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【27】もしかして:伝達不備【18】


 ◆ ◆ ◆


 ──数日前。

 交易都市、海岸公園。


 夕暮れの公園に人気は少ない。ほぼないと言ってもいい。

 それにこんな状況だ。浮遊城塞が打ち上がり、王都の一般人たちも困惑し続けている。


 そんな公園の、浜辺に、古い木のベンチがある。

 背もたれも無い安く作られたベンチ。

 そこに男は座っていた。濃い茶色のコートを羽織った男で、黒い革手袋までしている。

 王都の新聞を読み、目深に被った鍔付き帽子で顔を半分以上隠している男。


 馬車通りから、たった今、そのベンチに近づいてきたのは腰の曲がった女性だ。

 その女性は上から下まで黒い服を着ている。

 葬儀の帰りか何かと誰もが思うだろう。それは、その被っている黒い帽子が小鍋のように筒形で、顔を隠すベールが付いているからでもある。

 あれはトーク(ハット)という。この時代における葬儀用の帽子である。

 杖を付いて歩いて来た白髪の女性。そのベンチの端に、逆側を向くように腰を下ろす。


「……杖を置きますか?」

 男が女性を一瞥もせずに訊ねた。一見無意味な言葉だ。すると女性は頷いた。


「良い杖でスので」

 薄く掠れた声で、またも意味のない言葉を女性が言う。

 だがこれこそ意味がある会話、否──符丁(合言葉)であった。


「──陣営内に不穏な動きなし。……最前線に()()()を予定しているとのこと」

 男は静かに言葉を出した。

 これは、情報だ。

 現在、()()()と呼ばれる場所に居る内部情報。


「星の動きは」

 女性が低い声で言うと、男は薄く笑む。

「星に動き無し。されど、追加装備を獲得。また異様な行動もある」

「詳しく」

「それは──」




「ハルル、ユウ。お前ら二人で何やってんだ」




 ベンチの隣、冴えない顔で男──ジンが言うと、男と女性は深くため息を吐いた。


「なんで邪魔するんスかー! せっかくそれっぽくやってたのに!」

「そうですよ! 滅茶苦茶いい雰囲気で話してたのに! 符丁とか完璧だったんですよ! ね!?」

「そうッスそうッス! 杖の下り、超、スパイっぽかったじゃないッスかー!」


 男、もといユウ。そして女、もといハルル。

 二人は合わせて抗議の声を上げた。


「いや、えー……スパイ、ああ。そう、そういう遊びか」

 

「遊びじゃないッスよ!」

「そうそう! 僕は本当に諜報員(スパイ)してますし!」


 ──ユウ・ラシャギリ。

 今の彼の言葉の通り。ユウはナズクル陣営に潜り込んだスパイである。

 厳密に言えば、元はナズクル陣営所属だったが今はジンたちに付いている。

 ダブルスパイという奴である。


(ダブルスパイ。仕事(やってること)は滅茶苦茶に本職本気のスパイなんだけども)


「気を取り直して、暗号で会話しましょうか!」

「いいッスね!」


今目の前の現状(やってること)はスパイごっこなんだよなあ……)


