【27】汚い福笑いだ【16】
僕朕は目を薄く……薄く開ける。
そう、イメージとしてはクレープの皮よりも薄くだ。薄目を開けておく。
最高画質を──犬の毛すら一本一本見える程の──最高集中で全てを見るのだ。
今、僕朕の前には可愛い少女が居る。
太腿まで伸びた長い純黒の垂髪。適度な褐色に、優しい目は狸みたいに大きめのたれ目。
羽織った衣服はトンガリフード付きの黒い魔術師みたいなローブ。
ああ、これは専門用語で神官服というのだ。
祭服にカテゴライズされるのだろうが、これは魔法的な防御を兼ねた服である。
黒一色の布に金細工のような刺繍が施され対魔法防御も兼ねている。
その服の上からでも分かる体の細さ。
ベッドの上に投げ出した足の細さからも分かる異様な華奢さ。
可愛い。
生唾をごくりと。いや、ごくごく飲み込んで僕朕は彼女を見続ける。
「神官服も、暑い」
──上着を脱ぐぞ!
あれは上からすっぽり着るタイプの服! ワンピースみたいなものだ!
捲れる! 捲れた!
ほ、ほ、細い! 腰! 細い腰、ちょっとへそも見えた!!
あっ、くそ、中にラフなシャツを着てやがったッ!! いや、でも!
灰色のシャツ一枚。その下に、ぶぶぶ、下着が透けて見えるッ! 気がする!
くそ! くそくそっ! 目をもっとかっ開きたい!
もっと、集中して見たい。見たいィッ!
はっ! やばい、服を脱ぎ切るッ! とこっちを見る筈!
目を閉じるのだッ!
「ふゎあ……」
……ッ! 欠伸の声、なんて可愛らしいんだ……。
まるで朝に囁く小鳥の嬌声……あるいは何よりも柔らかいせせらぎに落ちた小石の跳ねる音のような。
あんな声を、一晩中……。いや、一日中。いや、一年中……鳴かせたい。
……ちょっと目を開けよう。
ちょっと、もうちょっとだけ見たい。
「んへぇー……」
伸び。
伸びだ。
お尻を突き出して、身体を伸ばす動き。
嘘だろ、この女の子。──猫、のように伸びをしているッ!!
ふっひょおおお! これはっ! 僕朕の、僕朕が! 輝きをッ!
っ……駄目だ。いかんいかん、冷静に押さえろっ、鎮まれ僕朕の僕朕ッ!
ライヴェルグが出て行ってまだ93秒だ。
今ここで騒ぎを起こして見ろ。10秒も掛からず戻ってきて僕朕はあっけなく殺されるだろう。
冷静になるんだ。冷静に。
冷静に、横目であの子を見るのだ。
「ふひ~……」
ストレッチ。
ストレッチしている。
正しく状況を分析しよう。
さっきの、尻を突き出すような、猫がやる伸びのポーズ。
その状態から、左膝と右肘で体をさせて、右足と左腕をまっすぐ伸ばしているのだ。
つまり。
僕朕の超撃絶頂槍の表面温度は体感2万度を超えている。
つまり。
もうちょっとだ。
つまり。
胸チラまで。
もうちょっとじゃあ、ないかなあ!!
僕朕の位置から──胸ちら、見える可能性は、ちょっと低い。
だから、僕朕の体を、もう少し、こうよじって、近づければ。
見たい。
見るだけ。見るだけだから。
ちょっとだけ。あ、でも騒ぎにはなっちゃ駄目だ。
一時の性欲で全てを台無しにするなんて馬鹿のすることだ。
僕朕は馬鹿か? 違うだろ。
ライヴェルグが外に出てまだ112秒だ。
冷静になれ。常識的な行動をするんだ。
紳士たる僕朕。
僕朕の取る行動は一つじゃあないか。え?
そう、極めて冷静。そんな僕朕が
「──か、可愛いストレッチだねえ、ぶひゅう! ちょっと僕朕ともっと激しいストレッチしようよぉおお!!」
我慢など出来るかッ!!
