【27】俺が作る過去でまた会おう【24】
◆ ◆ ◆
──赤黒い火炎が氷を溶かす。
氷が剥がれ、城塞の壁は大きく穴が開いていたことが明らかになった。
日の光。陽光。それすらも弾け飛ばすような黒い炎。
「やれやれ。まるでただの壁みたいに壊してくれたな。
魔王が使った攻城魔法すら防ぐ壁で、施工費用は相当高いんだぞ?」
男が一歩進む。
絨毯が燃え、硝子の樹状照明が溶け落ちた。
地面にべっどりと広がる硝子の液体を踏み潰し──赤褐色の髪の男が進んでくる。
燃え盛る黒い炎を纏う、白い烏がその肩に居た。
「しかし、ユウ、プルメイ。──驚いたぞ」
ナズクルがため息交じりに声を発する。
白い烏は紐を解くように姿を失って灰になって消える。
「……まさか、お前たち相手に魔法をたった3発しか使わないとは……」
──本当に弱っていたのか。とナズクルは呆れ半分でため息を吐いた。
彼の前には、瓦礫に背中からめり込んだユウ。
そして、アザラシのように転がったプルメイ。
「なんて、強大な魔法だったんだ……っ」
「あの、強さ、まるで、……なんか、最強」
「……いや、二人とも」
「魔王よりも、あるいはジンさんよりもっ」
「あり、うる。流石、ラス、ボス」
「……いや、凄まじい戦いがあった風にするな。まだ魔法、3発なんだ。3発」
「世界崩壊レベルの魔法だったっ」
「あれは、古の、大、魔法っ」
「初級魔法ばかりだったんだが。最後だけ魔王術だが」
「いやぁ……僕らが手も足も出ないとは」
「本当、強すぎ、私たちの、敗因、不明っ」
「敗因はお前たちの自爆だぞ」
──プルメイの誤解から、仲間であるユウと戦闘。
そしてその誤解にしたいして憤ったユウが全力魔法発動。
結果、満身創痍の二人を、ナズクルは難なく除去した。
「まぁ。なんにせよ。プルメイは殺せないのは知っている」
「いぇー、い」
「しかしユウ。お前は殺せる」
「いやぁ……裏切ったくらいで殺すなんて酷いですよ?」
「十分に死罪だろう」
「情状酌量があるんじゃあないかなぁ」
「──こうやって、言葉を交わして時間を稼ぎ、何か魔法を二人で編もうとしている時点で。
何の情状も酌量も無いと、断言してやろう」
バチッと瓦礫の中に埋まっていたユウの手が弾け、プルメイも空中に打ち上がる。
「痛っ」
「だばーっ」
「ユウは手で、プルメイは腹の下で魔法を組んでいたか。腹の下……冷静に考えて器用なことを。
いや、そういえばお前は昔からそういう器用さがあったな。……まぁそれはさておき、ユウ」
ガチャリと、銃口がユウに向けられる。
距離、僅か1メートル弱。銃にとっての至近距離。外す訳が無い完全殺害距離。
「俺の計画に乗っていれば、お前も幸せに出来たんだがな」
「……じゃあちゃんと、その計画の全容を先に教えてくれればよかったんじゃないですかね」
「時を戻すという話をしたら、お前は付いて来たか?」
「かもしれませんよ」
「じゃあ今からでも戻ってこい。人手が足りない」
「人望、無いですもんね」
「……ある」
「……」
「……」
「……利益だけ考えるなら、今からでも貴方の傘下に戻るべきですね」
「ああ」
「貴方は『フィニロットさんの記憶を奪った犯人ではない』。それは間違いなく事実ですから」
「そうとも」
──数か月前。ナズクルをユウが問いただした。
その際、ナズクルはそう答えた。
そして、その答えは嘘偽りなく真実だとユウは理解していた。
嘘は言っていなかった。
だが。
「貴方が──いや、お前は犯人じゃない。──だが」
その目は。
皮膚が凍り付くほどの鋭さで。
「隠してたな。……お前が──『恋』に、フィニロットさんの居場所を、教えた、ことを」
