【27】死亡フラグは突然に【12】
◆ ◆ ◆
最初から強い存在はいない。
最強といわれるライヴェルグもまた幼少期は弱者であり、絶望的な状況から這い上がり強くなった。
医学や科学的見地から見れば、その幼少期の絶望的な状況が彼の脳のリミッターを破壊してしまったのかもしれないが、それはもう知る由は無い。
最初から強い存在はいない。
じゃあ、どんな存在が強いのか。
様々条件があるだろう。
人によって異なるだろう。
だが、必ず誰もが回答を持っている。
故に。
これは彼の持論だ。
その存在が思う、強い存在の『条件』。
どんな過酷な状況下でも。
どんな劣悪な環境下にあっても。
決して勝てない敵との戦闘でも。
生き残ること。
生きれば、その後、強くなれる。
生き残ればいい。
奈落の底に落とされても、そこに居る蛇を食ってでも。
首の皮一つでも生き残れ。仲間を盾にしても爆撃から逃げろ。
地獄に有れば周りの罪人を殺してから蜘蛛の糸で這い上がれ。
生存。それに勝る強さは無し。
それが、彼──パバト・グッピの持論である。
そして、それがパバトの強さである。
◆ ◆ ◆
故に──飛び散った泥の一つは、岩に張り付いていた。
(──死、に──……そ、うだ)
その人面瘡のような泥が、パバト・グッピである。
今しがた、ねじ切られて最終的に炸裂した男だ。
「──自ら散り散りに炸裂して……私から逃げた」
詰まら無さそうな顔をしたヴィオレッタが諦め交じりにそう吐いた。
(ぶひゅひゅ。その、通りさっ!)
パバトは、ねじ切られる寸前で自身の体を中から爆発させた。
(──激痛、だった。だけ。だ、け、ど。これで)
「……不死身すぎるね。貴方。ただ──そこまでの不死は異常だね。
どんな傷を負っても再生できる。くすくす。──おかしい気がするんだよね」
(ぶ、ぶひゅひゅ。……流石、魔王に……教わった、だけある、なあ。違和感に、勘づいたか)
──心臓。
パバトは先ほど話した。『心臓を撃てば自身は死ぬ』と。
それは逆に心臓を撃てなければ、どんな攻撃を受けても再生できるという表明をしたのだ。
だが。
(ぶひゅ、ひゅ……ちょっと、語り、過ぎた……。
僕朕の心臓のトリック……。
このカラクリ。見破られる、前に……逃げなくては)
泥は、音を立てないように静かに岩から岩へと跳び移る。
(まだ……チャンスは、ある。生き残れば、いつだって、チャンスはある。
そう、それでいい。僕朕は……僕朕の、勝利は、ただ一つなんだ)
にたりと泥が笑った気がした。
(ロリっ子を犯ぁあす! ただそれだけ! 僕朕の、ゴール! 勝利はそれ!
だから──……もう、戦わないッ! このまま距離を取って、逃げ──)
「──……『靄舞』、」
ヴィオレッタが唱えるように小さく呟く。
彼女の掌から、柔らかい煙のような黒い靄が立つ。
そして緩やかに落ちた靄が地を這った。
その行動は、地面に散らばり落ちたパバトを探す為だと容易に想像が付く。
だが、その行動を見てパバトは、まったく違う想像をした。
(──マズイ)
生存に長けた男が、探しているのが自分ではないと直感的に判断した。
(マズイマズイマズイッ!! その場所はッ!!)