僕朕は、自分に正直な大馬鹿者だあ!
ライヴェルグ!? 知ったこっちゃあない!
ここに来るまでの10秒の間に、全部終わらせればいいだけの話ィ!!
「ロリっ子ちゃ──び」
ぶ。
ぇ。
え──なんで、僕朕の。顎。
あれ、口が。顎が、無い、ぞ? お? お???
「──やっぱり、普通に。敵。隊長、優しさ、多すぎ」
なんだ、このロリっ子。
拳? その拳についてるのは、血? え? 僕朕の血??
壁に、何かある。あれは、僕朕の顎の部分??
まさか。このロリっ子が、僕朕の顎を……殴って壊した、のか!?
しかし! まだ! 大丈夫ッ!
すぐに泥になって逃げるという手が。
「はぁ。悪かったよ。何か狙いがあるのかと思って泳がしたんだが──」
──僕朕の頬に、ひんやりとしたフォークが当たってる。
声で、分かった。状況が。
「──特段、何か狙いってことは無いみたいだな。え?」
窓の外から身を乗り出した──ライヴェルグ。
ぼ、僕朕の頬にフォークの面を、当てている。
「ァ、べ」
なんで──なんでっ。戻って来てるんだライヴェルグッ!
戻ってくるのに時間が、いや、違う! この行動は。
野営の裏側に回った。僕朕の裏側へ回る、というのはつまり、
最初から僕朕が敵だって分かっていないとっ、出来ない行動だっ!
「なんで敵だってバレてるのか、って聞きたそうな顔だな」
「が、っ」
「お前の手、握った時だ。お前は気付かなかったみたいだけど──俺の手、少し焼けたんだ」
焼けた──なんで。
あ。いや、心当たりが、ある。
「お前の手に残ってた毒だ。ただお前の手は火傷みたいな傷は無かった。イコールだ。
その手からお前は毒を出す魔法使い。あるいは──」
「毒、使う、魔族。──一人、聞いた人、いたね」
「パバト。っていうのはお前か。聞いてた見た目と随分違うけどよ」
逃げ、切れない。バレている。
汗が、吹き出す。喉が渇く。これが、強者による……圧倒的な……っ。
「おい、パバト。顎、再生させろよ。お前が何を喋るのか楽しみで仕方ないんだからよ」
目、怖。
……ただ、再生が許されるのは、願ったり、だ。
口が動けば、まだ、何とか窮地を脱せる筈。
魔法も紡げる、術技も何とかする。数秒。いや、2秒あれば。
「背中、取られてるんだ。分かるだろ──……パバト」
息が、詰まった。
頸動脈から刺した針が、心臓に辿り着いて突き刺すような、そんな怖気のある恐怖。
冷たすぎる。
魔王様と、同格か。いや──それ以上だ。
生物を──殺す側の、息の吐き方だ。
は。はっ。あ。
ば、馬鹿が。
たかが……たかが、人間だ。相手は。
何が、魔王様と同格かそれ以上の、力……と思ったんだ。
気のせいに、過ぎない、筈だ。
所詮、人間の尺度。
魔族とは、位置が。位が違う。勇者と戦ったことは無いが、所詮、理解出来る範囲の強さだ。
だから。
「物
「──なぁ、東の国の遊びって何か知ってるか?」
質
「ぬ? 駒回し。めんこ。ショーギ? とか?」
変
「それもあるけど、面白い遊びがあってさ。やってみないか、プルメイ」
形……
「なんて。遊び?」
?」
「福笑い。──顔のパーツを並べて顔を作るそうだ。ここに丁度いいのが転がってるだろ」
「……汚い。から、パス」
「そうだな。汚い福笑いだ」
「……隊長。顔、悪党、みたい」
「そうか? 元からこんな面だけどな」
──ベッドの上に散らばった顔の破片のそれぞれが、遅れて来た痛みに苦悶を浮かべた。
あれ。
なんで、僕朕の。顔。
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次回投稿は 9月28日 を予定しております。
よろしくお願いいたします。




