【27】絡まる糸【25】
◆ ◆ ◆
勇者ライヴェルグに斬れない物は何もないッス。
鋼鉄も、城壁も、液体魔物も、実体が存在しない霊体も──剣一つ、刀一本、なんなら棒で叩き斬れるッス。
基本の形を崩さない戦闘スタイル。ただ力があり過ぎて振った剣が音の速度を超えるだけ。
規格外。超常現象が人間の姿になった物。
最強の勇者。
ただ。
そういうふうに言われている彼も、普通の人間ッス。
最初は強さに憧れたッスけど、今はその普通の面が好きッス。
だから。分かるんス。
ユウさんがやった『砂漠でのライヴェルグ攻略法』。
あれが不完全だと、私は分かるッス。
見落としているだけ。
仲間だから、皆気付いているけど見落としているんス。
ライヴェルグ──ジンさんの、根本的な弱点。
だから、私は──浮遊城塞に一番乗りしたいと手を上げられたんス。
もしかしたら。いえ、もしかしたらじゃない。
確実に、そこには……もう1人居る。
ジンさんの根本的な弱点を知っている人物が、もう1人。
◆ ◆ ◆
──ユウたちが戦闘開始するよりも前。
(よし、無事に着地完了ッス!)
一番最初に空中城塞へ到着したのは彼女、ハルルである。
鉛筆で書かれた落書きのような地図を広げ、ハルルは唸る。
(どっちか分からないッスけど、まぁ……あのでっかい煙突に行けば大丈夫でしょう。
真ん中ッス真ん中!)
適当だが、適度に当たっているという意味の適当であろう。
(にしても、本当に巨大ッスね……この城塞)
浮遊城塞。王城を丸ごと浮かせた城塞と表現されているが、実際はそれだけじゃない。
例えるなら小惑星。城を中心に幾つかの岩盤が浮かび上がっている。
(……本来は何万人とか乗せる道具なんッスかね。ともかく、今は目的地へ)
主噴出装置は目立つ。
まっすぐ進むだけで辿り着ける。辿り着いたら適当な場所から中に入り、内部の破壊をするだけ。
敵の戦力は多い筈だが、不気味な程に静かだった。
良く削られた岩で作られた、花が咲いていない無い庭園。
水が流れていない水路。何もいない水溜。
靴の音を反響させながら、ハルルがまっすぐに走り──
「あら。ハルちゃんじゃない。何、散歩?」
──真上。
特徴的なクリーム色の髪は、羊みたくクルクルとしたくせっ毛。
ぺろりと舌で唇を舐めてから笑う──魔族の女性。
「ルクスソリス……さん」
ばさっと羽を広げてからハルルの前に立つ。
それから、その赤い眼鏡をかけ直して、笑う。
「随分と冷静な反応ね、ハルちゃん」
「もうちょっと驚いた方が良いッスかね?」
「ううん。別にー。もうちょっと警戒したり驚くかなぁって思っただけだから」
「そりゃ驚かないッスよ。──貴方から、敵意、全く感じないッスからね」
「あはっ。何それ。ウケるー」
「実際、そうッスよね」
「ま、実際そうねー」
そうカラカラと笑うルクスソリスだが、ハルルの指摘通りだった。
ルクスソリスは、ハルルに敵意が無い。
「ハルちゃん。私、今から推しを。ライヴェルグを殺しに行くわ」
「そうッスか。私ではなく、そっちを殺しに行くんスね」
「うん。私にとって、ハルちゃんは私の世界の物じゃないから。
私じゃ、理解できない物。力で潰しても、殺しても、その感情と信念、頑固さ。
それが揺るがない。だから、殺しても意味がない」
「……」
ハルルは理解が出来ないでいた。
ルクスソリスの見ている世界は、他の人たちのそれと違うのかもしれない。
だが、それでも、ハルルは理解しようとしていた。
「……自分で理解できる方を、殺して、もう思い出にする、っていう感じッスかね」
「そうだね。その通り。もうライヴェルグは私の記憶と記録の中だけの存在でいい。
あれを殺して、もうこれ以上、不愉快な新事実が生まれないようにする」
「……そうッスか」
「止めないの?」
「ええ。止めないッスよ」
「そう」
「──やれるものなら、どうぞ、ッスから」
「あは……正妻感、うざいね」
ルクスソリスは、少しだけ気持ちよく笑った。
「ハルちゃん。私がライヴェルグ殺したら、貴方どうする?」
「100、殺せないと思うッスけど。もし殺せたら──私が貴方を殺しに行くッスよ」
「──あは。もう、それは……楽しみだなぁ」
──ハルルが振り返った時、月の色の羽根を数枚落としてルクスソリスは消えていた。
ルクスソリスの行動原理を、ハルルは理解しきれていない。
だが、それでも、違うかもしれないが、その行動原理を思考することをハルルはやめなかった。
(私には分からないッス。でも、きっと。
……好きな人が、変わってしまったことを。受け入れられないから、ッスよね。
……それ程までに、心から好きだから、あの時のままでいて欲しい。
だから……殺して、思い出の中だけに留めて置きたい……うーん)
「好きなインディーズバンドがメジャーデビューして人気になった。
だからボーカルを殺す……。とは、私はならないッスけど」
──きっとそういう気持ちなのかもしれない。
その落としどころは。区切りは。──限界まで突き抜けた先にしかないのだろうから。
(……今は、やるべきことに集中するッス)
──突き進み。
主噴出装置が見えて来た。
だから、案の定。
「──久しぶりだね。勇者サマ。海賊船の船の上以来だ」
柔らかい王子のような声。
金紗の靡く髪。その男。
「『恋』」
「うんうん。覚えていてくれたんだねえ。まぁ忘れられないか。恋は一生の傷を残すと言うからね」
