【27】後悔があるから今を行く【17】
◆ ◆ ◆
私には後悔がある。
ううん。私にはじゃないかな。
私たちには、が正解だね。
《雷の翼》には、共通の後悔がある。
その共通の後悔、その根源は──あの日まで遡る。
それは私たちの隊長が、魔王を討伐した日。
女騎士を犠牲にして、勝利したあの日。
仲間を犠牲にするしかなかった状況を、作らざるを得なかった日。
戦争は終わった。……凄いことだ。
だけど。
仲間殺しという禁忌が招いた疑惑。
その疑惑の種子から、誹謗中傷の花卉を幾重にも芽吹かせた。
戦争を終わらせた英雄として語られるべき人は、泥だらけの地獄へ落とされた。
まだ16歳の、少年といってもまだ差し支えない英雄は──どれほどの苦痛の中にいたのだろう。
《雷の翼》は、何も出来なかった。
皆、それぞれの後悔をした。
賢者は彼を救えなかったことを後悔していた。
銃士は彼に任せて他者を守ったことを。
鬼姫は彼に思いを伝えられなかったことを。
聖女は癒しの力を呪い、奇術師は笑顔を見せなくなって。
拳闘士は途中で倒れた自分を憎んだ。
最後の戦いに参加できなかった間者も、彼の押しかけ弟子だった魔剣士も。
それぞれ光を失って、苦しみの後悔の中にあった。
副隊長も、そう。
民衆たちから彼を守り切れなかったことに後悔し、民衆たちを恨み、世界を恨んだ。
だから、こんな、世界を滅ぼすような馬鹿げたことをしている。
それで……私も。私にも後悔がある。
私は──存在自体が禁忌。
王国民からすれば、そう。ただの人から見れば、老いず死なずの存在は悪魔と同じ。
そう考えたから、王国の政に関わらない方が話がスムーズだと思った。
私が居ない方が、隊長の疑いが晴れやすい、そう思った。だから。
私は傍から離れた。
──隊長は、なんかいつも辛そうだと、気付いていたのに。
彼は、なんでも一人でやっちゃう人だと。それでもって、一人で出来ちゃう人だと。
抱え込む、その性質すらも。私は……分かっていたのに。
死んだと聞いた時、私は──悔いた。
一緒に居ればよかった。
傍に居る。ただだけで力になる時だってある。
分かっていたのに。
一緒に居ることの、大切は──知っていた筈、なのに。
◆ ◆ ◆
──散らばった肉片を蔑むようにジンは見てから手に持ったフォークだったものを一振りする。
野営の中、ベッドの上のプルメイと窓の外のジン。
魔族の男パバトは──一撃で肉片となった。
叫び声も無い。その直前にパバトが上げた奇声で一瞬こっちを衛生兵が見たが、一瞬で片が付いた為、気付かれもしていない。
「流石隊長。フォーク、が変形。ナイフ、のごとし」
プルメイが溶けて変形したフォークを見て笑うと、ジンは鼻を鳴らして苦い顔をした。
「まだ生きてるかね、こいつ」
「分か、らない。でも、魔力、ほぼ感じない」
「オッケー。じゃあ無力化は成功したかね」
窓からどっこいしょとジンは入って来た。
「……そう、いえば」
「ん? なんだよ」
「隊長。……じゃ、なくて、ジン。……26歳」
「んぁ?」
「どっこいしょ、おじさん」
「ンなこと言う為に神妙な顔すんじゃねえよっ! というかどっこいしょなんてそんなに言ってねえし!」
「え……!? ……無自覚、なの、!?」
「え……そんなに言ってる、俺!?」
単日3回(対空砲、パバト、窓)、単日前年比150%である。尚、月別前年比は175%着地見込みである。
「まぁ、それは、置いとく、とする」
プルメイはそう言ってからベッドから起き上がった。
「隊長。じゃ、なく、ジン」
「もう隊長でいいぞ。お前、ずっと隊長呼びから治せてないから」
「じゃあ、隊長。──体、良き。治ったので、ぶっかまし、よろ」
「ぶっかまし? あー、プル・ハル砲ね」
──プル・ハル砲。
これはプル・ハル突撃作戦に使われる砲弾、という意味だ。
正味、名づけのセンスは首を傾げるものがある。その上、突撃作戦の内容も聞いた者の脳を錯乱させる代物だ。
プルメイとハルルをヴィオレッタの用意した防御魔法で包み、砲弾に見立てる。
そして、二人を、ジンの有り余る馬鹿力で(航空戦力や転移魔法も届かない次元の高さにある)浮遊城塞へと、投げ付ける。
賢者ルキ曰く。『考えた方も狂気しいが、実行できるジンも異常しい。』
『のだが、もう深く考えることを止めて、任せることにした』である。
「もうハルルを飛ばしたよ」
「それは、見て把握」
「だから大丈夫じゃねーかな、と」
