
「何、を」
「どこでも、咲ける。命の強さ。それが、私ッス。だから──。
動けるなら、死んでない。ッス。──まだ……動ける、ッス」
血塗れで、笑う。
あり得ない姿だ。
幾ら好条件が重なって──痛覚が冷気で多少麻痺していたとしても。
圧倒的に鍛え上げられた技術で切断されたが故に不快な感覚が少ないとしても。
片腕が跳んで──尚、笑う。
その狂気に、流石の恋も一歩、後退った。
「常軌を逸してる」
「それは……こっちの、台詞、ッス」
白銀の刃が、まるで鍍金が剥がれるように静かに溶けていく。
解除しなければならない理由があった。
それが。
「……あの子は、船の上にいた、貴方のお付きの子ッスよね」
「ああ。……イクサというよ」
「……なんで」
「言っただろ。どんな攻撃を用いてでもキミとの戦いを終わらせたい、って」
ハルルは歯を食いしばる。
答え合わせに、気付いていた。
ハルルを倒す為に、恋は。
「この凍える戦場に……──転移魔法か、何かで、呼び出した、というワケッスか。
……解かないと、彼女が死ぬから」
「正解! まぁ、厳密には『念話』の魔法でイクサに転移魔法を使わせた。
この恋が転移魔法を使えば青い光でバレるだろう?
そして転移後、極寒に震えて死の寸前になったイクサをキミが見たら攻撃を解除し──」
「分かっていて、呼びつけた、んスか」
「うん?」
「イクサさんが──死に掛けの、状態だと。知っていて呼んだんスか」
「この状態? ああ──……両目、抜いた後の、この姿を言っているのか」
恋はくつくつ笑う。
その恋の視線の先。
呻き声のような震えた声を上げる少女がいる。
蹲り──ハルルから横目で見える場所。
まるで。まるで──手術中の、患者のように。
胴体は切り開かれているのか、異様な血の溢れ方。そして、その目は──。
「彼女の目を──奪って自分に、付けた、んスか」
「そうだが──キミが想像する五倍は大変な労力だよ」
「何を」
「ただの目の移植は意味がない。この恋の目は、視神経まで焼き滅んだ最悪の状態だった。
だから、まったく新しい臓器を作る必要があった」
──睨み、軋む歯。ハルルの槍を握る腕が怒りで震えた。
「その子の胎の中に、目を植え付けた。そして、生成し直したのさ。
目に代わる新しい目のような臓器をね。
人造半人を覚えているかな? あれらはね、この研究の為の試作で──」
「……悍ましい話を……嬉々として、喋るな……ッス」
「ぁあ?」
「あんたの、話しは……心の底から気持ちが悪いッス……。
目を。──光を、失くしたのは、辛いことだったと思うッス。けど、どうして、それで人を。
貴方を慕っていた、イクサさんをッ! こんなふうに出来るんスか!!」
「……」
「ティスさんも、そうッスッ! 貴方を師匠として、尊敬していたじゃないスかッ!
なのに、どうしてこんなことをッ」
「……まぁ、イクサを失うのはこの恋としても不本意だったね」
「だったら」
「仕方ないだろう」
「……」
「ライヴェルグが悪い。あいつが、この目を傷つけて見えなくしなければ、こうならなかった」
澄んだ瞳だった。
恋の瞳には悪びれた感情の一つもない。
覗き込めば心の底まで全て透き通って見えた──そう。
水底に沈んでいる本心が。きっと、本心からの言葉で──。
「だってさ。間違いなく彼が全て悪い。この運命は彼が自ら作り出したことだ。
目が見えていたら、こんなふうには」
「いいえ。……きっと、あんたは目が見えていても……関係なかったッスね」
「……ァ?」
「……あんたが、恋で、良かったッス。……あんたは、あの人の仲間じゃない。友人でも弟子でも、なんでもない」
「言葉に気を付けた方が良い。気まぐれ一つでキミをこのまま殺せるんだが」
「この子の目を奪ったのも、他人を実験台に殺しまくったのも、ティスさんを洗脳したのも。
全部、あんたッス」
「……」
「他人のせいにして被害者面するあんたは! ただの悍ましい犯罪者ッス!」
ハルルの背後から矢のような速度で糸が伸びた。
「不快だ。死ね」
「嫌ッスね」
それをハルルはしゃがんで避けた。
ハルルはそのまま転がりながら、槍の柄を構えた。
「爆機槍十──!」
そして──槍の姿は変わる。
刀身に刻まれた散る桜花の紋。
銀の刀身、黒い柄。──それは長物。
ただし、刀身は異様。半月のように曲がっている。
(奇妙な形だな。砂円月刀よりも曲がっている。
それになんだ柄は十字型……。……それに、なんだ今度は。
……鎧付きか?)
