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【27】パバト・グッピ②【11】


 ◆ ◆ ◆


『自分より力の弱い相手を甚振って、何が楽しいのか』


 雷鳴か、あるいは恫喝のようにその言葉が部屋に響いた。

 部屋に居るのは二人。

 椅子に縛り付けられた──16歳の少年。

 そして、その少年の父。


『抵抗の出来ない相手を一方的に嬲り、暴力で従えるという邪悪なことはしてはいけないのだ』


 枯れ果てるような声だった。

 同時に、彼の父は心の底から彼を改心させたくて出した嘆願のような言葉だった。


 真摯に向けられた言葉だと理解出来た。少年はそこまで頭が悪くはなかった。

 だが、彼は素直だった。素直過ぎた。



『魔法使いの訓練(レベリング)て、自分より能力(レベル)の低い魔物(モンスター)を狩って行うよね』



 素直に、言葉を並べていた。

 彼の父は何を言っているか分からず一瞬、目を丸くする。


『楽しいよ? 弱い相手を(いたぶ)るの。

自分より弱い相手に対して無双するのって、爽快感があって僕朕(ぼくちん)は嫌いじゃない。

寧ろ、凄く好きだ。というか皆が好きだと思う。

自分が努力して、疲れ果てて、強くなって、ギリギリ。ボロボロになって強い相手に勝つよりも。

確実に。努力せず、三割くらいの力で倒せる相手に最高火力を最効率で出す方が絶対に楽しい』


 父はその言葉に顔を皺だらけにした。

 理解したからだ。


 ──その言葉は、少年が詭弁で乗り越えようとして連ねた()()()()()()()()()()()()()



 本心。



 本当に、心の底から、彼はそう思っている。


『醜悪だ。醜悪な心だ。パバト』


 怒鳴り声は叫び声にも聞こえた。魂が軋み込む声とも言えた。

 彼の父の拳骨は硬かった。

 骨と血管とが浮き出る程に強く握り込まれた拳が彼の顔を叩く度、ねばりつく血が跳んだ。

 あまりにも勢いよく血が跳びすぎて机の上の燭台の火を二本も消した。


 残った三本の揺れる蝋燭を、少年はただ見ていた。


『お前は生まれてはいけなかった。お前は心まで毒で侵された。

または心までもが毒で出来ている。乾き続けて腐っている』


 16の少年なら心が砕けてしまうような言葉を投げられた。

 しかし、その言葉は何も彼の心を動かさなかった。

 そうなんだろうな。程度の話だった。


『弱いのが悪い。嫌なら逃げたり戦ったりすればいいのに、逃げなかった。

それに嫌じゃないか聞いたら嫌じゃないって最後は答えた。だから合法的』


 椅子は蹴飛ばされた。

 そして身動ぎ一つ出来ない彼の上に、父は馬乗りに跨った。

 彼の顔面を殴る。

 何回も何回も、自分の拳の皮が捲れるまで殴る。


『それが邪悪なのだ』


 涙の粒が彼のふっくらとした頬に落ちて地面に落ちた。

 父は泣きながら、懸命に伝えようとしていた。

 だから。彼は素直に言うべきだと思ったのだ。


『違いますよ、父朕(パパちん)

『何?』


『邪悪なことは違います。父朕(パパちん)が言っていた。

──抵抗の出来ない相手を一方的に嬲り、暴力で従えるという邪悪なことはしてはいけないのだ。

邪悪なこととは一方的に嬲り暴力で従えるということです。

そう、今の父朕(パパちん)。貴方のことです』


 父は目から血が噴き出る程に力んだ。

 そして、彼の顔面へ──殺す決意(つもり)で──拳を振り下ろした。


 だが、父が殴ったのは地面だった。ただの石の地面を殴っていた。


 ──術技(スキル)を、彼が初めて手にした瞬間だった。


 身体を泥のように変化させ、地面を液状に這う。

 そして、少し離れた場所で彼は形を取り戻す。

 

