【26】初回は2週間維持費無料【33】
◆ ◆ ◆
Tempus fugit ──直訳すれば、時は飛ぶという言葉。
時間の大切さ、怠惰、時間の浪費を戒める意味の言葉である。
その古樹語の意味も大切ではあるが、この王国でこの言葉を聞けば誰もが別の物を連想する。
嘘か本当か、神々が作ったとされる【聖剣】。その剣の刀身に、この言葉が刻まれている。
このことからその剣には、テンプス・フギトという名が付けられている。
いや、その剣自身も自らのことをテンプスフギトと名乗っている。
聖剣は、聖剣が選んだ勇者以外には扱えない。
そして、触ることも出来ない。
柄を握ったら弾かれるという分かり易い演出が入る訳ではなく、まるで幽霊かあるいは立体映像のように物理的に手にすることは出来ない。
なのに、それを手入れしようとする人間は何故か触れるという。興味深い不思議の一つであるが、その議題は今ではない。
──聖剣は、王城の入口から見て正面に飾られている。
意匠素朴な黒の握り柄、楕円の柄頭には砂時計の刻紋。鍔も遠目で見ればただの黒い金属の棒に見えるが、よく見れば細かい飾り文字が見てとれる。
その聖剣を見上げるように、その男はそこに立っていた。
「これが使えれば、話しは早いのだがな」
赤褐色の髪、彫りの深い顔。仏頂面のまま、目は細く切れ長。
規律正しい軍人にも荒くれ者の冒険者にも見える男、ナズクル。
その手には、見慣れないものが握られていた。
杖だ。──より厳密には修行僧が持ち歩くような錫杖に似たものだ。
胸の下まである長い杖。先端には赤い宝珠。そして金細工で作られた『冠と剣の紋様』。それは、王家の紋章だ。
王笏。──王の権威を表す装備の一つ。
本来はナズクルも手にしてはならない王笏で、彼は自身の肩を数度叩いてから溜め息を吐く。
「力も術技も、命さえも、二倍にする聖なる剣。
壊れたとしても再生し、所有者の望む形に変わる。
巨大だが重くない大剣から、呪いや病さえも切り裂く小刀にも──雷の如き速度にも耐える双剣にもなれる。
どんな力も付与でき、どんな力にも耐えられる。──正に世界最高の武器。
……お前が俺に力を貸せば、理論上最短で『過去に戻れた』んだがな」
誰も居ない王城の入口にて、ナズクルは聖剣に語り掛けていた。
聖剣は答えない。それは喋る機能を有していない──。
──注釈的に。この対話はナズクルが独り言で暇を潰すだけしか出来ない寂しい人間という訳ではない。聖剣には意思──人格と呼べるものがその中にある。特殊な方法を除いて、基本的にはその存在は所有者にだけしか見えない。
ナズクルはその存在と会話をしたことが何度かある。
だが、その剣との会話はもう叶わないようだった。
だから。ナズクルは聖剣に背を向けた。
この独り言は。いうなれば、一方的な会話。
嫌味と皮肉をただ聖剣にぶつけるだけ。
「──聖剣が保管している隊長の術技。あの雷の力があれば、な。
まぁいい。作戦や計略なんてものは上手く行かないものだ。昔からな。
だから、どれか上手く行ったら儲けものだ。今回も、そうしていくだけだ」
ナズクルの正面。王城の扉が開いた。
乱雑な足音の主たちが美しい大理石を踏み汚す。
人間の国、その中心たる王国の王城。その中に足を踏み入れた者たち。
その先鋒たちを見たら、王城の関係者がこの場に居たらひっくり返っていただろう。
「ああ嫌ね。キモデブに顔に傷キャラ要素加わってもカッコいいなんて思えないわ」
「僕朕も別にカッコつけて傷を残してる訳じゃあないっ! さっさと治したいさっ!
だけど決めてるんだっ! この傷を治す為に使う肉はっ! 意趣返し!