「大刀──花天偃月刀」
変化したのは槍──だけではない。
両足と胴、腰に、白銀の鎧。
背には爆機槍の排気管のような物が二本ずつ出ている。
そして、右腕は重装歩兵のような盾付きの腕甲鎧。
「鎧の名前は、穿月ッス」
「ほう」
柄に握り柄が──まるで旋棍のようだ。
そして、旋棍のように構えると──その刀の峰はハルルの鎧の肘から肩に掛けて、ぴったりと収まった。
ハマった、というべきか。
見てすぐに、それがどんな武器か、恋は理解する。
「その鎧の排気管から風を噴出して全力突進。
速度と体重全てを乗せて相手をぶった斬る為の武器か」
「ええ」
「切り札だろう」
「そうッス」
「──絶景は、練度の高い方が優先される。それはつまり」
「あんたを上回る絶景があれば──いいだけ、ってことッスよね」
──二人の視線が交差した。
「キミ──死ぬよ」
「冗談は──その顔だけにしてくださいッス」
音が消えた。
そして。
構えは──二人とも異形。
ハルルは、身を低くした──四足獣の構え。
恋は、握った両手を前に突き出した──ジャグリングする奇術師のような構え。
「花天絶景──」
「──穹天絶景」
石畳が捲れあがる。爆速の突進。
砕けた石も、立ち上がる爆風も──立体造形のように形が残る。
その停止した世界の中で、二人だけが動く。
獣のように突進したハルル。合わせて恋はその握った手の中から糸を出して操る。
絡め取る糸を用いた絶景。
速度を高めて突撃することのみを考えた絶景。
──二人は互いの横を走り抜けた。
互いが距離を取り、背中を向けたまま。
攻撃はその刹那に終わっている。
「その目玉」
「──……」
──恋の頬から、左目、そして額にかけての立て一文字。
「貰った、ッス」
「……見事だね」
血が噴き出した。
短剣を捨てて、恋は左目を押さえる。
「へへ……」
「……凄いな。力量差があると分かったからか。……だから確実に。
確実に、この恋の力を削ぐ為に……狙ったのか。
実に、見事だ。──誇ればいい」
恋は、ふぅ、と息を吐く。
「誇って、死ね。──勇者サマ」
──爆機槍は、砕け散った。
膝から、ハルルは崩れ落ちた。
血の塊を吐き、それでも倒れ切らない。
折れた柄を支えにして、まだ。
まだ。
「強かったよ。ハルル」
(まだ。──まだやるッス)
「生まれが十年違えば、キミは間違いなく《雷の翼》の一員だった」
(私は……まだ、戦えるッス。貴方を倒して、師匠の弟子は、私だと、声を)
「素直に賞賛する。だから」
(私は)
「終わりだ」
どんなに正しいことを言ったとしても。
どんなに正義を行ったとしても。
強大すぎる悪の前には言葉も意思も、無意味。
強すぎる悪には抵抗しても、痛いということがどういうことか、思い知らされて人生が終わる。
これが、この物語の終わり。
ハルルの物語の、終着地点。
これで。
世界の全てが黒い輪郭に白い線で描かれた。
これで。
完 、
『だったら、妾としてはとても詰まらぬと思うのじゃよ。
クソ世界ー! 死ねカスー! と聞くに堪えぬ罵詈の嵐が待つじゃろう。
あー、炎上というのかのう? やる気なくなったのかーとか、そういう叫びじゃ。
なぁ、人間の少女よ。お前もそう思うじゃろ──?』
白黒の世界。
──世界全てが色を失くして、完全に停止した世界。
その世界を痴女が──もとい、全裸に金色のアクセサリーだけを身に着けて局部を隠した女性が嘲るように笑いながら歩いてくる。
『お前も、割と気に入っておったのじゃが、残念じゃ。顔だけは好みだったがのう。
妾に触れるのはより美しい存在だけじゃ』
蝋人形のように固まった恋の顎を一度撫で、ハルルの前に彼女は立った。
『──こ、れは』
ハルルは口を動かさずに声を発していた。