父朕(パパちん)僕朕(ぼくちん)はこれで、抵抗の出来ない相手じゃない。

いつでも抵抗出来る。だからこれで父朕(パパちん)は邪悪じゃなくなった。よかった』


 父は戦慄した。同時に憎悪し、直感する。

 息子を──否。()()()は今、ここで殺すべきだ。

 腰に携えた腕程の長さの短剣を抜き、彼へと振り下ろす。


 短剣は、彼に刺さることは無い。

 弾いた訳でもない。短剣が、ぐにゃりと泥のように溶けただけだ。


 そして、彼は父の顔を掴む。

 左拳が握られている。そのまま彼は拳を突き出せば、父の腹など貫通できるだろう。


『どうして力の無い者を虐げてはいけないのか、まったく分からない』


 その時の彼の父の回答は──ある側面では前時代的な回答だった。

 だが、この場面においては端的に──彼を諭す為の回答だった。


『女、だからだ』


 彼の父の意図は性差のことを言っていない。

 もっと意味の広い、大きな枠組みでの意味で絞り出した言葉だった。

 その子を愛する人が、両親が、未来的に家族を持つならその未来の伴侶が居る。

 想像力を働かし、将来を見据えて、誰もが持つべき情愛だ。

 そういう願いを込めた一言であった。


 しかし。


『女だから』


 その意味は届かなかっただろう。

 だが、彼は父から手を離す。

 

『女……。そうか。だとしても、だ。

力が弱いんだから、従ってればいいんじゃないか。困らせることはしないけどなあ。

僕朕(ぼくちん)が給餌してあげるのに。その方が楽じゃないか。

僕朕(ぼくちん)は強い。食事も生活も不自由させないよ。

基本は自由にさせとく。必要な時に服を脱いで、呼ばれた時にケツ向けるだけでいい訳だし。

喋る内容もある程度は脚本も用意する。何が駄目なんだろう』


 彼は真剣に悩んでいた。

 何が問題なのかを悩み、回答が出ないでいた。

 回答が出ないのは当然だろう。前提となる倫理が、世界という枠から逸脱しているのだから。


 そして彼は。

 その日も、この日も──偶然か、何か──同じセリフを言う。


 ◆ ◆ ◆



「弱い奴が悪いとしか、思えないんだよね」



 彼は──パバト・グッピは16歳の頃と同じセリフを言って薄く笑う。


 倒れ込んだ少女──ヴィオレッタの髪を掴んで持ち上げた。

 吐く息が荒く薄い。毒が聞いているのだろう。額にも汗が流れていた。


「前にもやった魔法なのにねえ、ぶひゅひゅ。同じ手に引っかかっちゃってさあ!

バカだよなあ! やっぱりバカだなああ!」


 揮発毒。パバトの血は揮発し、相手の意識を奪う毒に変化させられる。

 パバトはニタニタと笑い、少女の足から指の先まで舐めるように見る。


 棒のように華奢で細い足。折れてしまいそうな肩、細い両腕。指。白い指。


(さっき腕に纏った黒い靄は消えて無くなっているな。ぶひゅひゅ、よし。完全に気を失ったか)


「ぶひゅひゅ~! バカで雑魚の癖にさあ~! 僕朕(ぼくちん)をキモイだキショイだ散々言って!

まぁでもいいんだけどねえ! やっぱり、本気で拒絶してるヤツの心をぐっちゃぐっちゃにするのが楽しい訳だしぃ」


 パバトは髪を掴んだまま持ち上げる。

 ヴィオレッタの顔が僅かに歪んだ。痛みで歪んだのだろうとにやりと笑う。


「目を覚ましらどうなるかなぁ! 第一声、どんな声聞けるかなあぁっ!