絶対に絶対に、レッタちゃぁんの足の肉を食いちぎってえ! それで埋める! って決めているぅッ!」
「……しかし、本当なんですか? あのガーとかいう混血がその傷をパバトさんに?
俄かには信じられませんね。よほど、パバトさんは弱くなったということでしょうか」
「ぶひゅぅ~、面白くもないことを言うねえ、ド三流の雑魚魔族の陰気な青羽の癖に」
「……いいですよ。表に出ましょう。……足で文字を書くコツ、教えてあげますよ」
「仲裁するお前が喧嘩腰になってどーすんだよー」
──羊のようなくせっ毛の女、ルクスソリスはケラっと笑った。
その隣に右顔面に四つ爪の痕を残した巨漢の男、パバト・グッピ。
そして、笑顔にも苛立った顔にも見える表情の青髪の青年、ユウ。
3名──全員、魔族。
「あーあー、もーあんたらわ。せっかくの会議なんやよー。
ちいとは落ち着いて欲しいもんさねー?」
「くく、別にいいんじゃないかねえ。面白いじゃないか。魔族たちは個性的でねえ」
そして、その後ろから続いて入って来たのは、桃色髪の聖女ウィン。
続いて、灰髪の初老の男性。ニヤニヤと笑った紳士風の男、モーヴェン・マルヴァジータ。
「私から見たら人間たちも十分に個性的だけどねえ……」
「そうなんかねー??」
「そうそう~。訛りが限界突破した聖女様に、魔物解体大好き科学者。
それから」
白熱色。溶鉱炉から取り出したばかりの白くも見える輝きのある赤。
純白のマントを纏い、鉄槌をその腰に。
そして、鋼鉄の耳当てを付けた少女。
少女は、ぶつぶつと呟きながら入ってくる。
「──改めて、分かったであります。徹底的に。潰すべきであります。
魔族というものは、本当に、邪悪醜悪。本当に、気持ち悪い。
全部。早く全部、全部殺さないとであります。絶対に殺さないとであります」
「正義狂い。異名通り狂っちゃったみたいだね~。耳栓なんかしちゃってさ~」
ルクスソリスが薄く笑いを口に浮かべる。それを見てティスは目を見開く。
「馬鹿にしたな、今、お前は」
「お~! 聞こえてない癖によく分かりまちたねぇ~! 耳栓より、その耳切り落とした方が手っ取り早いと思うよ~? 今やってあげるよ、外科手術」
「魔族は醜悪。死ぬがいい」
「ティス。ストップだ。落ち着くんだ」
彼女の副官がティスの肩を抱き抱えるように止めた。
「あーあ、まるっきり廃人ね。イカレ脳味噌だわ」
ギリギリと歯を鳴らすティスをスタブルは背中を優しく叩いて宥める。
4名──全員、勇者。
「──ナズクルさんの仲間が全員揃うなんて。中々の光景ですね」
ユウが笑って見せると、ナズクルが首を振った。
「全員ではない。恋とその付き人のイクサがここには居ない。
それから表向きの部下である勇者たちもここにはいない」
「ああ、そうでしたね」
「で、ナズクルー。なんで全員呼んだのよ?? お遊戯会とか言わないよね~?」
「そうだねえ。くく、僕は少し忙しいのだよ。恋くんとの研究もあるしねえ」
「そうだな。……単刀直入に言おう。当初の作戦が全くもって上手く行かなくなった」
「……当初、といいますと。秘密裏に魔王側を殺して行こうという暗殺計画でしたよね」
「そうだ、ユウ。……困ったことに魔王を名乗るヴィオレッタ勢力がしっかりと地盤を固めた。
その上で偶然、ヴィオレッタと偶然に遭遇し戦闘になり、ヴィオレッタを取り逃した。
代わりに、その腹心の男を殺した」
ナズクルの言葉に、ユウは内心で静かな焦りを見せていた。
だが、それは表に出さない。
「魔王ヴィオレッタはすぐにでも報復に仕掛けてくる可能性が高い。
民衆の指示とか、そういう諸々をすっ飛ばしてな。
