【27】良いんだね【10】
平原。天気は曇。
灰色の空の下。
「──さァ、魔王ちゃん。ぶひゅひゅっ、愛し合おうかァ」
腕を切り落とされても再生をする巨漢の男、パバト・グッピ。
顔に食い込む眼鏡を指で掛けなおし、恍惚な笑顔を浮かべる。
それに向き合うのは少女。
黒い大鎌を片手で転がし、翼のような黒衣を纏う。
長い黒緑色の髪を風に靡かせて、その紫水を満たした瞳でパバトを睨んだ。
「殺し合い? そう。──じゃあ、良いんだね」
魔王少女。ヴィオレッタは静かに問うた。
「ぶひゅ? 何が良いって?」
そして、ヴィオレッタは──まるで、笑ったかのように口を動かす。
パバトは、その目から目を離せなかった。
見開いた巨大な目。獣より野性的な光る瞳。
「貴方、殺して、良いんだね」
豹。
その靭軟な動きは、豹を思わせた。
二踏み。それは、草を凍て殺し、空中を蹴り跳ばし──少女がパバトの首元までに掛かった距離。
挨拶代わりと言わんばかりの大鎌の振り下ろし。
黒い稲妻のような速度の断撃で、パバトの頭が空を飛ぶ。
だが、手応えが無い。空飛ぶ頭の目も、ヴィオレッタを見ていた。それは彼女も承知。
その場でバレエのように回り──遠心力を付けた大鎌で、更に胴も上下に分断した。
しかし、これも手応えが無い。まるでレンコンでも斬っているかのようだった。
地面を蹴ってヴィオレッタが空中に跳ぶ。
更に立てに細かく刻もうとした──その大鎌の持ち手に、パバトの手が飛び掛かる。
「ぶひゅひゅぅう! 僕朕の術技【物質変形】はァ!
とてもちっぽけな能力だけどねえ! 斬撃打撃、物理攻撃に対しては、これほどまでに強いのさァああ!」
彼の術技は、物質を泥のように変形させる力。
その対象は生命体以外の物質と、自身。
だから、どれほど斬られても平気。
厳密には斬られる前に自身の体を泥に変化させ回避している。
「──一つ! 可愛い可愛いレッタちゃんに教えてあげよぉおぅ!!」
ヴィオレッタが一歩下がる。
それと同時に血の塊が落ちて来た。
どばどばっと音を立てて落ちた血。その周囲の草花が一瞬で腐り落ちる。
合わせるように切断された肉が集まり──パバトの体が、元の形に戻っていく。
血管も筋肉も、ミミズのように蠢いて。
悍ましい。──パバトの後ろで眺める勇者たちすらそう思っていた。
「僕朕の術技には弱点がぁ、ある!
全然無敵じゃあないんだよぉ! ぶひゅひゅ、僕朕の術技は」
「心臓」
「ぶひゅ?」
「──歴代の魔王の術の多くは『心臓』を起点にする。
師もそうだった。『黒塊心臓』の魔法は、心臓に追加の心臓を与えることで永遠を生きようとした魔法。
魔族の秘術の多くは心臓に帰着する。だから、貴方も同じ。
心臓の動きを一撃で止めれば、貴方は殺せる筈」
「ぶひゅひゅ。聡明聡明。だけどまあ、僕朕の体を知った上で、心臓なんて当てられるかなあ??」
パバトは笑いながらヴィオレッタを指指す。
「僕朕の術技で体の中を心臓は自在に動いている。
今、どこにあるかなぁ? 頭に入れたかも! または胴かな、腹かなあ!!」
「どこでも隠して構わないよ」
「ぶひゅう?」
ヴィオレッタは跳んだ。
大鎌を振りかぶって。
「細切れにしてあげる」
「ぶっひゅうう! 痺れるゥ! でもさあ! 無駄さァっ!」
振り下ろした大鎌。
それを、パバトはハムのような腕で受け止めた。
血飛沫舞うが、痛みも無いのかパバトは笑う。
「腕の肉の中身だけを鋼鉄に変えたのさあっ! そして、表面は毒ぅ!!」
そう。彼の最も得意な魔法は毒。
彼の血もまた、毒。
ヴィオレッタはすぐにパバトの足を蹴飛ばして後ろに跳んだ。
「賢明だなあ、ヴィオレッタ! ぶひゅひゅ!
