【27】ハルル VS 恋 ②【28】
──ハルルの攻撃を、ティスがその身を挺して受け止めた。
肉を裂き、骨を砕いた感触。
その男──恋の身をティスが守った。
いや──守らされた。
滴る血と共に、地面に落ちた糸。
彼女の体に巻き付いていた物だ。
「恋……あんたは」
「どう使おうとマスターの勝手だろうに」
「マスター……?」
「そう。人形師の勝手さ」
恋がその手に持つ短刀を握る。そして、まるで指揮棒のように軽快に振った。
ティスの手がキリキリと音を立てて動き、その高熱の槍端を握る。
「!?」
じゅう、と焼ける異臭。
ティスの目には痛みの色はない。そして体も震えすらない。
(っ! 恋は──この糸でッ)
「そうさ、操れる! 人形をね!」
「ティスさんはっ、人形じゃ──」
「いいや人形だよ。──力に憧れた哀れで壊れた人形さ。
洗脳と調教を繰り返したが、理想の力に目覚めなかった。使いものにならない無価値な物さ」
「なっ──!」
「まぁともあれ今一時の価値はあるな──死ぬまで離すなよ、ティス」
恋が笑うと──。
(っ──! なん、スか、その──体ッ!)
恋の身体に、異変が生じていた。
ぼこぼこと、胴体の中で蠢く何か。
それが皮膚を貫き──腕として生える。
「──彼の技を再現する為には、腕が八本くらい必要でね。
八本あって、ようやくあの技が出来るのさ」
(っ、──キモッ)
「『糸在式線刀術』、紅蜘蛛八式──」
「──!!」
恋の能力に対して、完全な回答には辿り着けていない。
だが今すべきことは理解できているつもりだった。
槍の先端は外せる。ティスに突き刺さった先端を外せば、ハルルは自由に動くことが出来る。
「解装ッ」
(これで攻撃を回避──……!)
瞬間。ハルルは見た。
その恋の短剣の構え。
右手で柄を握り、左手の掌で柄頭の金具を押さえる。
そうやって構えた剣を、額の高さまで持ち上げる。まるで儀式儀礼の剣舞のような構え。
そして残りの腕たちがそれぞれ、糸を掴んで似たような構えをする。
(っ──! あの構えの技はッ! ヤバイ、ッス!!)
一撃にて上下左右、四方から切り刻むその剣技。
「──『破天滅裂』」
閃光のような斬撃。
それは──《雷の翼》の隊長、ライヴェルグが使用した斬撃技だ。
「ま、この恋のそれは真似さ。あれほどの速力を出せないからね。
八本腕になって、その上、糸の力を借りてようやく繰り出せる。
上下左右から糸の斬撃を振り下ろすことによって、あの破天滅裂に近しい回避不能かつ破壊的な斬撃技を生み出したのさ。
だからまぁ──褒めてあげようか」
「──っ……はぁ、っ!」
「疑似とはいえ彼の技──『破天滅裂』の直撃を受けて、まだ立っていられるとはね。
はは。賞賛に値するよ」
──斬撃が降り注いだ中心地。
楕円形に抉られたその中心に、ハルルは立っていた。
ボロっと音を立ててハルルが握った槍の先端が地面に落ちる。
「そうかそうか、直撃じゃないのか! その槍で防いだのか!
使ったのは見た感じ、さっき使ってた風の槍かな?
にしたって凄いな。犬猫みたいな動体視力とバカみたいな決断力が必要だ。──やるねえ、流石、勇者サマだ」
恋はにたりと笑って拍手するような動きを見せた。
「……っ……今、本気で……やった、んスか?」
「ん? なんだ、おいおい! もしかして煽りたいのかい?
