【27】問題ない【02】
◆ ◆ ◆
──太陽の光を受けた葉が、眩しいくらいの緑色を放っていた。
割れて罅ある太い幹に手を当てては、森の先を見る。
「エクゥは無理して付いてこなくていい。僕だけで行くよ」
上空から金属を擦り合わせたような高い啼き声が響いた。
上空を飛ぶのは、尾が胴体よりも長い鳥。
背は翡翠、腹は染め上げられた紅色。磨いた小石のように小さい目。
何かに向かって、見つけたようにその鳥は飛んだ。
(小さく輝く者が見つけたみたいだ)
青年は自身の髭を撫でてから木々の隙間を抜ける。
彼の髭は、長い髭だ。だが人間の髭とは違い真横にみょんと伸びている。
風にあおられ捲れたフードから覗いた顔は人間。──しかしその目は猫。
青年は、猫の獣人である。
「リュン小隊長……っ、ちと、早い、です」
その後ろ。少し息が荒い男が、なんとか息を殺して声を出した。
走る背の高い男は明らかに疲弊していた。
それを見て、猫の獣人はその場に立ち止まる。
「エクゥ。待ってていいよ。直線なら分からないけど、森の中なら僕の足の方が速い」
「そりゃ、そうは、いかんでしょっ……!」
「いいよ。大丈夫。何が落ちたか確かめるだけだから」
「……小隊長だけ、行かせられない、っすよ」
「そう。うん。……分かった。いいよ。でも急ぐのはやめないよ」
「了解ですっ」
二人の獣人は頷いてから、跳ぶように走り出した。
その中で──猫の獣人は胸に仕舞った懐中時計を見た。
「時間ですか、リュン小隊長」
「うん。……着弾と思われる音がしてからもう5分になりそう。
……でも爆発の音とか炎とか、何も上がってない」
「不発弾ですかね。もしくは時限爆弾とか」
「可能性はあるね。──攻撃なのか事故なのか。やっぱり現場に行って確かめる者が必要だ。
それは僕たち森の斥候の役目だ」
「……そりゃ……勇敢過ぎるぜ、リュン小隊長……」
リュンという猫の獣人に言われた男は荒い鼻息を一つしてから、溜め息を吐いた。
猫の獣人は、ボールのように弾けて跳んだ。
その横をフードを目深に被った獣人も行く。
(小さく輝く者が増えた。なんなんだろう)
「小隊長……っ。なんで、さっきから鳥を、見てるんですか?」
「……小さく輝く者は強い魔力に反応する習性があるんだ。
多分、領土内に落とされたのはきっと、強力な魔法的な何かが施された弾丸だ」
「王国の新型兵器?」
「まだ分からない。魔王側とか、帝国の可能性だってある。
──森を抜けたらすぐに丘の下が着弾地点だ」
「はいっ!」
──森を抜けた。
太陽の光が降り注ぐ草原。風も光るような丘の上に猫の獣人は立った。
見下ろせば、そこに集落がある。
農村。藁のような屋根に土壁の村。
「牧歌的だ」
「こりゃ……まぁ、田舎って言った方が早いですかね。実家の方が文化的っぽいや」
「それより」
馬小屋をそれは潰していた。
硝子、あるいは氷……石英にも見える。
人間の体程の大きさ。両端は尖った鉛筆のように鋭い。
しかし、脆いようだ。
村の男たちが何人かでそれを箒で叩くと、簡単に砕けていた。白い煙が出ているみたいだ。
男たちは馬小屋からそれを落とそうとしているようだった。
「……皆生きてるみたいだ」
「みたいっすね。とりあえずかえって報告しますか?」
仲間の声に頷こうとしたが、猫の獣人は頷かなかった。
「リュン小隊長?」
何かが変だ。よく見れば村人が箒で叩いていない場所にも罅が入っている。
あの石英みたいなものは、自壊している。
少しずつだが壊れている。何の為に。
リュンが思考している最中、石英の上に一羽の小さく輝く者が止まった。
羽を嘴で整えている。そして、その直後だった。
鳥の体が霞んで見えたのだ。
(……? 霞んでる? 靄、いや、湯気?)
リュンは目を擦った。
だが、目の錯覚ではなかった。湯気のような白い煙がその鳥から出た。
(毒? いや、違うと思う。あれは直感だけど、毒じゃない。
ただ、それよりも──何か)
そして、その鳥の体は突如として震え出す。まるで痙攣でもしたかのように。
(恐ろしい何かだ!)
