【27】どこまでも深く落ちていくような【03】
◆ ◆ ◆
雨が、止まなかった。
降り頻る雨。窓の隙間から吹き込む冷たい空気。
肌寒い部屋の中にも雨音は響く。
白木のフローリングの上に点々と水溜まりがあった。
雨で濡れたまま、乾かすこともせずにその少女は一人用の茶色い革のソファに深く座っていた。
ヴィオレッタは黒緑色の髪も掻き上げずに、ただ右手の中を見る。
銀のライターがそこにはある。
ライターをカシャン、と開ける。そして、コ、と閉じる。
カシャン。……。
音はそれしかない。
少女は火を点ける訳でもない。
……コ。閉じた。
雨の他には、その音しかない。
カシャン。……。
……コ。
波のように、雨の音がする。
カシャン。
どこまでも深く落ちていくような、音。
コ。
◆ ◆ ◆
階段の下に銀白の色の髪の少女、ハルルがいた。
ハルルは頻りに周囲を伺っていた。誰もいないなら、と階段を登ろうとした時だった。
「……ハルル。今は行くな」
声がしてビクッとする。扉の向こうからした声にハルルは少し困った顔をする。
「ジンさん。……でも」
「今は……そっとしといてやれ」
魔族自治領にジンとハルルは戻ってきていた。
合流したルキとポムと紫斎族族長──そして、ヴィオレッタからも。
ヴィオレッタが偶然に魔王城に転移してしまったこと。
そこで捕まったこと。捕まってナズクルと話しをして知った真実──。
ヘイズさんが洗脳されていたということ。
奪還する為にガーたちが、ナズクルやパバトたちと戦ったこと。
全員が懸命に戦い、そして──ガーが殿として、残ったこと。
全ての事情を聴いた。全ての『内容』を聞いた。
(ナズクルがヴィオレッタを勧誘した際の話が本当なら。
……目的は……過去に戻ること、か……。それ程までに、過去に……)
ジンは拳を握っていた。
(……会って直接……あの顔面、殴らないと駄目だ。あの野郎……)
「でも……その。大丈夫ッスかね。……一人で」
ハルルが心配そうに言った。
ヴィオレッタは、今は誰とも会っておらず、ずっと部屋に籠っている。
時折、雨の中に探しに出ているが、それだけだ。
「変に今、何か言われる方が辛いよ。きっと」
冷たい言葉に聞こえたが、ハルルの耳にはジンの口調は少しだけ優しく聞こえた。
「そう、なんスね」
ハルルの言葉にジンは遠くの方を見て頷くだけだった。
「……ジンさんは、その」
「うん?」
「……いえ。やっぱりなんでもないッス」
「おい、なんだよ。言えよ」
「いえいえ! 全然つまらないことを聞いてしまいそうだったので!
忘れてくださいッス!」
「そうだぞ。ボクが戻って来たんだ、王都のカフェテリアにいるカップルのようなイチャイチャするは止してくれよ」
「うぉ、ルキっ、いつの間に!?」
「今だよ。悪いね、ここの外に転移して戻って来たから濡れ鼠で」
車椅子の賢者、ルキは薄く笑った。
「獣国の件、直接見て来たよ」
◇ ◇ ◇
獣国の件。
それは、あの空中に浮かんだ王城から『何かが獣国に飛んだ』という話のことである。
最初、砲撃があったんじゃないか、という話だったのだが爆音は聞こえなかった。
故に、情報が錯綜していた。結果、獣国に転移が出来るルキが跳んで調べて帰って来た。
そしてルキが見て来た状況と、実際の現場の話を聞いた。
魂が抜かれたように転がった獣人たち。
草木すら枯れ果てた黒い土地。
しかし、火の痕跡は一切無かった。
爆撃魔法の類ではない。
「だから不愉快だけど……新型の魔法爆弾、としか言えないね」
「ルキも知らない魔法、か」
「そこが不愉快な点さ。……王国の魔法じゃない。あれは」
「くすくす。魔王の作った魔法の筈だよ」
「ヴィオレッタ」
ルキが目を丸くした。
「お前、部屋から……出た、のか」
「くす。何? 人を冬眠中の熊みたいに扱って。出てくるに決まってるじゃん」
「大丈夫なん、スか? ヴィオレッタさん……」
ハルルが問うとヴィオレッタはその紫水晶の目でハルルを見た。
そして、順番にジンを見てから、ルキの目を見る。
「その魔法は『術技回収法』。
それに強制変化を合わせたんだと思う」
「術技回収法? 強制変化?」