何が起こっているのか、ハルルは理解できない。
この状況を理解できる者は、この世界に居ないだろう。
時が止まった。
金アクセサリーしか纏わない痴女が現れた。
そして痴女が、その艶めかしい白い肌を自分で撫でてからにたりと笑う。
『気まぐれじゃ』
気まぐれ? と声を出すよりも先に、痴女はハルルの頬を撫でる。
『のう。人間の少女よ。──お主のことを教えておくれ』
一瞬で。ハルルは正座した状態に変わっていた。
『え、あれ、私は』
『口も動く、良い状態じゃのう』
『あの、私』
『質問するのは妾じゃよ。人間の少女よ』
じゃらじゃらと金のアクセサリーが動き、痴女はハルルに向き直った。
白い──白い痴女。改めていうなら、まるで女仙人のようだ。
掴みどころのないその女性は、まるで玩具を買って貰ったばかりの子供のようにハルルを見ていた。
『妾はのう。暇なのじゃ。そして偶奇に気紛れで市井に降りてこのように質問をする。
だから答えてくれるかの。ただの質問じゃ』
『ええ、良いッスけど』
『お主が守りたいモノは、果たして何か』
『……守りたいモノ、スか』
『そうじゃ。愛しい恋人。師匠のライヴェルグもといジンか。それとも、この広い世界か。
仲間の絆か、それとも、憎い敵の心を守りたいか。そういう選択肢もあるかもしれんのう』
『……』
『人間の少女。お主が何か、知りたいのじゃ』
『私は……凄く、庶民ス。……高潔なことを、言えないッス。
……私の、ただの本心。根っこは──ジンさんを、愛している、という気持ちだけッス』
『なるほど。では恋人を守りたいのか』
『いえ。ジンさんは、守るとかじゃないッス。一緒に生きていたい。
だから、守る守られるの関係じゃなくて、一緒に築き上げていく関係でありたいッス』
ハルルの言葉に、痴女は頷いた。
それは、不思議と優しい間で──気付けばハルルは次の言葉を喋っていた。
『世界を守りたい、ってカッコいいことを言えたらいいんスけど、私まだ世界を全然知らないッス。
だから世界は見てみたい、っていう気持ちが強いので、守るって言葉が当てはまらなくて』
『絆も大切なんスけどね。敵も……分かり合えると良いなとは思う所もあるんスけど。
……ごめんなさいス。話、ちょっと長くなって』
『いいや。知りたいことだったのじゃ。本心は、よくわかったよ。
さて、ハルル。だったら、守りたいモノを言葉に出来るんじゃないかのう』
『そッスね! 私、欲張りみたいッス』
『──恋人と生きること。友人と一緒に過ごすこと。世界を見て回ること。
それが夢で希望ッスから、それを全て叶えたいッス』
『だから守りたいのは。……時間ッス』
『未来を』
『ああ。──良き回答じゃ。それに、なんというのか。可愛いしのう。
ふぉふぉふぉ。良い。ならば、呼ぶが良い。妾の銘を』
『え』
お主はもう、妾の名前を知っておるであろう。
「明日に──向かう」
恋が立ち止まる。
そして、目を見開いた。
「今……なんて言った」
「……名前を……言ったッス。この武器の──いえ、彼女の名前を」
その剣は──所有者の望む姿に変化する。
「あ──……っ、な……。それ、は」
二万年以上の太古の昔、嘘か本当か神が作ったとされる聖なる剣。
「……私も驚いてるッスから」
その剣に意思があり、剣が──認めた者だけが扱える剣。
剣が──勇者と認めた者だけが扱える聖剣。
「『明日に向かう』」
白い光に包まれて、ハルルはまるで雲の塊でも握るように、聖剣を両手で握った。
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次回投稿は 11月7日 を予定しております。
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