【27】始まりは【01】
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始まりは──……蛆が沸く死体捨て場だった。
戦場。それは命を死体に変える場所。
戦闘。それは命を死体に変える行為。
兵士。それは命を死体に変える人材。
魔法。それは命を死体に変える道具。
魔族。それは最初に命を奪うべき相手。
命という命が死に塗り潰される。
土と泥と膿と血に混ざりあって、何か分からない何か、に変わっていく。
あと数時間、この状況が続いていたら自死を選んでいたかもしれない。
それ程までに逼迫した、鍔迫り合いの戦場があった。
8時間前、戦闘行為は終了した。
魔族侵攻部隊を撃破せしめて、籠城戦に辛くも勝利した。
周辺地域の安全の再確保が行われている。
2時間前、周辺探索の任から戻り今は別の任に当たっていた。
戦闘終了から8時間経ったがまだ気を抜くものは誰も居ない。
敵を撃破し、すぐに勝利の美酒を浴びるように飲む、なんてのはフィクションの世界でしか出来ない。
周辺探索による物理的安全確保の後に待つのは、防御陣地内の衛生的安全確保だ。
つまり、死体処理である。
若い魔法使いは優先して死体処理に回された。
勿論、俺もだ。
死体の悪臭に堪えながら死体を運ぶ。
長い籠城戦だった。何度か踏まれたらしいこの死体は右腕が取れかかっていた。
運ぶ弾みで、その右腕が取れた。あっと声を上げてからその腕に手を伸ばした時、断面から、わっと蛆が広がった。自分の、同じ右腕にもぞっとした感覚が走っていた。
そこまで大きくない穴に死体を投げ入れた。
10人も入れたら満員の穴だが、俺には無限に続く深い穴に見えた。
巻き込まれた魔族の民間人も中にはいる。子供もいた。
不意に。俺の目の端には異質なものが映り込んだ。
……子供だ。死んでいない、子供がいた。
6歳か、7歳か。それくらいの幼い魔族がその穴の淵に立っている。
すぐに手首を確認した。銀の輪が付いている。
あの輪は保護済みの証だ。
勘違いされがちだが、魔族は全て虐殺という訳ではない。
非戦闘員であることが分かっている魔族をわざわざ殺さない。あれはその類だ。
後に一時的に収監され、法の下に処理される。
……家族が穴の中にいるのだろう、と察しがついた。
目の動きから、家族の誰かだろう。
そして、その家族の手に──指輪が見えた。
あの指輪を取って、あの子に渡してやるべきだ。
……しかし。俺は。
何も。……何も動くことは出来ない。
俺は軍人だ。
だから、規律に反してあの子に接触することは出来ない。
次の死体を後続が運んで来たらそれを入れて燃やす。その予定だ。
……あの子の為に。何か。
いや。正しいことは、そんな感傷的なことじゃない筈だ。
俺の正しさは、機械のように、命令に従うこと。
効率よく、忠誠心を持って、正しさを作り出すこと。
正しい兵士になる。
命を効率良く死体に変える為の兵士に。
だから。
……俺は、また一つ死体に変える。
俺の心の中にある命を、また一つ選び、銃で撃ち抜く。
そうやって、魂は冷たくなる。
こうやって、人は一つ、痛みを感じなくなる。
これが正しい。
……正しいことで、あって欲しい。
いや。違う。
あの子に手を差し伸べないことが正しいなんて、──正しくないと否定してくれ。
俺は。
「軍人さん! 回れ右で見ないように!」
だから。
始まりはこの蛆が沸く死体捨て場。
「ただのバカな冒険者の行動! 咎めないようにしておいてくれ!」
──風を切って、それは跳び出した。
風と共に伸びた長い緑髪。宝石のように煌めかせた瞳。
そして、もう一つの始まりは──一人の女性。
死体捨ての穴の中、泥、汚泥、血、蛆。
ありとあらゆる汚れという汚れで作られた場所に、一も二も無く跳び込んだ。
魔族の子供の為に、その親の指輪を取った。
そして、這いあがった。
自分の背中の傷を隠して微笑むその冒険者。
一際強く輝く星のように見えた。
◆ ◆ ◆
「この世界を俺は認めない。だから変えなければならない」
「変える!? 虐殺することが変えるゆうことかっ!? 違うやろ!」
──床に組み伏され、聖女ウィンは声を荒げる。
組み伏しているのはナズクル本人だ。
「最終的に平和になる」
「生物全部いなくなれば平和っちゅう考えならなっ! ただの狂人やんっ!」
「そうだな。……説明、する気はない」
「っ!」
「中立だろう。お前は。死んでない者を助ける為に俺の仲間をしている。
戦場で敵味方区別なく救う誓いだったか?
そこには何も言わないのだから、俺のやることにいちいち口を挟まないようにしてくれよ」
「虐殺となれば別やさ! あんたが嫌っとった虐殺魔法みたいなもんやんか!!」
「みたいなもの、という意味では頷くしかない。とはいえ、結果的に救われるのだからいい。
……せっかくだ。次々行こうじゃないか」
ナズクルは立ち上がる。ウィンは立ち上がろうとしたがふらついていた。
「っ……」
「無理をしない方が良い。左足の【感覚を無くしておいた】。立てない筈だ」
「この」
「──手始めに。獣国に撃ち込もうか。
スカイランナー。『回収弾』を装填してくれ」
虚空に名を呼ぶと『すふふふふ』と反響する笑い声が響く。
「ぶひゅ!? どこからか雑魚の笑い声が……!」
「おや。どこかで潜伏していたようですね」
「あら~、居たのね、あれ。なんかここに居るのが『魔族3名』だったのは作画ミス的かと思ったのにね」
『すふふ! 違いますよぉ! ちゃんと裏方仕事をしているのですよお! まぁ目立つ仕事で裏とは違いますがぁ!!』
「スカイランナーにはこの浮遊城塞都市の主砲を任せている」
(ぶひゅひゅ……あれが狙撃手? ……それは)
(え、スカイランナーに主砲を任せるって……)
(なんというか……)
(((不安)ですね)だわ……)
「スカイランナー。照準をまずは山岳の国境に合わせろ」
『了解!』
「そして撃てと言ったら」
──シュボッ
『あ』
「……まぁ。いい。だが、些か──笑えない程度の破壊力となっているからな。
皆で見ようじゃないか。その一撃の破壊力を」
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次回投稿は 8月22日 です。
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