ルキですら首を傾げたのだから、その場の誰もが分からなかった。
「どっちも師の魔法。ただ前者は『作ろうとした魔法』かな。
相手から術技を回収する魔法。でも、魔法で術技は回収できなかった。
術技は魔法で奪うことが出来ない。
もし仮に、この魔法で術技を奪おうとするとね、術技は奪える。
正し、使い切り。……ただ問題なのは、奪われた方。
……術技は魂に深く根付いているものだから」
「……術技を奪われた相手は、魂が抜けたようになる、ってことか」
「そう。その症状からすると、多分、無理矢理に奪われた」
「その強制変化、っていうのは?」
「そっちはね、魔法の効果を別の魔法に付着させる魔法。
……きっと土系統の侵食魔法とか煙幕とかを混ぜて術技回収法の効果を増幅したんだと思う」
「……っとに、たちの悪い物を作り上げたな、ナズクルは」
「でも! その術技回収と、ナズクルさんの目的はどういう関係があるんスか??」
「それは」
「……それはボクの推測を話そう。二つ、可能性がある。
一つ、術技を作る可能性。回収した術技から時を戻す術技を探している可能性だ。
一つ、時を戻す方法に大量の魂が必要な可能性。こっちは可能性が高い。
何故なら、ボクが渡してしまった天使の書の写本には幾つか『天使たちの魔法』が記されているからね」
「……天使たちの魔法??」
「ああ。何千年か前に天使が降りてきて、と始まるやつさ。
実際に使えるのか試すのには途方も無い魔法が幾つかある」
「その中に、時の魔法の記述は?」
ヴィオレッタが問いかけた。
ルキは肩を竦める。
「無い。……天使の魔法と呼ばれているものはどれもこの時代に姿を変えて実在する魔法なんだ。
しかし、どれも非効率。大量の命を使って、岩を動かしたりするレベルのね。
今の世界では効率化された魔法が五万とある。……だが、その昔のやり方でやるなら、大量の命は必要になる」
ジンは腕を組んだ。
「……ヴィオレッタ。聞きたいんだが、その回収魔法の弾丸、作るのに時間が掛かる、って見て間違いないか?」
「そうだね。試作段階の魔法の時点の話だけど、私なら編むのに2時間は掛かる。
完成して、あの破壊力を出すとなったら何人も掛けて1日……ううん、大きさが大きさだから3日が最短じゃないかな」
「ってことは連発してこないな。……何発ストックがあるかは分かんねえけど、貴重品だもんな」
「だね」
「なら俺たちがやることは変わらないな。
……あの飛んでる城に乗り込んで、ナズクルを止める」
「……確かに。それが一番早いだろうね」
「ッスね!」
「ヴィオレッタも──それでいいか?」
「くす。いいに決まってるじゃない。なんで質問するの?」
「……俺は、ナズクルを止める、って言ったんだ」
「だから?」
「……いや、いい」
「変なジンだね。──じゃあ、王城に潜入。いつにする?」
「今すぐにでも。だが……少しは時間が必要だ」
「そ。分かった」
「あ、どこ行くんスか、レッタさん!」
「くす。飲み物。飲みに行くくらいは自由に行かせてよ」
くすくすとヴィオレッタは笑って部屋を出て行った。
ぱたん、と扉が閉まる。
ルキは息を吐いて指を組んだ。
合わせて、ハルルがジンを見た。
「ジンさん。レッタさん、なんか……変じゃないスか」
「……ああ。……だな。異様だ」
「まぁ。無理して普通にしようとしているのだろう。
何を考えて堪えてるか、なんて分からないけどね。
キミら。……無いとは思うけど、戦闘とかのドサクサであの子を一人にするなよ?」
「? どうしてッスか?」
「ああいう顔した子から順番に、戦列を離れて行くのさ。
死者を運ぶ女騎士はああいう何かを堪えながら戦うその献身さを持つ者を優先して館に連れて行く。
……ヤバい一線の前には、ちゃんと止めてくれよ、二人とも」
「ああ。後戻りできなくなる前には捕まえるよ。ハルルが」
「私に全振り!?」
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次回投稿は 8月26日 です。
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