その瞬間だった。石英が地面に落ちた。
地面に当たった瞬間、まるで糸が解けるかのような軽快さで石英が解けた。
そして、黒い煙がいきなり吹き上がった。
「な、なんだ、あれ!」
「何かヤバいっ! エクゥ! 逃げろ!」
黒い煙が触れた地面は──草花が枯れ果てる。
煙が、波紋のように地面を這って行く。
獣人たちがその場で崩れ、痙攣する。
泡を吹き、白目を剥いて倒れ込む。
数秒見ていただけで、農村が全て枯れ落ちた。
炎のような速度だ。
もう、リュンたちの間に目の前に──黒い煙が迫ってきている。
「走れ、エクゥっ!!」
獣人は走り出す。
「りゅ、リュンっ!? これは!」
「考えるなっ! 走って逃げろっ! この煙に触れたらっ──」
叫ぶ前に──目の前の木が枯れていた。
黒い煙はもう既に、彼らの背中を越えて、森の中に浸透していく。
(爆風、の速度……だ。見てからじゃ、逃げ切れない)
がくんと膝からリュンは崩れる。
白い湯気が体から立つ。熱い訳じゃない。
ただ。分かる。
猛烈な眠気と、吐き気。トンカチで殴られたような頭痛。
心臓が握られるような痛みと、焼けるような喉の痛み。
そして。
(血が、吸い取られるみたい、だ)
全身から血が抜かれるような──喪失感。
(これは……この兵器……は。一体、なん、なんだ)
◆ ◆ ◆
「回収弾──この弾頭は、地面に着弾後、爆発する。
ただし、厳密に言えば爆発ではない。
回収弾と地面が触れ合った時に魔法化合が起こる。
着弾地点から半径5キロを連鎖的に『土を煙に変化させる』。
そして、煙に触れた者から強制的に回収をする」
ナズクルはようやく説明を始めた。
「触れた者の『魂』を。──術技を、強制的に回収する。
それに生命があるなら虫も、木々も、全て。──それが、回収弾だ」
上空から見て分かる。
──楕円形だった。
その森は、楕円形に──まるでそこだけ除草剤を撒かれたかのように──朽ちていた。
「へー、凄い威力ねー」
「ルクスソリス。それだけか? これ程の破壊力を見て」
「いや……そりゃ、凄いしビビるけどさ?」
「うむ」
「……この5分弱ずっと何も起こらなかったじゃん???
だーからさ。『これ何の時間?』『何をされてる爆弾なの??』ってなっちゃってたんだよね、こっちは」
「ぶひゅひゅ、それには同意ぃ! このメンツ8人で無言は超つらかったっ!!」
「ま、まぁまぁ。なんかトラブルがあったみたいですし」
「くく。僕は面白かったよ?
どや顔で『些か笑えない程の威力の爆弾』と語ったのに何も起きなくて無表情で焦り散らかすナズクルくんを見るのはねえ。くく、面白かったよ??」
「あは。確かにね! それだけは面白かった! じーちゃん、あんたちょっとセンスいいね。
今度一緒になんか解剖する?」
「そして、回収した魂はここに集まる」
「──強引に会話続けたよ、ナズクル」
「術技持ちの魂はスカイランナーが確認する。
そして、術技の無い魂は──術技の材料とする。
俺の求める術技の為に、な」
ナズクルの言葉を聞きながら、老いた竜のような顔の男は笑う。
「くく。……しかし、凄い破壊力だった、というのは確かだねぇ。
一撃で森が死んだ。あの煙はまだ消えていないみたいだからまだまだ枯らして行くだろう。
くく。何発も打ってしまえばいい」
「いいや。残念ながら乱発は出来ない。回収弾は一日で2発程度しか作れん」
「ほう。それは残念だ」
「しかしそれで十分。……効率よく使えば、すぐに無数の術技が手に入る」
「つまり、無数の人間が死ぬということだな」
「いいや」
「うん?」
「魂を回収しただけ。厳密には殺してはいない」
「くく。詭弁だなぁ」
「そうだろうか。──まぁなんでもいいさ。目的さえ達成できるのならな。
結果的に」
「?」
結果的に、今日の死なんか、無かったことになる。
リセットすれば。過去に戻って今を変えればこの死も無かったことになる。
だから。
「別に誰が何人死のうが、問題ない」
結果的に、全員救われる。だから。それでいい。
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次回投稿は 8月24日 です。
よろしくお願いいたします。