 ハルルか、ユウか。どっちが提案したかは分からないスパイっぽい密会。

 しかし内容はとても重要な内容ばかりだった。


「──壊すべき噴射口と城塞内部の地図はこちらです。結構、苦労しましたよ。

図面なんて存在しないですから手書きです」

「すげえ精緻な地図だな」

「凄い分かり易いッス!」


「まぁ、そりゃあ僕は一流のスパイですからね。歩いた道を記憶して地図化するなんて余裕のよっちゃんですから」

 凄い鼻を高くしながらユウは笑って見せた。


「それと、僕の目的も達成できそうです」

「……フィニロットさんの術技(スキル)、奪った相手が見つかったのか?」

「おそらく。……主犯は『恋』と断定してますよ」

「……恋。名前だけは聞いてるけど会ったことないんだよな」


「はは、隊長が会ってたら倒してるでしょうからね。それに僕も無いですよ、会ったこと」

「え、お前も? なら『恋』が主犯だなんて」


「いえ、断定できます。ナズクルさんたちの会話を繋いで、見えて来た事実ですから。

……ナズクルさんが情報を『恋』に流した。結果、フィニロットさんが襲撃された。

これは確定です。そして恋はその術技(スキル)を所持している。これも確定」

「そっちはかなり話が進んだんだな」


「ええ。意外と筒抜けでしたよ。

まぁ聞く限り、ナズクルさんが情報を流したことは事故のようでした。

フィニロットさんを襲撃したのは恋の独断。まぁ、そこはもうどうでも良い。

……フィニロットさんが、もう一度、笑えるなら。後はどうでも良いですから」


 その微笑みの下に、どれほどの怒りがあるのか。

 ジンはそれには触れなかった。


「……手、貸すか?」

「基本不要ですよ。ただ必要な分量のみ、お借りします」

「どれくらい?」

「コショウ少々程度ですかね」

 にっ、とユウは笑う。ジンも釣られて鼻で笑った。


「あれ、ユウさん! こっちの資料はなんスか? ナズクルさんの詳細って書いてあるッスけど?」

「ああ、そちらはナズクルさんの現状使えるだろう魔法等をまとめてみました」

 これをルキさんにでも見せれば色々と戦いやすくなるでしょう。とユウは付け足して笑う。


「流石ユウさんッス!」

「まぁ。まぁー、まぁね!」

 顔がとても緩んでいるユウであった。


「……その辺、ユウ。実際大丈夫なのか」

「え、どの辺です?」

「……ナズクルはお前が裏切るってのは分かってそうだろ。

ことが起きた時にお前かなりピンチになるんじゃねえのか?」

「まぁそれはそうですね」


「大丈夫なんスか?」

「ええ。まぁ。それなりに準備はありますよ」

「準備?」

 にやり、とユウは笑う。


「ええ。僕は腐っても魔族四翼に入る予定だった男です」

(そこだけ聞くと凄くダサいんだよなぁ。予定だった男ってなぁ)


「各翼には特色ある伝統の魔法があります。

この僕が継ぐ筈だった青羽には『溜蓄(りゅうちく)の魔法』ですね」


「へぇ」

「初めて聞く魔法ッスね! なんなんスかそれ!」

「でしょうね! 奥義ですから! ──同一の魔法を何度も発動する寸前で止めるのです。

そしてその魔法効果を何重にも重ねていく。こうして一つの最大魔法を生み出すのです」


 ハルルが目を輝かせて聞く。ユウは喜び勇んで手を腰に当てた。


深氷頂刻(二ヴィス・ルィナ)──僕の扱える最大威力の魔法です。

破壊力もさることながら、この魔法の強みは副次効果にあります。

直撃を防げても余波が必ずあたるんですよ。これを使えば、隊長ですら数分は身動きを取れなくできますよ」


「そんな隠し玉を用意してたのか」

「ええ。これを使ってナズクルの動きを止めて、そこにジンさんが特攻を仕掛ける。

これで盤石です。確実にナズクルさんを倒せます」

「……」

「どうしたハルル? 妙な顔をして」

「いえ。その」

「?」

「……戦闘前に、『これで確実に○○を倒せるっ!』って、確実に敗北フラグッスよね」

「「……」」


「……い、いえ! やっぱこういうふうにメタ読みしたことが勝利フラグってことで!

そうしときましょう!」

「だ、だな!」「ですね!!」


 ──時計台の鐘の音が響く。夕刻を告げる鐘だ。


「あ、そろそろ僕は城塞に戻ります。

城塞への転移、ジンさんもどうにか出来れば話は早かったのですが」

「いいって。撃ち落とすから」

「ほんと化物だなぁー」

 ユウが苦笑いしてから立ち上がって歩き出す。

「あ、そうだ」

「ん?」


「ちゃんと、僕はナズクル陣営じゃなくて、そっちの仲間だって伝えてくださいよ?」


「ああ、分かってるよ。全員に伝えとく」

「お願いしますよ? 新規加入とかした人がいるならしっかりと、です。

昔、覚えてますか? そういうの伝え忘れたせいでドゥールさんに殺されかけたんで」

「あー、あったな、そんなこと」

「絶対ですよ。絶対に、僕がスパイで潜入してるって伝えてくださいね」

「分かった分かった」

「絶対ですよ!!?」

「わあーったって、信じてくれよ、俺のことをもっとさ」

「まぁ、大丈夫だとは思いますが……」

 ユウは横目にジンを見て薄く笑う。


 まぁ、この人は抜けてそうで抜けてない。ちゃんと伝えてくれるだろう。


 ◆ ◆ ◆


「何、考えたら──世界、傷つける、発想に、なるのか。

──ユウ、ラシャギリ……ッ!」


 ジンさんサイドの、プルメイさん。

 が、獰猛に吠えて──僕に飛び掛かった。


 ジンさん。ハルルさん。

 まさか。二人とも。

 マジで。


「──え」


 プルメイさんに。


「砕き、殺す」




 伝えるの、忘れたんじゃないんですかああ──ぐげッ!!





 ──骨が砕け散るような音が響く。

 はち切れんばかりのプルメイの拳が抉るように、ユウの腹へとめり込んでいた。






◆ ◆ ◆ 

いつもありがとうございます。

次回投稿は 10月2日 を予定しております。

よろしくお願いいたします。

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