「??」
「……ハルルに任せたから、お前は行かなくても大丈夫だと思う」
ジンは空の方を見て薄く笑ってそう呟いた。
信頼をしてるから、と付け足した。
プルメイはその横顔を見て、目を少し細くした。
「信頼、のぅ」
「んだよ」
「心配、そう、よのぅ」
「してない。それは断言する」
「ほぅ?」
ジンはプルメイから向けられた真っ直ぐな目を逸らして、腕を組んだ。
「……ハルルは。恋人、であるけど。同時にあれは俺が教えた弟子だ」
「ふぇー?」
「……アイツ本人が言ってんだ。自分は勇者だ、ってな。だから、任せたら、もう任せるんだ」
「んぇー?」
「だから……心配することは、アイツへの侮辱、だろ」
「……ほぉー」
「……んだよ、さっきから……っ! へぇ~だの、ほぉ~だの!」
ジンが声を少し荒げて見せると、プルメイは目を細く──いや、ニヤつかせた。
まるでじゃれ合う子供を眺める母のようなまなざしで、ニヤニヤと笑った。
「ぬふぬふ。隊長も、まだまだ、少年よのぅ」
「ァあ??」
「──仕事任すに、不安も心配もない。それは本心、間違いない」
「ああ、そうだよ。間違いない」
「でも同時に、思ってる」
「思ってる? 何をだよ。俺は本当に心配なんかしてない」
ぬふ、っとプルメイは笑った。
「愛する人を、ひとりにする、それが、苦しい。心懸かり、気掛かり、ということ」
「あっ! あいッ!」
「ぬふぬふ。愛の字、照れるのは、若さ、若さ」
「あのなッ」
「悪いこと、じゃない。好きな人。愛する人。一人にしたくない、気持ち」
一緒に居れば。ただだけで力になる時だってある。
母親代わりの銀の竜。そして同じく母親代わりの聖なる熊。
そして、姉代わりの小さな竜。大切な家族。
一緒に居ることの、大切は──知っているから。
「一緒に居る。ただ、それだけの、気持ち。──超、あったかい。
心配とか、信頼してないとか、そうじゃなくて。
ただ、心懸かり、それだけ。それは、あったかい、良い気持ち。誇っていい。
と、プルメイ先生は、思うの、だった」
「……」
「──私が、どかんと、飛んでいけば、ハルちゃん、の、傍に居られるので。
どかんと、一発、打ち上げ、たまえ~」
「ったく。……わぁったよ。……ほんと、プルメイは口が巧ぇわ」
「ノン、ノン。思ったこと、だけ、言って、生きてる、お姉さん、だから」
「見た目は幼女なのにな」
「頭脳は、イケメン」
はいはい、とジンが笑った。
──外に出て、打ち上げ準備はすぐ終わった。
後はもうジンの本気の抜刀術で空まで飛べる。
周囲に人が居たら危険だからこそ、周辺だけ警戒してすぐに取り掛かった。
「最後に、雷の翼、として、一言」
「ん?」
「沢山、ファイト、してもいいけど。ちゃんと──避に」
爆炎一閃。ジンの抜刀術が炸裂。
黒い土煙に包まれながらプルメイはあっという間に空中へ飛んでいた。
(ぬふふ~。隊長は昔から恥ずかしがり屋だなぁ)
プルメイはニヤニヤと笑いながら空中城塞にぐんぐん吸い込まれるように近づいていく。
(もう、貴方が一人じゃないなら、本当に良かった)
ぬふっと笑ったプルメイは爆音を上げながら城塞に辿り着く。
──浮遊城塞。
ここの浮遊装置を破壊して、高度を下げる。そしてジンを乗り込ませる。
それが勝ち筋だ。
プルメイは理解した上で、目を瞑る。
(──皆、後悔した。辛かった。
《雷の翼》は皆、胸が燃えるような苦しい思いをした。
そういう仲間の筈だ)
バキッと音が鳴る。それは彼女の拳から出た音だ。
怒りで握った拳が折れた。後に、再生する。
(だから。分かっている筈だ。隊長が、皆が、苦しみを癒せるかもしれない時代になる筈だと。
分かっている筈なのに、馬鹿げたことを、している奴ら。
同じ、《雷の翼》なら、分かってる筈、なのに)
次は歯。バキッと割れる程に食い縛った。
(《雷の翼》から出た恥は、《雷の翼》が雪ぐ。
それが、私の。──私の、覚悟)
「プルメイさん」
──優しい声。安堵したような声。その男の声に、プルメイは目を見開いた。
「何、考えたら──世界、傷つける、発想に、なるのか。
──ユウ、ラシャギリ……ッ!」
獰猛。吠えたプルメイはユウに飛び掛かった。
「──え」
「砕き、殺す」
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次回投稿は 9月30日 を予定しています。
よろしくお願いいたします。




