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【27】ハルル VS 恋 ③【29】


 ◆ ◆ ◆



 斜面にある石階段は、これでもかと雑に敷かれていた。



 一段登るには足を膝まで上げて登らないとならない部分と、スリ足でも上がれるような部分。

 まともに登らせる気など毛頭ないのが、その山である。


 王国の北側。常雪常暗の山岳地帯──雪禍嶺(せっかりょう)


 その連山の一つ。背こそ周辺の山々に比べれば低い方だが尖って危険な険しい山だ。

 その山には名が付いていた。


 『ケイ』。

 山を付けて『ケイ(ざん)』。あるいはマウント・ケイ──……。


 語感がとても悪い。

 そう感じるのは、誰もがそうだ。王国民も帝国民も、ひいては地域住民たる雪禍嶺の住人(鬼人族)も同じである。



 ただ『ケイ』なのだ。

 ケイでなければならない。



 ──剣術で世界の不条理を変えようとした人間が居た。

 剣一本で、竜も、魔王も、兵隊も、国も、神も、死神も、ありとあらゆるものを裂こうと決めた人間がいた。

 その開闢の祖は──当時の後継者たちも『あれは流石に頭が異常』と認める存在であり、異常奇天烈で面白いが脱線するから今回は詳細を話すのをやめておく。


 その開闢の祖である人間は、自身が勝て無い存在を『天』と呼んだ。

 そしてそれを討つことを『裂』と呼び、合わせて『天裂』の名を自身の名とした。


「──まぁ察しがいいお前なら分かってると思うが、ここが天裂流の修行場で……あ、付いてきてるか、ハルル?」



 ──これは数日前の話。



「ひぃーっ! ふぅーっ! ほぉおおお!!」



 ハルルとジンは、その山に登っていた。

「おお、ちゃんと追い付けたな。よかった」

「そりゃっ、山育ち、ッスからっ!」


「しかし、なんでさっきの掛け声には『 3 』が無かったんだ?」

「はぇ?? なん、てっ?」

「……悪い。なんでもない。忘れてくれ」


 そしてその山の頂──厳密には頂きより手前に洞窟のような穴がある。


 人が3人は休めるであろうそこに、小さな石像が一つあった。

 優しい顔の女神の石像で、瞑った瞳と祈る手を見れば誰もが慈愛を感じるだろう。


 そして、同時に──死者への祈りを想起するだろう。


「天裂流の師がここに眠ってる。まぁここに収まるっていうルールは無いんだけどな。

故郷よりこの地で眠ると希望する人間が多かったらしい。だから自然とここが墓になった」


 俺の先生もここに眠ってる。そうジンは言葉を繋げてから女神像の頭の辺りを持ってきたハンカチで撫でる。

 埃こそあったが他に大きな汚れは無い。獣は愚か虫も生息し辛い環境であり荒らされることがないようだ。


 ふと気付けばハルルもジンの隣に来て花瓶を取り出していた。


 墓参り。

 それがこの山に来た理由であった。


 これから1週間以内に浮遊城塞に乗り込む。

 その前に、どうしてもジンがこの場所に来たかった。


「──俺の先生は、母替わりでもあった、って話、したっけか」

「はい。してくださったッスよ」

「ジンカって言う人でな」

 ──そこから、ジンは少し自身の話をした。

 豪放磊落な先生は、冬生まれ(イヴェール)という名前が陰気くさいからという理由だけで極光の降る山(ライヴェルグ)に改名させたり、最後の技、絶景を身に着けさせる為にこの山で殺そうとしてきたり。

 エピソードは無限にある。そうジンは笑った。

 そして、だから、ジンカ先生から名前を貰い、ジンと名乗り出した。


「生きてるうちに、会って貰えたらよかったけどな」

 ハルルを紹介したら、きっと揶揄ってから喜んだだろう。


「そうッスね。私も、会いたかったッス」

(まぁ結果的なものはあれど、弟子が恋人だ。イコール弟子に手を出した……なんて、マジで殺されそうだな……。背景がちゃんとあるから祟らないでくれ。先生──いや、ジンカさん)


「絶景習得の山だから、ケイなんスね。絶景の『景』!」

「ああ、そうだ。……んでもって、絶景の『系譜場』でもある」

「系譜場??」

 聞きなれない言葉をハルルが聞き返すと、ジンは頷いた。

 それから女神像の頭を押さえて、壁に押すように動かした。


「女神像壊れちゃうッスよ!?」

「壊す気じゃないっての。下の、この、石扉(せっぴ)から……っと」


 引っ張り出した時、鉄鈴の音に近い高い音が幾つも響いた。

 それは──石で出来た竹簡。

 例えるなら。


「棒アイスの棒が横にいっぱい繋がってるみたいッス!!」


 ……まぁそんな感じである。

 紙の普及以前、竹に文字を書く文化がある国があった。

 そして、それと同様。石に刻み、残す文化もあった。


「絶景を学んだ者に、その師は和文字(漢字)を一文字渡す。

その一文字は、銘。その人物が『天を討つ為に何が必要と考えるか』を表す一文字だそうだ。

まぁ、長い歴史で簡略化されて『その人物に合う和文字(漢字)を渡す』になってるけどな」


「なるほどッス! じゃあジンさんは雷が名になったんスね! 雷天絶景ッスもんね!」

「いや、実は違う」

 ジンはそれを丁寧に丸めて仕舞いながら最後の方を持ってくる。

「俺は最初、この字を貰った」

「……無、ッスか?」

「そう、無。無天絶景が最初の技だよ。まぁ……まぁ」

(無が嫌で、剣天とか雷天とか色々技名は変えて使ってたんだが、その黒歴史はおいておくとして)


