【27】汚悪【09】
◆ ◆ ◆
パバト・グッピという男がいる。
記録によれば、彼が生まれた地は泥花沼という危険かつ劣悪と言われる島である。
泥花沼──王国民には聞きなれない地名だ。
それも当然。
場所は、現在の魔族自治領より更に北西にある小さな島。
植物のほぼ全てに毒が混ざった沼地帯。資源が取れる訳でもなく、王国にとっては特別必要とする島ではない。
その場所に、男の子が生まれた。
名をパバトという。
彼はグッピ家の長男として生を受けた。
グッピ家というのは、魔法学に通じる魔族なら知らぬものは居ない魔法薬の名門一族である。
無論、その薬というのは毒も含める訳だが。
幼少期から少年時代にかけて、パバトは特別に問題がある少年ではなかった。
奇行があった訳でもなく、他者からイジメられたり、隔絶された環境にあったという訳でもない。
弱い者を虐げる趣味があった訳でも、動物を虐待するような邪悪な趣味もない。
平々凡々。
どこにでもいる少年。時を経て、少し太った青年。
それが彼の16歳までの他人の印象である。
ただ16歳の時。
『パバトお兄ちゃん!』
──それは彼の従妹にあたる少女が家を訪れた時だった。
天真爛漫で可憐。元気な少女を絵に描いたような子であった。
パバトという男を知っているならば、どうなるかは想像に難くないだろう。
端的に。
彼が家族らに取り押さえられたのは、その少女の両足が切断された後だった。
弄ばれ凌辱の限りを尽くされた少女を前に、パバトは笑みを絶やさなかったという。
親族らが彼を問い詰めた時に答えたのは、反省の無い回答だった。
要点だけまとめるなら。
しゃがんだ際に浮かんだ服の隙間から局部が見えた。
スカートが捲れて見えた臀部を触りたかった。下着から少しずれて見えた性器に興奮を抑えきれなくなった。
切っ掛けがあるとすれば、その日だった。
しかし、この出来事は切っ掛けなだけだ。
きっとこれは彼が生まれ持って、最初から持っていた性癖だ。
男は、平凡という泥より生まれ出でても、平凡という泥に染まれなかった。
その後、男は戦場に立つ。
戦場という異常な場は、彼にとって最高の性の捌け口となった。
戦場で長く生きたい。それは戦場で長く犯す為。
その為に男は強く狡猾になった。
その時代──強さだけなら、魔王の名を頂ける程に。
◆ ◆ ◆
──ぶひゅひゅ。僕朕が今、味方しているのはナズクル側。
つまりは『人間・勇者側』。だから、他の勇者クンたちに配慮の為、人間らしく仮装している。
肌は肌色、髪は黒色。顔立ちと体格は変わらないけどね。
ちなみに僕朕は今、偽役職と偽名で、S級勇者のパード様になってる。ぶひゅひゅ。拳法は腹で無効化さァ……ッ!
しかし、不思議だ不思議。今も昔も変わらない戦場にいるのになあ。
側が全然違う。昔は魔族・魔王側。今は、人間・勇者側かあ。
まぁ。やることは変わらない。今も昔も。
「目の前のロリっ子をボコして犯す。ただそれだけ。──もとい、敵を薙ぎ払うだった! ぶひゅひゅ!」
「汚悪」
最前線。出来立て、始まったばかりの戦場にて。
夜のように黒いドレスを纏った黒緑色の髪の少女、ヴィオレッタはそう吐き捨てた。
「いきなり会って何ともマァ悪態過ぎるッ!」
「今は急いでるんだよね──それと全員に同じ警告をしてる。貴方にもする」
「僕朕も警告するよォ! こんな衆人環視の場所で■■ショーになるかもしれないけどさァ!