そして、ライヴェルグも合流されれば、明日には王国が更地になっているかもしれん」
「そうさなー。やりかねへんね。で、さー? 具体的な策はあるん??」
「ある。これを使ってしまうと『その後』が滅茶苦茶になってしまうが故、使いたくはなかったが」
「?」
「王都が何故、バースデーケーキのような形をしているか知っているか?」
ナズクルの問いかけに何人かは首を傾げた。
その質問の意図が分からなかったからだ。
「防衛の為、と聞いてますが」
ユウが答えるとナズクルは頷く。
「そう。防衛の為だ。表向きには、この階層構造が外敵からの侵攻に強いとされている。
町も迷宮のように入り組んでいる。だが、実際にはそれだけでは正しくない。
王都にはもう一つ、仕掛けがある」
ナズクルはそう言ってから意味ありげに持っていた『王笏』を握った。
──勘の良いパバトだけは、もしかして、と気付いたようだった。
似たことを、もっと小さな規模で見たことがあるのだ。
それは、魔王城の耐震機能。魔王城は孤島に立つ城。
故に過去、地震や津波の被害が多かった。その為に、特定の状況下で魔王城は城外の空気を急速に取り込み圧縮、放出し『空中に浮く』ことが出来る。
王城が揺れる。いや、王都全体が、揺れていた。
「過去に冒険者をしていた者なら、海上都市という噂話を知っているだろう。
酒場で誰もが耳にするそれだ。大海原の上に都市があった、というそれさ。
海中に沈んだ都市があってそういう噂になっているのだが、それの真相はこうだ」
空気が揺れ、その中心地でナズクルは薄く笑う。
「王国の空中都市計画。その失敗作が沈んでるんだ。
──まあ、俺も、幾つかの古文書を繋げてようやく知ったんだがね」
「浮遊城塞都市、アトラシア。それがこのシステムの名前だそうだ」
「は、はは……。マジに王国の人間って個性的なこと、考えるの、ね」
ルクスソリスが苦く笑う。
「そうだな。ぶっ飛んでいるだな。しかし、アトラシアは優秀な防衛システムだ。
魔法遮断防壁に、空中から一方的に振り下ろせる魔法弾頭や砲撃。
竜種すら手が出せないだろう」
「……ぶひゅひゅ。でも何でこれを使うと、この後が無茶苦茶になるんだあ?」
「簡単な質問だ。アトラシアはノーリスクで動く代物じゃないんだ。
これは国家の緊急防衛設備。王国の滅亡の危機に瀕した際、王国存続の為、ありとあらゆる犠牲を払って生存を勝ち取るという設備だ。
ありとあらゆる犠牲を払うが故に、無敵に近い防御システムだからな」
そこまでナズクルが説明した時──「まさか」とウィンが顔を青くする。
「大丈夫だ。初期起動は200人程度で済む。
最初に200人が掛かるからかは分からないが、初回は2週間維持費無料、という触れ込みさ。
ふ、手厚いサービスじゃないか。それまでに他の国を制圧すれば──」
「……人の、命を……ッ!」
「そうだ。燃料は命。最低人間程度の魔力があれば種族は問わない。
──まぁ大丈夫だ。最終的に平和になるさ、この世界は」
◆ ◆ ◆
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます!
長い物語ですが、ようやく決着が見えてまいりました。
その為、誠に勝手ではありますが、次章の調整と準備の為、3日程お時間をいただきたく思います。
最後まで、しっかりと書き上げたいと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。
作品調整の為、次回投稿日は 8月20日 にさせて頂きます。
よろしくお願いいたします。
◆ ◆ ◆
ラピュタは本当にあったんだ、というツッコミが今は聞けませんが、お楽しみ頂ければ幸いです。