ああ、もう居ても立っても居られないけど、起って来てるなああ!!」


 汗ばんだ苦悶の顔。薄い呼吸に閉じた目。

 白い首筋に、艶やかな鎖骨。


「弱いメスはこうやってぇ! 従わせるんだよおお!」


 あはぁああ! と大声を上げて左腕でヴィオレッタの襟元に手を掛ける。






   紫眸。

   丸く見開かれた豹の瞳。






「──え」


 右腕が解けて──否。

 まるで、巻かれていた肌色の包帯でも解けるように、その右腕は顕現した。


 光沢のある漆黒に洗練された五指の腕。鋭利な刃物。細く鋭いその大指。



「──撃滅する腕(マイン・カンプ)



 パバトの股の間から。


「ぎ」


 腸を引き摺り。


「が」


 顎を抜け。


「ぼ」


 脳天までを裂き抜いた。




「ぃぃぃいびいいいいいあああ!!!」




 血を振り払い、目を見開いたヴィオレッタ。

 口元をようやく薄く笑ませた。


「──私を見下してるから、気付かないんだよ。

フリだってさ。毒を吸って、倒れたフリ。くす。

私を──ううん。私たち女の子を、馬鹿にしすぎ」


 ぷっ、と血を吐き捨ててヴィオレッタは転がった肉塊を見下ろした。


「なっ、ん……べっ! なんべ、僕朕(ぼくでぃん)ぼ……ッ、毒ぼお!」


「それが、貴方が見下してる証拠。

私が『血の毒』を覚えてないとか、対策してないって思ってた訳でしょ。

対策するに決まってんじゃん」


「ば、ばぎゃなッ!」

(馬鹿なッ……魔法の反応は無かったッ! 解毒魔法があったとしても発動した兆候もなかったのに!)



「毒吸わなかったことがそんなに不思議?」



 ヴィオレッタは肉片の頭を踏む。

 そして、そのまま力を込めて踏み潰す。


「びぃっ!」


「答えは簡単だよ。──呼吸、止めてただけ」


「な……ん!? そんな、単純なッ! だ、だって、毒にッ! 顔!

毒で苦しんだ顔をしてたじゃないかッ!!」


「くす──言ったじゃん。フリ。演技だって。

……貴方、あれでしょ。女の子の演技、何にも見破れない駄目な男でしょ」


「ッ! な、舐め、腐ってぇええ! 僕朕(ぼくちん)は……ッ!

ぴゅ、ピュアなだけだああッ!」


 肉塊のパバトが顔を戻し叫ぶ。

 身体がもう再生される。その悍ましい姿を見ながらヴィオレッタはくすりと笑った。


「くす。だから女の子に()()()()()()訳だね」


「シて、ヤる方さっ!」



 完全に体を再生させたパバトは飛び上がった。


 だから、ヴィオレッタは静かに息を吐く。


「それでもやっぱり違うみたいだね。もうほぼ終わり。

私は貴方の泥をどう倒すか考え続けて来た。対逆とまではいかない。

でも、泥は何か。基本的な点を考えればいい。教えて見て」


「ど、泥が何かあ!? 水を含んだ土のことだああ──」


(な、ぜ。僕朕(ぼくちん)は、質問に答えているんだ。な、なんで、口が、勝手に)




「私は靄を使う。靄には魔法や術技(スキル)を写す習性がある。

ただ今回はそれよりも重要なこと。靄という存在は、水分だ。

そしてそれを自由に操作して扱う私は、実質、水分を扱っていた。

これに気付ければ後は単純だった」




(そうだ。僕朕(ぼくちん)は立ち上がろうとしただけだった。のに。

なんで、飛び上がった!? ありえない、僕朕(ぼくちん)が飛び上がることは)



 そう。

 パバトの体は、まるで蜘蛛の糸に掛かった芋虫のように、空中に浮いていた。



「一度でいいからバラバラに分解出来れば。貴方の泥に私の靄を紛れ込ませられる。

まぁ。──こんな気持ち悪いこと。したくないけどね。ああ、気持ち悪い」



「こ、のッ! このメスガキが──」





「靄舞、捩じ切れ」





 骨格を越えて。原型を無視して。

 雑巾を絞るようにパバトの体が捩じれた。





 ◆ ◆ ◆

次回投稿は 9月15日 を予定しております。

よろしくお願いいたします。

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