その言葉に、にたりとナズクルは微笑んだ。
「その質問になら──『そうだ』と答えよう」
氷怒天達。冷たい怒りが天を突き抜ける程の、怒り。
間髪入れずに銃声が二回響く。
ユウの左腕と右肩を正確に打ち抜いた。
「っぁあッ!」
「落ち着け、ユウ。──恋に居場所を話した。その時は、まさかそうなるとは思わなかった。
まぁ、そう言っても信じてくれないだろうがね」
「っ」
「恋がそれ程の凶行に及ぶとは分からなかった」
「……白々しい……ッ」
「真実だが信用されないのは理解している。故に、まぁ……帰着は一つ。
ユウ、先に行って待っていてくれ」
「……あの世で待ってろ、って訳ですか」
「いいや。違うさ」
銃口が真っ直ぐ向く。
目と鼻の先。
「ユウッ!」
プルメイの声が響いた。だが、ユウに、身動きする力は無い。
「俺が作る過去でまた会おう」
銃s──
「『爆機槍』ッ!」
「『紅蜘蛛八式・宙楼貫』ッ!!」
──掻き消された、爆音と轟音により。
壁が盛り上がり吹き飛んで、ユウとナズクルの間に雪崩れ込む。
「なっ!?」
「あれ!? ユウさん!? プルメイさん!?」
壁の向こう側から突如として現れたのは、白銀髪の少女。
それと、金髪の男。
ハルルの爆撃槍により、壁と男が吹き飛ばされたのだろう。
男はそれを何らかの技で防いだ。
それにより無傷ではあるが、壁は激しく吹っ飛んだのだと理解が及んだ。
「はる、ちゃんっ」
「ハルルさん!」
ハルルは着地し、ユウたちの前に立つ。
ナズクルを睨みながら、──爆機槍を構えた。
そして、男もまた、立ち上がる。
金髪、糸目。
そして。
「っ、とんでもない所に飛び出してしまったようだね」
昆虫の触腕で作ったような関節が3つある腕が、6本。
8本腕の、男。
男を見て、ユウがごくりと唾を飲んだ。
「……聞いてた姿と違いますが……もしかして、彼が」
「はいッス。あれはさっき彼が変身しちゃったので。でも、そうッス。
あの人が──恋ッス」
──美しい金紗の髪と、それに見合わぬ異形の腕。
手に握る片手剣は糸を生み出し自在に操るその剣。
「……加勢するか?」
着地した男にナズクルは呆れたような声を掛けた。
「いやいや、冗談は顔だけにしてくださいよ、先輩」
掻き上げた髪。
その開かれた目は。
「ハルルはこの恋が倒さねば、意味がないんでね」
丸く黄色い眼球の中に縦に入った黒い楕円の線。
蛇の目玉。
「そうッスね。──貴方だけは、一対一で、正々堂々と仕留めさせていただくッス。
そうしないと前に進むことは出来ないッスから。
ので、すみませんが。ユウさん、プルメイさん、ナズクルさん、お手出し無用でお願いするッス」
何がどうなっているのかは、ユウもプルメイも理解できない。
ナズクルだけが、辛うじて、何が起こってこうなったかを察した。
「真っ直ぐ進んで突き当りを右に行け。城らしく舞踏会でも開ける程の円形ホールがある。
調度品は壊すなよ」
ナズクルが言うと、恋とハルルは息を合わせる訳でもないのに同時に駆け出した。
廊下を駆け抜ける音と壺が割れたような音がし、ナズクルは深くため息を吐いた。
「さて。邪魔が入ったが──ん」
ナズクルは周囲を見回す。
燃えた瓦礫、崩れた壁、アザラシのプルメイ、壊れた調度品、溶けたガラス……。
「……しまった。ユウに逃げられた」
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次回投稿は 10月17日 を予定しております。
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