ヴィオレッタの靄が落ちた場所。
それは。
「採掘り上げろ」
めくり上がった地面。そこは直前まで、パバトが立っていた場所。
草木が捲れ、地面が浮き上がる。
そして、空に弾き出されたのは白いもの。
親指程の、白い──昆虫の幼虫のような物。
だが、それは薄く白く光る──幼虫に擬態した。
「心臓」
「あああああああッ!!!」
間一髪だった。
ヴィオレッタが指を伸ばしたその直線。泥は跳び出し右手になっていた。
左目と口。耳代わりの穴が付いた──右手。
それが白い幼虫心臓を口に含んで飲み込んだ。
そして、その右手は膨れ上がり──人間の姿になる。
「っ。本当に生き意地が凄い」
パバト──だが、身体の肉が足りていない。
髪も失い、ガリガリになり、肩で呼吸する老人のような男がそこにはあった。
「は、っ。はっ!! し、心臓のトリックッ……何故、分かったッ」
「……異常だったんだよ。貴方の強さが。おかげで考えて分かった」
「考えて、だと」
「うん。どうしてあんなにボロボロでも死なないのか。心臓が体のどこかにあれば確実に破壊していた。
けど破壊出来なかった。──じゃあどこに有るか。
貴方の術技は物質を粘土に変える。そして自身の体も。
だから、自分の心臓は、自分の足の裏から出していたんでしょ」
(ぐっ……か、完璧な、僕朕のトリックが……くそっ)
──心臓は常に足の裏にあった。
幼虫に擬態させ、固くした心臓。
そして、自身の足元の地面だけを柔らかくし、その中に隠していた。
「不死身のトリック。ネタがバレれば、もう簡単。
地面ごと刳り貫いて、ぐしゃぐしゃにしてあげる」
「ぶ、ひゅ……ひゅ」
「何笑ってるの」
「……いいや……ぶひゅ。僕朕と、キミの……勝利条件。
噛み合ってない、ことが──噛み合ってなくて、本当に、良かった、と思ってね」
岩と岩が擦り合うような音がした。
不快といえば不快──まだ戦う気だと、ヴィオレッタはすぐに構えた。
だが、違う。
「僕朕は……勝てると、思ってここに来た。しかし、勝てなかった。
なら。……キミのが、強い。と、して。
僕朕は、まだ……強くなれる。なら、今は。
戦う気など、毛頭ないのだ」
「!」
彼の背後の岩が割れる。中にあるのは瓶。
魔法の何かだと猿でもわかる。故にヴィオレッタの行動は素早く適切だった。
靄を矢のように飛ばし、その一撃で瓶を砕いて見せた。
「そう、合理的だ。合理的故に気付かない」
砕くということが発動の方法だ。
そこまでは、考えつかないのが常識。
「付き纏いの魔法ッ! 発動ゥうう!!」
転移魔法の青白い火花が眩く散った。
◆ ◆ ◆
付き纏いの魔法。
これは特殊な転移魔法である。
何が特殊かというと、これは移動したい場所に移動するのではなく、選んだ相手の近くに跳ぶ転移魔法なのだ。
ただし、その効果は通常発動した場合。
(今回は……緊急発動。ぶひゅひゅ。あの発動の仕方だと、過去一年内に会った相手の近くに跳ぶ魔法に代わる。が、今回は好都合。これでいい。ともかく、距離を取れればそれでいいのだ)
ナズクルたちの下に帰ることが出来れば御の字。
そうじゃなくても、ともかく逃げ切れる。
(一回、場所を移して……そこから、生き残る。それでいいのだ。
もう、ナズクルたちの下に戻らなくてもいいし。これで──っと、おお)
パバトは木陰に出た。
そしてしゃがむ。
(よし……後は、何か……食べ物、あるいは、人間が……居れば。
ぶっ殺して、食べてしまえる……そうすれば、元の、完璧な体に戻れる)
アバラが浮き出る程に痩せたパバト。誰が見ても彼をパバトだとは思わないだろう。
パバトはとりあえず木の幹を割って口に突っ込んだ。
(しかし……僕朕は誰の傍に来たんだ……まぁ。誰の傍でもいいか。
とりあえず、食事を、一回)
「──大丈夫か? まだ生き残ってたんだな。良かった」
草むらを掻き分けて出て来た男と目が合った。
冴えない顔立ち、着古したジーンズ。安っぽい服にスリッパを履いた男。
凡そ、凡百。されど──知ってる人間が見れば知っている。写真で彼を見たこともある。
(──ららら、ら。ららら。ららライヴェルグッッ!!)
ライヴェルグ。──またの名をジンという男の目の前にパバトは転移してきていた。
◆ ◆ ◆
いつもありがとうございます。
次回投稿は 9月17日 を予定しております。