それもそれで楽しんでくれるよねえ! ぶひゅひゅ!」
「武器を捨てれば殺さない。背中を向ければ殺さない。私に挑めば全てを奪う。
その覚悟があるなら挑め」
「逆も然りィ! ぶひゅ! 僕朕に挑むなら骨までしゃぶられる覚悟を持ってもらうよぉ!」
パバトの言葉を聞いてから、ヴィオレッタは静かに、くすっと笑った。
「──この私を食べれると思ってるの? 運動不足の汚泥豚ちゃん」
「ぶひゅひゅ。筋線維盛り盛りの野生の獣だって、教えてあげないとなあ」
パバトの両手から鮮明過桃色の液体が噴き出る。
毒。それが彼の扱う魔法。
「S級勇者のパード様だ!」「おれたちも続けえ!」
彼の両脇から勇者が数名駆け出した。
パードことパバトは脂肪塗れの顔をグチャグチャに歪めた。
桃色の液体が空中を舞う。
彼の腕は真上に伸びていた。──いつ、彼が手を上に伸ばしたのか。
ヴィオレッタすらその電光石火の早業を、目で追えなかった。
「僕朕の戦場に──」
「え?」
1人の勇者が立ち止まる。顔に針で刺したような痛みがあった。
そして──ぼとりと、何かが勇者の足元に落ちる。
ぺらぺらに乾いた獣の腸のようなそれ。
それは──顔だ。彼の顔の皮。
「──20歳以上の女と、0歳以上の男は立ち入るな」
錯乱し絶叫する数名の勇者たち。
パバトは心底不愉快な顔をしてから、掌にまた桃色の液体を溜める。
「叫ぶな。僕朕はロリの声しか聴きたくない」
塩でも撒くような単純な仕草で桃色の飛沫を飛ばし──
──その液体が、弾け飛ぶ。
「……援護しようとした人に、よくもこういうことが出来るね」
大鎌を持ったヴィオレッタが、勇者たちの前に立っていた。
その大鎌でパバトの毒液を払ったらしい。ぶひゅ、っとパバトは泥のように笑う。
「出来るさぁ。僕朕とレッタちゃんとの甘い時間を邪魔する奴らは敵だろう」
「不快」
──振り上げられた、黒い三日月のような太刀筋。
その大鎌はパバトの左腕に突き刺さる。
いや、パバトは故意に左腕で受けた。その一撃を止める為に。
「ぶひゅひゅ! 腕一本の犠牲でェ! キミの自由を奪えたァ!」
「腕一本? 自由を奪えた? 勘違い──甚だしい」
パバトに突き刺さった大鎌の先端が──赤く膨らむ。
「ぬっ!?」
「──砕爆大鎌」
爆発。
パバトの腕を空中に斬り飛ばす。
そして、彼の胸から、首から──血が噴き出る。
「あ、がぁああっ!!? うぐぁああ!」
絶叫をしながら、パバトはその場に蹲った。
「腕一本じゃすまないね。それに、私の自由なんて奪えない」
──ヴィオレッタはその場で踊るようにくるりと回る。
そして、先端が無くなった大鎌を軽く振り回すと、その先端に鴉の嘴のように黒い刃が戻る。
「ただ、──そんなお芝居もう辞めていいよ」
ヴィオレッタは詰まらなそうな──冷たい目で蹲るパバトを見た。
「これくらいの攻撃じゃ効かないんでしょ。貴方の体、術技で粘土細工だったよね。
そういう演技をして、相手を騙して殺す。それが貴方のやり方だもんね」
痛みで体を震わせるパバト──の、震えが止まる。
そして、顔を上げる。そして、にたりと笑った。
「……ぶひゅひゅ。賢いロリは嫌いじゃあないよ」
傷が──もう無い。
そして、腕も──ミミズのような肉片が伸びて治って行く。
立ち上がり、パバトは首をこきこき鳴らす。
「──さァ、魔王ちゃん。ぶひゅひゅっ、愛し合おうかァ」
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いつも読んで頂き、ありがとうございます!
次回投稿は 9月11日 を予定しております。
親知らず抜いた件、だいぶ復帰しました。
口が大きく開けられませんが痛み等は引きましたので何とか元気です。
ご心配をお掛けしました!