そして、男の隣にいる少女に目を向ける。
──いつも彼と一緒に居る少女ではない。
溶鉱炉から出したばかりのような燃え盛る真紅の髪を、一つ結いにした少女。
鉄槌、白衣、正義に狂った赤い瞳。
「それに、ティスさん」
「……おやおや。あまり動じてないねえ」
「ええ。まぁ」
高い空の、強い風が吹いた。
髪が揺れる。
「……納得ッスから。こうだとしたら、そうだ、って。
ティスさんが居てもおかしくないと思ってたッスよ」
「ほう。興味本位で聞こうかな。何故だい?」
「……ティスさんは絶景が使えるッスから」
──絶景。
時を緩やかに見る技術。
武芸を極めた者が、集中の極致で、流れる時を遅く見る感覚。
それを技術化したものが『絶景』。
そして、その呼び方は、ある流派しか用いない。
「絶景は、天裂流。つまり、ライヴェルグ様が使う流派の呼び方ッス」
絶景を使えるティス。
「ティスさんも絶景を知っている。ティスさんは師匠からその技を教わったと聞いてるッス。
そこで、……おかしいと思って色々考えたんスよ」
天裂流は、ライヴェルグの師匠と、ライヴェルグしか受け継いでいない。
ライヴェルグの師匠はもう居ない。
「おかしい?? 何がだい?」
「誰が……絶景を教えたのか。……絶景の技を知っているのは、ライヴェルグだけだから。
……ただ、違ったんスよ。
──知られていないだけで、『絶景』を教わった人間が、居るんス。
ライヴェルグを──師匠と呼んだ人間が、私の他にもう1人」
『直接、ライヴェルグに師事を仰いだ人物が居る』。
剣術を教えたという記載だけだが、ライヴェルグの性格からして、剣術を教えるに留まらないだろう。
その人の成長の為に使える技術はなんでも教える。そういう精神がある。
だから、その流派の秘術であっても、教えることを厭わないだろう。
だから、ライヴェルグは『その人』に教えている筈だ。
その流派の技──時間を遅く見る特異な技術──絶景を、教えている。
「《雷の翼》、魔法剣士──アレクス・O・キャストール」
「……はは」
「『恋』。貴方の昔の名前は──アレクス・O・キャストール。ッスね。
《雷の翼》、途中離脱者。……ライヴェルグ様の、弟子。
そして──ティスさんに絶景を教えた、彼女の師匠は」
「その通りさ。──全て、この『恋』の事実!
この恋の本当の名は、アレクスさ」
「本当の名? 違うッスよ。……昔の名前、ッス」
「はぁ?」
「貴方は、もうアレクスじゃない。恋ッス」
「名乗りが違うだけだが本質はアレクスさ」
「ええ……。だからッスよ」
「何?」
「これから──ライヴェルグの下へ出向いた貴方が、何をするか」
『勇者ライヴェルグの弱点』
「おっ! っ! はは! なるほど! 気付いている訳だ!
この恋が、何をしようとしているかを!」
「ええ──だから──恋。貴方を、私がここでぶっ倒すッス。
その醜い逆恨みを、止めるッス」
「『醜い逆恨み』? ……おいおい。逆恨みとかなら聞き逃してあげたけどな。
……違う違う。……まぁ、それも語ってあげようか。
キミは《雷の翼》が好きみたいだから……語ってあげるよ」
『勇者ライヴェルグが、斬ることが出来ない物』
「最強の勇者が、この自分の才能を恐れたんだ。
だから、技の途中、失敗に見せかけて、この目を! 塞ぎやがった!」
『それは──仲間。そして、過去。 彼が切ることが出来ない、温かくも悲しい縁』
「事故だったと思うッスよ。もし、本気で貴方の才能を恐れていたら殺していた筈ッスから」
「ははは! そうだったとしても! そのせいで! 栄光ある魔王討伐に参加出来なかった!!
分かるかな。光と栄光を奪われた気持ちが」
「……何を言っても、きっと逆恨みするんでしょうね」
「正当な復讐だ。
そして、隊長を倒し、この恋が、本当の最強の勇者だと証明する。
その為に、目をようやく、開くように改造したんだ」
(きっと。事故で起きた怪我なんだと思うッス。ただ、ジンさんが起こした事故であることは本当なんでしょう。
……だから、アレクスさんが、恋だと知ったら。きっとジンさんの心は……その責任を取る気持ちでいっぱいになってしまうッス。だから)
「……そうなんじゃないか、と思ったんスよ。だから、私が来たんス」
「何?」
「……この後、彼の下に帰る弟子は、一人でいいと思わないッスか?」
「確かに……百理ある」
「でしょう。──サシでやりましょう。元弟子さん」
「元弟子じゃなく兄弟子だろう」
◆ 修正 ◆
10月20日 文章整理と一部内容の書き直しを行いました。
修正内容一部:
・内容変更なし。
・出来る限り読みやすく改変。
・ッス 不備 追記
重ねて内容変更はありませんが、読みよくなるように修正させていただきました。
申し訳ございません。よろしくお願いいたします。
◆ ◆ ◆
いつもありがとうございます!
次回更新ですが 10月20日 とさせて頂きたいと思います。
(もし上手くことが進めば、19日に投稿したいですが、一応、念の為……)
異動後、どうにも執筆時間がかなり取れず……申し訳ございません。
力づくで執筆時間を捻出させて頂きたいと思います……。
毎回遅筆で申し訳ございません。
そんな中、たくさんの方が読んでくださって、本当に嬉しいです。
最後まで面白く、がんばりたいと思います!
もう暫くお付き合い頂けることを心より祈りながら、がんばらせて頂きます!