「ということは私、勝手に『花天絶景』名乗ったのはルール違反ッスか?! それを罰しに!?」


「いや、別に形骸化したルールだ。別に罰とかねえよ」

(この場所に来たのは、墓参りでハルルを紹介したかっただけだしな)


「まぁ、そのなんだ。墓参りのついでに……書き足そうと思っただけだ」


「書き足す?」

「ああ。……俺が教えた人間の絶景の銘をな」


 ──帰天。時天。

 無天。それが最後の文字。


「サシャラは(はな)。アレクスは(そら)。で、ハルルが(はな)、ヴィオレッタが(くろ)っと」


「お、同じ漢字、セーフなんスか?」

「あー、いや、極力避けるべきだな」

「はわ」


「今更だが。俺が思うに、サシャラの絶景はこっちの『ハナ』だと思うんだよな」


 石に刻んだ文字は──『華』。


「難しい華ッスね」

「豪華や華美という言葉に使う。あいつはなんというか、出てきたら闇を払うような、そんな存在だったからな。派手で五月蠅いとも言うが」

「一言余計と怒られるッスよ??」

「だな。──ともあれ、天裂の流派に則れば、サシャラに一文字与えていいのは俺だ。

だから今更ながら与えた文字は『華』だったことにする」

「だったら私の字を変えていいんスよ? まぁその、花、ってちょっとほら、女の子っぽすぎて、私には」


「ん? いや、ハルル。お前には花がぴったりだと思うぞ」


「え、ええ、ちょっと照れるッス。けど本当に別ので良いッスよ。

超天とか、究極天とか、芋天とか海老天とか」

「前半却下の後半は食べたい物じゃねえか」

「帰りに海老仕入れましょうッス!」

「だな! じゃなくてだな!」


 ジンは外を見て、目を優しくした。

 あれだよ、と壁に咲く花を指差した。



「花は強いんだ。咲いた場所を問わず、何より──」



 風が吹いた。

 雪風交じりの冷たい風が容易に花びらを散らし空へ舞いあげる。



 ハルルはジンの言葉を聞いてから、なんスかそれ、と口を尖らせた。

 尖らせて、それから考えて、改めて笑った。


 ◆ ◆ ◆



「──空間把握能力って知ってるかい?

商店で客がコインをトレーに出すだろ。あれを店員がぱっと何枚かカウントする力。あれも空間把握能力。

飛んで来る矢を正確に撃ち落とすのも、剣の間合いを理解して間一髪で躱すのも、空間把握能力。

この恋は思っている。戦闘の強者は空間把握能力が優れていると」


 まるで拍手を待つ舞台俳優(アクター)のように、恋は両手を広げて笑う。


 舞踏会を開ける程に巨大な空間。


「そして、この恋は空間把握能力に長けている! 

さっきみたいな狭い空間じゃ糸も満足に出し切れないからね。これくらいの広さが最も戦いやすい。

そして攻撃を避けることも出来るし、最良の戦場さ。対して──」



「……なん、スか」



 中央。

 爆機槍(ボンバルディア)(プラス)を握る右腕から、夥しい出血。


 銀白の髪の少女──ハルル。


「いやぁ……? ……はは! さっきとは真逆!

キミには圧倒的不利で面白いな、とね!」



 ──王国が、国賓を100人でも招いて舞踏会を開けるように設計されているこの空間。

 近接戦闘に持ち込むには、距離を取るのが難しい。



「……圧倒的不利かは、まだ分からない、ッスよ」



「強がりを」

「いえ……まだ、見せてない爆機槍(ボンバルディア)(プラス)の変形……後、2つありますからね」


「是非、使ってくれ。そして絶望しながら散ってくれ」

「そうッスね。……散る。……確かに、そうッスね」


「はは、華々しく散る気になったようだね」

「いえ。……この武器は、長時間使えませんので。──まばたき厳禁で……ご観覧くださいッスよ」


 ハルルの握った爆機槍(ボンバルディア)の先端が変わる。

 先端が変わり、持ち手も変わる。それが変形する武器、爆機槍(ボンバルディア)(プラス)




「──白銀刃(レイ)




 光。

 それは、銀に輝く光。

 銀の小太刀。

 

◆ ◆ ◆

改めて先日は更新できず申し訳ございませんでした。


次回投稿は 10月31日 を予定しております。

よろしくお願いいたします!

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