なんだ、今の技が全力か、的な煽りを言いたいのだったら、今のはこの恋の力の5割も使わずに──」
「殺す気でしたよね」
「はは、殺されるのが怖かったか?」
「──私だけじゃなく」
今の『破天滅裂』という技の一撃は。
ティスがハルルの槍を押さえて、身動きが取れなくなった所に叩き込まれた一撃。
つまり、それが意味するところは。
「……ティスさんごと、殺す気でしたよね」
「ああ──何か問題でもあったか?」
──ハルルの中で何かがぶち切れる音がした。
「──弟子、だったんスよね。ティスさんは」
「んー、まぁそうなるね」
「なんで、弟子ごと……攻撃しようって気になれたんスか」
「ん? はは。やっぱり勇者サマらしいな。人道的なことを考えてるんだね。
だけど、それに関しては最初に言っただろうに。壊れた人形だって。
これは弟子じゃなくて、ただの人形。道具だし武器で──」
「弟子を取ったら──!」
ハルルは声を張り上げて、怒りに目を潤ませた。
握った槍からミシッと音が鳴る程に強く握って──恋を睨んだ。
「……弟子の最後まで面倒を見る。それが、うちの師匠の、教えッスよ」
「……っは。はは。同じ師匠とは思えないなあ!」
「その通りッス。貴方の考え方、教え方は──絶対に否定させて貰うッス!!」
ハルルは身を異様なまでに低くした。
それを恋は初めて見る。
(なんだ。まるで四足獣のような低いフォーム。こんな体裁き、剣技には無──)
──そう。これはハルルの師匠が教えた走法ではない。
ハルルの持って生まれた天性の筋力があって出来る、山遊びで培った特殊な走法。
まさに、獣の走法。
壁を蹴り、地面を跳ねて、恋の背後へ跳ぶ。
間一髪で恋が視線を飛ばすと、次は更に後ろに跳ぶ。
まさに動物の動き。
(見たことのない動きだ。これは一体っ)
だが、恋は見たことが無い動きだった。
故に、恋は立ち止まった。
立ち止まり、観察しながら短剣をくるりと振って、糸を地面に這わせる。
つまり、糸を防御に回した。
温室育ちの恋らしい判断だ。
山育ちなら誰もが知っている。
危険な野生動物を相手にするなら、こちらから威嚇的な音を出してそもそも近づけないか、対面したら、視線を切らずに緩やかに後退するしかない。
それは、つまりは『継戦意思』を動物に見せる行為。
戦闘の意思があるぞ、と相手に知らせる。
その逆は、危険なのだ。
逃げれば、餌とみなされる。
故に──野生動物を相手にした時、防御に回るのは危険そのものなのである。
(背後! その位置ならッ!)
「その場所は糸の罠さッ! 檻糸鉄剥の糸剣!」
「電気槍ッ!」
銀の糸が剣になってハルルに向かい──ハルルが突き出した銛のような槍と衝突する。
「っ!! ああぁがあぁあ!?」
電撃。糸を伝った電流が恋を苦しめた。
のと同時に──ハルルの持つ槍が折れた。厳密にはその槍尖端が壊れた。
(──っ! ヤバイッス。
風双槍、灼熱槍に続いて、電気槍も壊れちゃったッスっ!
でも、まだッ! まだ他にもあるッスッ!)
「廻装!!」
向かってくる雌獅子のような威圧感。
気圧され、恋はすぐに短剣を振るう。
「か、檻糸鉄剥! 『茨の森の拷床』ッ!」
距離を稼ぐ。その一心で恋が使ったのは周囲一体を茨付きの有刺鉄線で覆う技。
一瞬で恋とハルルの間に茨が海のように広がった。
(ただの有刺鉄線じゃないぞっ! 見たら誰でも分かるほどの巨大な棘ッ!
分厚い靴すら貫通する! このまま直進したら足の裏の肉が削げ──)
「『閃斧槍』ァアッ!」
「なっ!」
黄金の斧は閃光を放ちながら茨を斬り飛ばす。
その薙ぎ払うような斧の斬撃が恋の左腕を掠めていた。
「くそ」
(なんで──突き進めるッ!)
「『蛇刃糸』っ」
有刺鉄線は蛇のように形を変え、斧を砕き、ハルルの肩を噛み裂いた。
(そのまま傷口から皮膚の下に入って痛みを与えろッ!!)
皮膚の中で蠢く鉄線。脳が焼けるような激痛の筈だ。
だが。
「っぁぁあ!!」
奇声。叫びをあげて、ハルルは突き進んだ。
その糸の切れ端が体を斬り裂くというのに、厭わず進む。
「なんで止ま──」
「らあああああっ!!!」
顔面に──ハルルの頭突き。
「っう!?」
(背丈も低いし腕も華奢。およそ恵まれた体とは言えない。なのにッ!
どこに、こんな力が──ッ! なんでこんなに押されてッ!!)
壁際まで追い込まれる恋。
だが。
(押し負けてたまるか……! こんなッ、こんな!)
「訳の分からん女に、負けてたまるかッ!!
『糸在式線刀術』──ッ!!」
「廻装!」
「『爆機槍』ッ!」
「『紅蜘蛛八式・宙楼貫』ッ!!」
爆音と轟音。
壁を吹き飛ばし、ハルルと恋はそのまま廊下へと雪崩れ込んだ。
瓦礫が舞う中、その虚空。
ナズクルとハルルの視線がぶつかり合っていた。
◆ ◆ ◆
次回投稿は 10月27日 を予定しております。
よろしくお願いいたします。
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申し訳ございません。本日、27日投稿予定でしたが、
諸事情により投稿日を変えさせていただきます……。
10月30日までには投稿させていただきたいと思っておりますが、
また都度こちらに記載させていただきます。本当に申し訳ございません……。
2025/10/27 18:40 暁輝