もう少し深く僕朕を斬ったら──毒まみれにしてあげたのにねぇ」
ヴィオレッタの持つ大鎌の先にこびり付いた血。それも沸騰するような音と煙を立てる。
だが、ヴィオレッタは歯牙にもかけない。
ぶん、っと大鎌を振る。ただそれだけで血は弾ける。
「毒。──だから何。毒なんて、触らなければいいだけ」
ヴィオレッタの言葉にパバトはぐっちゃりと笑う。
「ぶっひゅうう!! 甘い! 甘いよォレッタちゃああん!
避けきれない量の毒を飛ばされたらァ!! おしまいだろうにィ!」
筋肉魅者のような|胸と肘張り腕を腰にする姿勢。
張り裂けんばかりに隆起したパバトの脂肪が──肩から胸にかけて一気に張り裂けた。
肉が破裂し、血が吹き飛んだ。
横降りの雨のように、毒の血がヴィオレッタに向かう。
避けるのは困難。──に、思えた。
「──【靄舞】、大傘」
ヴィオレッタの持っていた大鎌が黒い靄になって消え──そして大きな番傘に代わる。
彼女の術技の一つ、【靄舞】は靄を自在に生み出す。
その靄の形は自在。
ヴィオレッタは、パバトの視界から自分を隠すように開かれた大傘を水平に傾ける。
(ぶひゅ。何とも古風な隠れ方を。ぶひゅひゅ。
これは古典武術の『視逃げ』。相手の視界を遮って、相手の背後を取る戦闘方法だぁ。
ぶひゅひゅ。僕朕がそういう知識無いと思ったのかなあ??
まぁ対策は色々あるが)
パバトは大傘から目を離さなかった。
だから──見れた。
目にも止まらぬ速さで、兎のように背を低くして跳び出すヴィオレッタを。
(ぶひゅう!! みいつけたぁあ!!)
パバトは──その肉体に見合わない素早さを持っている。
元々が近接戦、格闘術の専門家であり敏捷性は非常に高い。
故に、パバトはヴィオレッタの進む方向へと駆けて向かった。
「レッタちゃああん!」
「!」
振り下ろされた丸木のような拳を、ヴィオレッタは間一髪、足蹴で防ぐ。
「黒いレギンスが見えたぁッ!」
「マジキモい」
パバトがニタリとヴィオレッタの細い足を掴む。
が、瞬間、パバトの指が爆散する。
ヴィオレッタのそのブーツも靄で作られた物──つまり、掴んだ瞬間に爆発する罠。
だがそれもパバトは織り込み済みだった。残った左手の平手。
ヴィオレッタは舌打ちをしてから、弾かれるように後ろへ下がる。
(そろそろ、かなぁ……ぶひゅひゅ)
そして、下がりながら──彼女の右腕に黒く靄が集まる。
まるで分厚い布が巻き付くように。空間を捻じ曲げる程の黒が、彼女の右腕に集まる。
「【靄舞】、身衣──!」
ヴィオレッタの得意とする技。靄による戦法の主。
だが。
ヴィオレッタは足を止める。そして、膝を付いた。
「──ぶっひゅう!! よっしゃあ効いた効いたァ!
脇が甘いぞお、レッタちゃんっ!」
「っ」
パバトは馬鹿みたいに手を叩いて笑う。
「ぶっひゅっひゅうう!! 前と同じ手を食ったな!
忘れてただろう! 僕朕の血は、気化しても毒を生む!!
さっき血を撒き散らしたのは、レッタちゃんに毒を撃つ為じゃあないっ!
辺りに撒き散らして! 毒を無意識に吸わせる為に撒いたのさァ!!」
ヴィオレッタは前のめりに倒れた。
どうにか額で地面を押さえて、呻いている。
「ぶっひゅうう! さああ!!! 待ってましたあああ!!
これからお楽しみのぉおお! ☆■☆■☆ショー!!☆ はっじっめっるよぉおお!!
カメラをお持ちのお客様はぁああ! 一歩前へええ! ぶっひゃああ!!」
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いつも本当にありがとうございます。
次回投稿は 9月13日 を予定しております。
抜糸の日……。よろしくお願いいたします!




